第百六十一話 あぁ、もうバレたのか
誇り高き皇帝陛下からの配布という事で、カタルシア中の国民が嬉しそうな表情を浮かべる。皇城の前に集まる人々を見ていると、なんだか他人事のような感覚に陥ってしまうから不思議だ。
「リンク、よく見ておくんだよ」
「!…はい!」
初めて人のために作った魔道具が、こんなにも多くの人の手に渡る。普通ならあり得ないこの状況を目に焼き付けておかないなんてもったいない。
恥ずかしいのか嬉しいのか、満面の笑みで答えたリンクに笑いかけ、それから近くにいるであろう人を探す。その姿を見つけると、私はすぐに駆け出した。
「姉様!」
一人感動し続けているリンクから離れ、様子を見にきたらしい姉様に抱きつく。
「すごいわね。さすがお父様と言ったところかしら」
微笑を浮かべている姉様だって国民に慕われているのだから、きっと呼び掛ければ同じように人は集まる。だけど確かに、ここまで人が集まるのは父様ゆえだろう。
「……まぁ、そんな事はどうでも良いのよ」
シャーチクが配り始められ人々がワッと声を上げた時、私は姉様の肩をがっしりと掴んだ。
「ブラッドフォード王太子とは、その後どうなりました?」
「へ!?」
いきなり焦り出した姉様だけど、私に肩を掴まれているせいで逃げる事は叶わない。ニッコリ笑って「答えて?」と言えば、観念したのか「手紙のやり取りを…少しだけ…」と答えてくれた。
「少しってどのくらいの頻度?」
「頻度はまばらだけれど、気持ちの籠もった手紙を頂いているわよ」
あの不器用で口下手で真面目な男の事だ、どう書けばいいのか、どう書いたら姉様が喜ぶのか、そんな事を悩んでいるんだろう。姉様はブラッドフォードの手紙ならどんなに短くても喜ぶと思うけど…悔しいから教えてやるか!そのくらい自分で気付け!
「まぁ関係が良好なら良かったよ。姉様と王太子殿下の事は応援してるんだから」
「ふふっ、ありがとう。まだ王太子としての仕事が落ち着いていないようだけど、落ち着いたら会いに来てくれると書いてあったの。クリフィード第二王子殿下は来ないと思うけれど、アステアも会ってくれる?」
なぜそこでクリフィードが出てくるんだ?
よくわからずに首を傾げると、「アステアも鈍感なのね、同じだわ」と笑われてしまった。
「私も、アステアとクリフィード王子殿下の事応援してるんだから!」
「……………えっ」
ネエサマ、ナニイッテルノ…?
思考が追い付かずにカタカナ文字が浮かぶ。姉様の言葉をもう一度頭の中で反復させれば、なんとなく理解できたのは、私とクリフィードの事を応援しているという事だけだった。…応援って、なんの応援…?まさか、恋愛とか…。そこで、ふと自分に問いかける。
私、姉様にクリフィードとの両片思いの訂正したっけ…?
色々な事が重なって訂正し忘れてしまっているかもしれない。もし訂正していたとしても、今こうして発言しているという事は勘違いさせたままだって事だ。
「………姉様、ちょっとお話しようか」
後ろでまだ国民達を眺めているリンクの存在なんてとうに忘れて、私は真剣な顔で姉様と向き合った。首を傾げたときの姉様の表情が可愛くて悶えそうになったのは、今は関係ない話だ。
───
姉様と話した結果、一応は納得してくれた。というか、「クリフィードとは仲が良いだけ」「女嫌いを克服する手伝いをしただけ」という嘘を教えてしまった。いや、だって、そのくらいしないと納得してくれそうになかったから…。
ブラッドフォードとの手紙のやり取りの中でも私とクリフィードの話題が出るらしく、どうやらクリフィードが時々私の事を話しているそうだ。周りが聞き出そうとしているという事もあるのだろうが、クリフィードが女の話をする。それも他国の姫の話だから、ある事ない事噂が飛び交っているらしい。
これは、次フィニーティスに行く時は覚悟しないといけないようだ。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、来ていただけますか?」
誰もいないと油断していた部屋に響いた声を聞いて、力を抜いていた体が力む。
振り返ると、そこにいたのはエミリーだった。
最悪だ…こうなるならクレイグやエスターと一緒にいれば良かった。
休憩するだけだからと二人を外にやった事を今更ながらに後悔し、私は「なんですか?」と聞く。
「…リディア伯爵の事で皇帝陛下からお話があるそうです」
嫌そうな顔をするエミリーを見て、あぁ、もうバレたのか、と理解した。リディア伯爵との事を知っているのは限られた人だけだから、エミリーが呼びに来るのも納得できる。
「わかりました」
姉様との癒しの時間は誤解を解くために使ってしまったし、まだまだ休ませたりない体を動かして、エミリーの背中について行った。
お読みくださりありがとうございました。




