第百五十九話 その先にはにこやかな
途中から視点なしです。
休憩もそこそこにカタルシアへ帰る時間がやってきた。本当のところを言えばもう少し話しておきたかったけど、今回は予定通りに帰れるんだから文句は言っちゃいかんと自分に言い聞かせる。
「色々と急にすみませんでした、ドリュー」
見送りに出てきてくれたドリューに謝れば、ドリューは笑顔で「そんな事はありませんよ」と答えてくれた。
「こちらとしても、皆さんとのお話は興味深かったですから」
チラリとドリューの視線が移り、その先にはにこやかなクレイグが立っている。アルバの中枢を担っていた元貴族と、様々な歴史を見てきたであろうアンデット。確かに話は弾みそうだ。私はクスッと笑い、「あぁ、そうだ」と言いながら用意しておいた紙切れを手渡した。
「何かあればいつでも頼ってください。個人的な事なら、いくらでもご助力しますので」
「!……これはこれは…」
驚いているようで呆れているようで、けれどやっぱり優しい表情をしたドリューは「心のうちに留めておきましょう」と渡した紙切れを胸ポケットにしまい込んだ。
すでにヨルは馬に跨っていて、帰るのを今か今かと待っている。私はドリューに一礼してから、馬車に乗ろうと背を向けた。
「あ、お嬢様!」
「?」
少し焦った声で呼び止められ、不思議に思いながら振り返る。なぜだかドリューは申し訳なさそうな顔をしていて、どうしたのかと聞けば「何かないかと探したのですが」と小さな声で呟いた。
「お客様にお渡しする物をご用意しておりませんでした…まだ飲めない年齢だとは思いますが、受け取っていただけますか?」
そう言って差し出されたのは一本の白ワイン。話を聞けば、この田舎の特産品なのだとか。透き通る液体の中に、一本の筋のような形で真っ白な液体が舞っている。ゲームの世界ならではな見た目のそれを、思わずまじまじと見つめてしまった。
「この近くに住んでいる成人したばかりの若者はこの酒で舌を慣らして他の酒を飲み始めるんです。優しい味わいから「マザー」と言う名前までついているんですよ。その白い線は牛乳を加工したものだそうで、甘さも十分ですから」
若者向けとは言え、まだ成人していない子供に酒を渡すのはいかがなものか。きっとドリューも悩んだだろう。私は悩んでいるドリューを思い浮かべてしまって、笑いながらそれを受け取った。
「マザーと言うくらいなら私も成人してすぐに飲めそうですね」
そこで気付く。もしかして、ヨルが言ってた「未練がましい」ってこれの事か…?
ミアと少し話してみてわかった事だけれど、ドリューは酒をほとんど飲まないらしい。昔は付き合いで飲む事もあったが、今酒蔵にある酒は全てグウェンのものだと言う。なら、このマザーと言う酒ももちろんグウェンのものだろう。ヨルなら匂いで牛乳が混じっているとわかるだろうし、何より勘が鋭い。マザーと言う名前を知らなくても、なんとなく察していそうだと思った。
「…酒にまで母親を求めるとか、究極のマザコンだね」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
けれど、そんなに大切だった母親を亡くせば、クズ伯爵のような大人になってしまうのかもしれない。それが正しい事なわけがないけど、母親の死から目を逸らすために走った酒でも母親を思わずにはいられないとは…。
「ドリュー」
「はい?」
「…グウェンの事、大切にしてあげてくださいね」
私の言葉に「もちろんです」と頷くドリューを見て、グウェンはきっと乗り越えられるんだろうな、となぜだか漠然と思う事ができた。
───
「あ、旦那様!申し訳ございません!お見送りをさせてしまって…!」
「構わないよ」
ぐったりとソファで伸びている息子を覗き見て、ドリューはクスッと笑う。酒に酔ってもいないのに、こんな疲れているグウェンを見るのは久々だった。
「グウェン、大丈夫か?」
「………あいつらは…」
「もう帰られたよ」
何があったのか、安心したように一息ついたグウェンを不思議に眺める。そんなドリューの姿を見て、ミアが小さな声で耳打ちをした。
「お嬢様にその、お説教、されたようなんです」
柔らかい声色で伝えられた事実にドリューは目をパチクリと瞬かせる。酒ばかり飲んで自分の言う事すらまともに聞かない息子が説教されたなんて、なんと驚けば良い事だろう。
「クソ親父、もうあいつら絶対招くなよ…?」
一生見たくねぇ!と宣う息子に、ドリューは「それはできない約束だなぁ」と笑う。グウェンは気付いていないのだろうが、こうして普通に会話ができているなんていつぶりだろうか。小さな変化、されど大きな兆し。どんな説教をされたか知らないが、ドリューは胸ポケットにしまい込んだ紙切れを取り出して、そこに書かれた文字を目で追った。
「カタルシアの姫君には、感謝しないといけないな」
紙切れに書かれていたのは、カタルシア帝国第二皇女の名。
小さく呟かれたドリューの言葉を聞いて、グウェンとミアがあり得ないものを見るような目でドリューを見つめる。次の瞬間には、驚きのあまり叫んでいた。
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