第十六話 兄様の血管ブチギレですか
起きて早々の問題事。
一体なにが起きたんだとクレイグに連れられるまま、アルバ国王城の玉座の間の扉を開く。すると私の目に映ったのは、自分の近衛騎士に抜刀を許可し、アルバの国王に喧嘩を売っている兄の姿だった。
「いや、何してんの!?」
思わず口から漏れた本音が緊迫したその場に広がる。私の声が聞こえた瞬間に振り返ったのは、兄と兄の近衛騎士だった。
「アステア!目が覚めたんだな!!」
「ご無事で何よりです。第二皇女殿下」
相変わらずのシスコンぶりで私を抱きしめてくる兄様と、その隣で兄様を守るように立つのは、兄様の近衛騎士である男。
──ラート・ブレイディ──
少数精鋭の皇太子近衛騎士団の団長を務めている、もちろん兄の最初の騎士。必要以上の事は話さない寡黙な性格だが、兄が気に入るのだから、おそらくどこかおかしい性格をしているだろう人だ。
「ブレイディ近衛騎士団長まで……何をなさってるんですか。兄様」
できるだけ冷静な口調で言えば、私が怒っていると思ったらしい兄は「…別に」と答えた。
「別にで済むわけがないでしょう。何があったか話してください」
………まぁ、兄が素直に話そうとしないだろう事は予想済みだ。案の定私に怒られるのが嫌らしい兄様は、「お前が気にするような事じゃない」と言い訳とも言えない言葉を並べている。
「ブレイディ近衛騎士団長、何があったんですか?」
「皇太子のご許可がないのでお答えできません」
「……そうですか」
真面目なブレイディさんならそう言うと思ってましたよ!!これだから近衛騎士の忠誠心ってのは!!
内心苛立ちながらも、どうにか深呼吸をして心を落ち着ける。こんな事で苛ついても意味ないからね。落ち着け自分。
この場で私の質問に答えられそうな人は……嘘をつかなそうな人が良いな。そうなると残念な事に、この場では一人しかいなかった。
「アルバの王太子殿下、何があったかお教え願えないでしょうか?」
アルバ国の王族は琥珀の瞳である事が有名で、その美しい瞳が目当てで王族誘拐を目論む人間までいるほどだ。その瞳が、私を見る。
──アルベルト・アルバ・ファニング──
クロスの攻略対象メインキャラ。ヒロインを溺愛する兄であり、将来アルバ国の国王となって国をさらに繁栄させる手腕の持ち主。
「お初にお目にかかります、カタルシア第二皇女。何があったかは……先ほど目にされた通りです」
パーティーの際は兄様が挨拶を済ませていたから、私はリリアの方に向かい、こうやって言葉を交わすのは初めてだ。
「それはつまり、私の兄である皇太子殿下が無礼にも国王陛下に剣先を向けただけだと?」
そんなわけがないだろう。シスコンでも皇太子だぞ。一応責任感のある男だぞ。そんな男がなんの理由もなしに他国に喧嘩を売るわけがないだろうが!
私の滲むような怒りが多少なりとも伝わったのか、王太子の顔色が悪くなる。そして視線を彷徨わせ、ある一点を縋るように見つめた。
視線の先には、表情一つ変えずに鎮座する国王。
………もしかして、これ全部あの人の入れ知恵か?
アルベルトは温和で優しく、けれど大切な人が傷付けばちゃんと怒る事のできる性格だ。兄様がなんで怒っているかというのも、アルベルトはちゃんと理解しているはず。辺境伯の事まで国王が関与していたとは思えないが、この場を王太子に丸投げしているのは国王だ。現に一言も言葉を発さない。
………やっぱり、嫌いだなぁ。
「…そうですか。では、辺境伯の件はどうなったのでしょう。私は第二とはいえ他国の皇女です。どう処分されるおつもりですか?」
天使のような姉様には「その顔は似合わないわ」と言われてしまった笑みで問えば、王太子は「もちろん爵位を剥奪します」と答えた。
「剥奪?それだけか?他国の姫を呼び捨てにした挙句、乱暴を働こうとしたんだぞ、わかっているのか?いい加減な処分はカタルシアを侮辱していると捉えさせてもらうぞ」
兄様の血管ブチギレですか。良いと思うけどね。私もこれが姉様に乱暴しようとした男への処分だったら同じ事を言っていると思う。というか、そろそろ私の肩を離して欲しい、少し痛い。
「……国外追放も視野に入れております」
「はっ!それではあの男はのうのうと生きるかもしれないじゃないか!ふざけるのも大概にしろ!!」
貴族にとっての国外追放は死刑宣告と同義。だけど、確かにあの男に手を差し伸べる善人がいれば、あの男は生きながらえるだろう。
だがなぁ、兄様よ、その言い方だとアレだぞ。殺せって言ってるようなもんだぞ。
「兄様、お気をお静めください。私は大丈夫です」
「…アステア、これは国同士の問題になりかねない事だ。こんな軽い処罰で良いわけがないんだ」
そうは言っても顔に書いてありますよ。「俺の妹を汚そうとしといてそれはねぇんじゃねぇのか?アァン!?」って。すごくわかりやすく書いてあります。
私も国外追放で良いと思っているんだけど、兄様を納得させるには、それだけでは足りないらしい。
「……では、取引をしましょう。国王陛下、私に彼らをください」
人好きのしそうな笑顔で国王に問い掛ければ、国王は三日月のような笑みを浮かべて、「何かな?」と初めて言葉を発した。
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