第百五十八話 私が教育しなくても
「指導っつっても何すんだよ」
いきなり突っ込んできたヨルの言葉に「うっ…それは…」と狼狽る。教育的っていうなら、女の子に手をあげるなっていうのが一番だよね…。
「マザコンはマザコンなりに良いところがあるはずだから、お父さんと可愛い女の子を泣かせないために血反吐を吐いて頑張りましょう!」
「あぁ!?」
「半分キレてるから言ってる事めちゃくちゃだな…」
どうやら言い方を間違えたようで、きっと痛いだろうにグウェンはヨルの足を退かそうともがきはじめる。屋敷の壁を登って窓から登場したヨルはその勢いのままグウェンの背中を押したから、たぶん痣でもできているんじゃないだろうか。
だけど驚く事に、先に助けを乞いたのはミアだった。
「も、申し訳ありません!まだグウェン様は酒が抜けきっていないだけなんです!どうかお許しいただけないでしょうか!?」
ドリューの事を尊敬しているならその息子を庇いたくなる気持ちはわからんでもないが、まだ背中の痛みも消え切っていないだろうに。
「怪我は?」
「ありません!」
「………ヨル、足は退かしていいよ」
ヨルはスッとグウェンから足を退かし、次の瞬間にはホッと安心した様子のグウェンの首根っこを掴み上げた。
「!?」
「ごめんなさい。でも、さすがにこのままお咎めなしは甘すぎるから」
驚くミアに謝って、グウェンの頬をペチンと叩いた。
「な!?」
「これはミアを突き飛ばした分、本当は殴ってやりたいけど、止めてくれたミアに感謝しなさいよ?」
「うるせぇ!お前何様のつもりだ!」
「お嬢様よ。今この時この空間であんたよりずっと上ですけど何か?」
意識して高圧的に振る舞えば、少し臆した様子のグウェンが言葉を詰まらせる。ミアがどうすれば良いのかわからずオロオロと焦り始めてしまったから、安心させるためにニコリと笑かけた。
「いきなりでびっくりしましたよね。女の子の悲鳴が聞こえたから居ても立ってもいられなくて…」
「あ、えっと…」
「安心してください。何かしようというわけではないので…あの、念のために聞きますが、殴られてはいないですよね?」
必死にコクコクと頷いたミアは私の声が先ほどより幾分か柔らかくなった事で安心したのか、ほっと胸を撫で下ろしていた。それから、落ち着きを取り戻して「殴られた事はないんです」と話してくれた。
「いつも、突き飛ばされるだけなので…」
何余計な事を言ってるんだ、とでも言いたげな顔でミアを見るグウェンに睨みをきかせ、それから「そうなの」と返事をする。その言葉を信じるなら、これまでも泥酔するなんて事はあっただろうから、グウェンは酒を飲んでもミアには手をあげてこなかったという事になる。リリアには容赦無く手をあげて泣かせていたのに何が違うのだろうか。ゲームの中では遊び相手として愛でていた女も、飽きたらこっぴどく捨てるような男なのに。…あ、もしかしてアレか?
「………グウェン」
「あぁ!?」
「女遊びとかした事あります?」
「は、はぁぁあ!?お、おま、お前何言ってんだよ!?」
………ビンゴか。
おそらくグウェンは、単純にピュアなんだろうという事が今判明した。見た限りのどかでお年寄りも多い田舎では、遊んでくれる女の人なんてそういないだろう。いたとしても、お母さん大好きだった子供がいきなり女遊びに走るなんて事はできないはず。だから女の扱い方が分からなくて、ミアにも暴力を振るっていない…。
ピュア度高めの元クズ伯爵って…いや、伯爵になった過去がないから元ってつけるのもおかしいか。
「わかったわかった、ピュア度高めの馬鹿息子」
「なんだその呼び方!!」
こうやって反論されるとクリフィード思い出すな〜。そういえば今頃何してんだろ、ブラッドフォードの手伝いとか?リディア伯爵止めてくれてれば万々歳なんだけど。
「おい!お前聞いてるのか!?」
「え?あぁ気にしてなかった。まぁ今まで手をあげなかったっていうのは褒めるべきところですよね」
「だから本当に何様なんだ…」
ヨルに捕まっていて身動きが取れない状態のグウェンは、諦めたように項垂れる。素直に流されるのも時には大事って学んだね。
…ピュア度高めなら、私が教育しなくてもなんとかなるんじゃないか?
「………ミア、グウェンの事は好きですか?」
「え?…それは…」
「素直に言っていただいて構いませんよ」
なんと答えるか考えているのか視線を床に彷徨わせ数分ほど黙ってしまったミアが、意を決したように私を見つめる。
「正直、良き主人とは言えません。でも、お優しい方だという事は知っています」
その言葉に嘘偽りはなく、どこかドリューを思い出させる優しそうな瞳に自然と笑みが溢れた。主人と従者は似ると、よくクレイグと一緒にされて言われて苦笑いが溢れるけれど、ミアとドリューは良いところが似たようだ。
「ミアがそう言うなら、チャンスをあげる理由としては十分だね」
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