第百五十三話 なんでこんなところに
夢の中で見たドリュー伯爵は、ふくよかな体型でとても穏やかで、気品を忘れない貴族然とした男だった。ドリュー伯爵が仕えていたアルバの国王、アーロンの反応を思い出してみても、信頼を置いていた事は間違い無いだろう。
あのいけすかないアーロンに、信用されていた人。
魔術なのかなんなのか、御者として馬を御しているのに会話ができるらしいクレイグに「嫌な予感しかしないね」と声をかけた。
「お優しそうな方ではないですか」
「表面上って事も大いにあり得るでしょ」
ヒロインのリリアだって、理解できない気持ち悪い部分を持っていたんだから。それが元々持っていたものなのか、環境によって育まれたものなのかは別としてね。
綺麗な装飾が施されていた馬車は見る影もなく茶色に塗り潰されているから、少し早く移動していても誰も見向きもしない。山道を歩いている親子が窓から見えて、いつもなら頭を下げられるのに不思議な気分だと思った。
………頭を下げられる事に違和感を覚えていた自分が懐かしいよ。
「慣れって怖い」
「相変わらず話が飛びますねぇ」
クスクスと笑ったクレイグは、「そろそろ着きます」と言った。本当に丸一日かかり、今回は珍しく馬車で一泊過ごした。そのおかげなのかどうなのか、日差しが強くなってきた昼前にはアルバの片田舎へ入る事ができたようだ。
「本当に予知する事ができるのであれば、我々が何も告げずに言っても迎え入れてくれるでしょう」
「えっ、まさかなんの連絡もしてないの!?」
「したのであれば、アルバ国王の配下の者が待ち構えているかもしれませんなぁ」
あぁ、そっか。ドリュー伯爵はアーロンの元を離れたと言っても、決別したわけじゃない。連絡をこまめに取り合っている事はないだろうけど、それでもアーロンへの忠誠心というものが残っているかもわからないんだよね…。
「わかった。このままドリュー伯爵の屋敷まで?」
「はい。少々飛ばします」
そう言ったヨルの声はどこか弾んでいて、窓の外から舌打ちするような声が聞こえた。ヨルに贈った黒馬は随分足が早いようで、今の速度だと地味に調節しながら走らなければいけないらしい。そのせいで苛ついているヨルが眉間に皺を寄せ、「行くなら早く行けよ」と呟いたようだった。
クスクスと笑ったクレイグが速度を上げる。数分もしないうちに屋敷が見えて、相当飛ばしたんだなぁ、と他人事のように思った。
「外だー!!」
馬車から降りて「ん〜!」と背伸びをする。ずっと同じ体勢で座ってたから体かったいわ〜。
「元伯爵の屋敷とは思えないほどこじんまりとしていますねぇ」
馬車の馬を落ち着かせ御者席から屋敷を見渡したクレイグが言う。確かにアルバの元貴族なら、派手な家を好んでも良いはずだ。加えてアーロンを支えていた家臣だし…もっと広大な敷地の屋敷をもらえただろうに。
「…どんな人か想像できなくなってきた」
「そんな事より馬どうすんだよ。逃げはしねぇだろうが邪魔になるぞ、ここ」
「そうですねぇ、馬車もどうしましょうか」
そこまで無計画だったんかい!
なんとなくクレイグだったらこんな困っているような場面でさえ計画のうちに入れてしまっていそうな気がするから怖いけど。一応どうしようかと悩むふりをするために、近くをウロチョロと歩いてみる。
すると、パキッと何かを踏んだ感覚がした。
「……瓶?」
慌てて足を退かすと、茶色い瓶の口と思われる硝子の破片が落ちていた。なんだこれ、と首を傾げていれば、そんな私に気づいたヨルが「なにしてんだ」と声をかけてくる。
「これ…」
「あ?……これ酒瓶か?まだ匂いがついてるし新しいな」
匂いを嗅いだ事によって「酒飲みてぇ」と言い始めてしまったヨルに苦笑いをする。言われてみればお酒の匂いが香ってきて、鼻に手を当てた時だった。
「お待ちしておりました」
一人のメイドが、満面の笑みで話しかけてきたのだ。
この田舎に貴族が住んでいるとも思えないから、おそらくはドリュー伯爵のメイドだろう。ちょうど良かった、と思いながら後ろを向くと「これはこれは」と笑っているクレイグが見えた。
安心してるって言うよりかは計画通りって顔だな、これ。
私は一つ溜息をつくと、「馬車と馬はこちらに」と屋敷の奥を指さしているメイドの後ろ姿を見つめた。
…………?
変な、既視感。灰色に近い髪色の三つ編みをしたメイドって…。
「…!!」
その既視感の正体はあまりにあり得ないもので、けれどそれ以外に説明ができない。こんなところにいるはずがない、と思いつつも、私は衝動的にメイドの手を取っていた。
「貴女まさか…ミア…?」
驚いたように振り向いたメイドと目が合って、確信する。戸惑ったような表情も見た事があったから。
「た、確かに、私はミアですが…」
アルベルトルートの悪役兼リリアの親友になるはずのミアが、なんでこんなところにいんの!?
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