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第百五十一話 笑顔に流された

前半視点なしです。

「お前は反対しているものと思っていたんだがな、フォーレス」


クスリと笑ったディルクがエミリーに言葉をかける。書類をまとめていた手を一瞬止めたエミリーは、ディルクに一瞥をやると「反対でした」と答えた。


「ですが、シャーチクの効果は素晴らしかった。意地を張って潰してしまうなんて勿体ないと思ったまでの事です」

「その割に機嫌が悪いのは、勧めてきたのがアステアだからか?」


相変わらずだな、と呆れているけれど、どこか上機嫌に見えるのは、先ほど終わったばかりの献上式が上手くいったからだろう。ディルクが笑って見せれば、エミリーの眉間に皺がよった。


「……皇帝陛下譲りなのは見た目だけではなかったという事を再確認できました」


アステアの目利きが優れている事などわかっていた。だが、それ以上にアステアに対する警戒心が上回っていただけの事。それを今回いとも簡単に崩されてしまったのだから、エミリーのアステアに対する意地には罅が入っていた。

だから、献上の際に貴族達を多く集め、尚且つ国民に配布する意思を示した。この罅が治るのならばそれはリンクの失態でアステアに泥がついた時、治らない時はリンクの功績によってアステアが称賛された時。そうしてエミリーの少なからずの抵抗をディルクはわかった上で了承していた。自分の娘が泥をかぶる事などありはしないと確信していたからだ。


「アステアに転がされてるなぁ」

「嬉しそうに言わないでいただきたいですね。転がされているのは私ではなく周りでしょう」

「確かにそれは言えているな。アステアの意図がわかった上で受け入れているお前は、まだギリギリと言ったところか?」

「…ご冗談を」


意図などわかるはずもない。何を考えているのか分からない人間の意図を読むなど不可能だ。

なぜあの時自分を実験相手に選んだのか。今考えれば簡単に答えがわかるが、あの時あの瞬間はディルクの目を覚まさせる事、リンクの腕を確かめる事の二点にばかり気を取られていた。エミリーが自分相手だと頭に血が上りやすいと理解しての事だったのだろう。エミリーは溜息をつきたくなる気持ちを抑え、まとまった書類を片手にディルクに一礼した。


「私はこれで失礼いたします」

「あぁ、リンク共々アステアをよろしく頼むぞ?」

「…お答えしかねます」


終始仏頂面だったエミリーが部屋を後にし、その姿がおかしくて笑うディルクは視線の先にある写真立てを見つめた。


「どんなに嫌いな人間でも、その実力だけは認める事ができる…だからあいつは信用できるんだ」


満足げな表情のディルクは写真の中で笑う愛しい人に笑いかけ、愛娘が見つけ出した原石が輝く未来が待っていれば良いと穏やかに願っていた。


───











リンクの魔道具を献上でき、無事自分の屋敷へ帰ってこれました、イェイ。


「の、残り香がぁ…!!」

「そこまで臭いかね」

「臭いです!!」


即答したエスターに若干傷つきながら、まぁ匂いのせいで着いてくる事を断固拒否したくらいだもんなぁと仕方ない気持ちになる。ヨルでさえ顔を顰めて近づいてこないんだから相当なんだろう。

クレイグは……。


「なんでしょう」


いつもの笑顔だね…。


「リンクは?」

「工房の方へ。少し落ち着きたいそうです」


落ち着く場所が工房ってなかなかに変人だな。

父様とエミリーの決定のせいで、すぐに興奮が治らなかったリンクだけど、少しの間馬車に揺られていると「…これって現実なんですか?」なんてキラキラした目で言い放っていた。表情と言葉が一致してなくて笑ってしまったけど、それくらいリンクにとっては衝撃的な事だったんだろう。


「これでリンクもカタルシアでは有名になるかなぁ…そうなると伯爵にバレるのも時間の問題か」


リンクを黙って連れ出した事は王様とかクリフィードぐらいだったら知っているので、別段国同士の仲が悪くなる事はないだろう。だから、バレたその時、一対一の真っ向勝負が始まるわけで…。


「その前に片付けられる事は片付けてしまいましょう、アステア様」


シャーチクが国民へ配られるのは、おそらく皇城の人間に配布された後。つまり、リンクの名前が広がるまでには数日の時間があるのだ。クレイグのどこからどう見ても優しそうな笑顔を見て、引きつった顔しかできない。


「さ、最近色々立て込んでるし、もう少し余裕持った方が…」

「リンク様の献上式が終わるまで待ちましたから、随分余裕はございます」

「……マジで?」

「はい」


リンクの手には、数日前に見たドリュー伯爵の詳細が書かれた書類達。つまり、クレイグは数日間の間に話を聞きに行くぞと言っているわけだ。

最近は姉様ともちゃんと会えていないし、会えたって言っても少しだけだし…まぁ、好き勝手してる自覚はあるけどさ…。


「少しくらい…少しくらいぃ…」


何も考えずに済む時間をくれよぉおおおおおお!!!


そんな叫びは、クレイグの笑顔に流されたのでした…。

お読みくださりありがとうございました。

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