第百六十話 許可を得たって…うん…?
帰る道中に夜を越したが、私が早く帰りたがっているという事もあり、ヨルとクレイグが夜目をきかせてくれた。そのおかげで、朝方にはカタルシアに帰ってくる事ができた。
まぁ、出迎えてくれたエスターに「危ないじゃないですか!!」と怒られちゃったんだけど。
夜の森や馬車の運転が危ない事だってもちろん承知の上だったけど、あのクレイグが事故を起こすなんて考えられなかったからなぁ…。
「そんなに怒らないでよ、ね、エスター」
笑顔で出迎えてくれると思ったのに、若干拗ねて言えば、エスターがきゅっと口を結んで「そう言えば済むと思ってぇ!」と悔しそうに声にした。
「もう!今回だけですからね!」
仕方なく許すんですからね!とまだプリプリしているエスターの頭を撫でて、可愛さのあまりニヤける顔をそのままに「可愛いねぇ」と呟く。
エスターは三日ぶりに頭を撫でられた事で気持ち良くなったのか目を細めて、その呟きには反応しなかった。
「またイチャついてんのか…」
「帰ってきたという感じがいたしますねぇ」
「三日間何事もなかったですよ!訪問者もゼロです!」
後ろで呆れるヨルとクレイグ、それから意気揚々と三日間の報告をするリンクの声を聞きながら、私は「帰ってきたな〜」と実感していた。
───
ドリューの元へ尋ねた時、クレイグがいつの間にやら父様から許可を得ていて滞りなく向かう事ができた。だが、さすがにリンクが作ったシャーチクの配布は、国民に配るという事もあってなかなかスムーズに話が運ばなかったようだ。
エミリーと父様が筆頭として推しているから通らないわけがないけれど、「第二皇女のゴリ押し」と思われているところもあるようで、貴族達が拒否反応を起こしているらしい。
「……でも通ったわけでしょ?」
「もちろんでございます。すでに皇城の人間には配り終えましたので、あとは片手で数える程度の日数お待ちいただければ国民に配布されるかと」
ゴリ押しだろうがなんだろうが、浸透してしまえばこっちのものだ。
カタルシアには教会もあり、神への信仰も制限をしてない。けれど、カタルシアでは自然と皇帝が一番とされ、国民の心には皇帝への敬愛と畏怖の念が生まれている。そんな皇帝陛下と、その信頼を一身に受ける宰相様からの一推しだ。受け入れるのにそう時間はかからないだろう。
………そういえば、最後の攻略対象って宗教国家の次期教皇候補だったよね…。
クロード、アルベルト、クリフィード、ルカリオ、それで最後の一人。
──ブレア・サディアス──
確かサディアスは人の心臓を作った神だったよね。初めて人間を産み落とした女神は子供に生死を司る心臓が欠けている事に気づいて、その子供を神としてしまう事を考える。でも新たな生命として生きてほしかったため、女神はサディアスの元を訪ね、心臓を作って欲しいと頼む…んだったっけ。
それでサディアスは心臓を作って子供に与えたから、生と死を司ってる事でも有名なんだよね。
「…ねぇ、クレイグ」
「なんでしょうか」
「サディアス教国ってまだ教皇は決まってないんだよね?」
私がサディアス教国という名前を口にするなんて初めてに近い。クレイグは一瞬目を見開いて、それから「その通りです」と答えた。
「現教皇の体調が優れないようですから、次期に決まるのではないでしょうか」
いつものにこやかな笑顔はどこへやら。クレイグが驚きながらも少し残念そうな顔で言葉を続けた。微妙な変化だけど、クレイグが笑顔以外の顔をするなんて滅多にない事だ。驚く顔はちょくちょく見るけど。
「サディアス教国嫌いなの?」
直球で聞いてみれば、クレイグは「そんな事はありませんよ」とサラッと答える。
死んでなお生き続けているアンデッドは国によっては神から見放された存在と考えられていたりするから、クレイグが宗教国家のような国をあまり好んでいなくても納得はできた。だけど違うなら、どうして残念そうな顔をしているんだろうか。
「サディアス神に許可を得なければアンデッドにはなれないのですが、神の言葉を聞ける人間は限られていますからねぇ」
「………うん?」
あれ?今なんかすごい事を聞いたような…?
「アンデッドとしてご挨拶をしてにこやかに笑ってくださったのは現教皇くらいなので、死んでしまうのは少し寂しい気がしているだけですよ」
「?……??」
ダメだ、考えてみてもわからん。え?今、許可を得たって…うん…?教皇が死んじゃうと寂しい理由もなんかよくわからんぞ?
「アステア様?どうかされましたか?」
さっきの残念そうな可愛げのある顔はどこかへ飛んでいき、私の顔を覗き込んだ時のクレイグの表情は笑顔そのものだった。
私は理解が追いつかず頭に疑問符ばかりを浮かべたが、なんだか楽しそうに笑っているクレイグを見ていると遊ばれている気がしてならないので、考えない事にした。クレイグの秘密なんて、私なんかにわかるはずがない。
「おや、もう考えてはくださらないのですか?」
「…うっさい」
今はとにかく、シャーチクが国民へ配られる日を楽しみに待っているとしよう。
お読みくださりありがとうございました。




