第百五十二話 一抹の不安が頭に過りながらも
途中から視点なしです。
クレイグの笑顔の宣告により、晴れてアルバへ行く事が決まりました。
一応気を使ってくれたのか、日程は三日間だけ。できるだけ人に会わないような道で行くので丸一日かけてアルバへ向かうと言われた。つまり往復を考えると、アルバにいる期間は実質一日だけと言う事だ。
「それなら…まぁ…」
すぐに終わるし、終わらなかったとしても時間的に余裕がないと言う事で無理矢理帰れるか。
カタルシアの馬車に限らず、どこの国も王族が使う馬車には基本的に魔道具を組み込んでいるので、普通の馬車よりも移動が早い。それでも一日かかるんだから、どんな道のりなんだかね…。
「カタルシア国の皇族だと言う事はできるだけ隠しますので、馬車に偽装をさせていただきました。事後報告になりましたが…」
「良いよ、気にしてない」
「それは良かった」
笑顔で頷いたクレイグは私から視線を外すと、ムスッと拗ねている玄関先のエスターに「そんな顔はやめなさい」と声をかけた。
今回は日数的に短いという事と、できるだけ人数は減らしたいというクレイグの要望で、付いてくるのはクレイグとヨルだけだ。エスターとリンクはお留守番。拗ねてしまっているエスターの言い分では、クレイグはわかるがヨルがついていくのが納得できないらしい。
「私だって戦えるのに…」
「ヨル様はアステア様の近衛騎士なのですから当然でしょう。自分が一メイドという事を忘れずに行動しなさい」
「うぅ…アステア様ぁ!」
「まぁ、三日間だけだから我慢だね」
これが一週間とかであれば私もエスターの味方をしたけどね。
エスターは持っていた荷物をクレイグに渡し、下がってしまった耳をそのままに「お気をつけて…」と呟いた。
「そんな顔されると行きづらいんだけどぉ…」
「姫さんが甘やかすからつけ上がるんだろうが。反省しろ、両方とも」
ぽんっと頭にあまり感じた事のない感触が乗っかり、上を向けば褐色の掌が見える。エスターの喉から信じられないくらい低い声で「退けてください」という言葉が綴られると、その掌は簡単に退いた。
「嫉妬深い女は嫌われるぜ?」
「無頼漢よりは好かれると思いますが?」
なぜ煽るかな、そしてなぜ対応するのかな。この二人はどこまで行っても仲良くできないねぇ、本当に。
「まぁまぁ、これでも嗅いで落ち着いてください」
「「!!」」
ひょっこりと二人の間に現れたリンクが持っているのはシャーチクで、シャーチクの入った小瓶を視認した瞬間に、エスターとヨルは持ちうる限りの全てを持ってして距離を置いていた。
もしこれがカタルシアの国民に配布されたら、カタルシアに亜人種が住めなくなるのでは…?
そんな一抹の不安が頭に過ぎりながらも、これからは二人の仲裁をリンクにしてもらおうと決めた。シャーチク最強。
「では、挨拶も程々に出発いたしましょうか」
パンッと大きく手を叩いたクレイグが笑い、ヨルが待機していた黒馬の元へ行く。私はエスターの頭を撫でてから、リンクに「留守番よろしくね」と声をかけた。
「任せてください。何かあった場合、できる限り対応しておきます」
「私も頑張りますよ!アステア様!」
たったの三日だけど、何があるかわからない。貴族の礼儀を叩き込まれているであろうリンクが留守を守ってくれるというのはすごく安心できるのだ。もちろんエスターもクレイグ仕込みだから安心して任せられるけどね。
笑顔で見送ってくれる二人に手を振りながら、私は馬車へ乗り込んだ。
───
「───…ミア、お客様だ」
「え?」
いつものようにひとり掛けのソファで短い睡眠をとっていた主人の言葉によって、ミアと呼ばれたメイドが顔を上げる。ミアの主人である男は優しげな笑みで、「明日かな」と言いながら窓の外を眺めた。
「両隣の執事と騎士を見るに相当高貴なお方のようだから、丁寧にもてなさないといけないね。グウェンは…どうしようか」
首を傾げていたミアはグウェンという名前を聞いた瞬間、悲しげな表情をする。それは男も同じだったようで、まだ帰って来ない息子を思い溜息をついていた。
「もう十年は経つというのに…」
「今日も店でお酒を飲んでいるそうです…」
「白ワインだろう、知っているよ」
暖かな日差しとともに訪れる風は存外冷たく、男はソファから立ち上がると「そういえば」と言葉を溢した。
「明日来る客人はミアの事を知っているようだったよ」
「え!?わ、私の知り合いですかね…」
「いや、運命の分岐点を知っていると言ったほうが正しいか。まぁ大きな影響は与えないから安心して良いよ」
「??わ、わかりました」
とりあえず頷いて見せたミアに微笑みかけた男は、再度窓の方へ視線を向ける。遠くはあるが見慣れた人影が見えたので、どうやら珍しく息子が早くに帰ってきたようだった。
「どちらかと言えば、あの子に大きな影響を与えてくれると良いんだが…」
先ほど見た白髪の少女を思い出し、男は静かに呟いていた。
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