第十五話 寝てたんだっけ?気絶かな?
昔から、姉という存在は私にとって唯一無二だった。
大好きで凄く尊敬できる大事な大事な家族。姉のためならなんだってできる、本気でそう思って、実際なんだってできた。学生の頃は姉がまだ実家にいて、妹に甘い姉と毎日の様に話していたと思う。
……それができなくなったのは姉が大学を出てから。
当然だけど姉は就職して、私も高校を卒業すれば知り合いが営んでいた会社に入社させてもらった。高卒という事でナメられる事もあるにはあったが、姉のために努力していた過去もあって、結構なんでもこなせていた…と、思っている。人間関係も元々知り合いの会社だし、そこまで大きい会社ではなかったので良好だった。
だけど、やはり寂しくはなる時はあるもので。
私が空を見上げるのはいつも夜で、一人になった時だった。
特に冬は最高で、肌に痛い寒さと虫の鳴き声一つしない静寂、そんな中で見上げる夜空が大好きだった。
私の寂しさを体現してくれている様で、でも一人になるのが嫌いじゃない私らしく、私の好きなものが詰まっている夜空が大好きだったのだ。
「──……見上げれば天井…かよ」
目を微かに開いて見えたのは、私の部屋の天井ですらない、装飾がゴッテゴテに施された金ピカの天井だった。
できれば夜空が良かったな、なんて無理な事を思って起き上がる。
確か…寝たんだっけ?気絶かな?
辺境伯に襲われそうになって、ダークエルフの男の人に助けてもらって、兄様に抱きしめられて……クレイグは後でお説教だな、うん。で、たぶんここはアルバなんだろう。
そもそも私が寝ているベッド自体カタルシアでは絶対にないタイプの代物だ。カタルシアはどっちかって言うと、質素で優雅なものを好む傾向にある。逆にアルバは派手で華やか、正直金ピカに囲まれて寝るなんて遠慮したいが、それが国の特徴なんだから仕方ない。
ふわり、絨毯の床に足をつける。
絨毯も絨毯で柄が派手だ、私の好みではない。
なんで久々に悪夢以外で、しかも好きなものの夢を見れた後に好みじゃないものに囲まれているって現実を突きつけられなければいけないんだ。国王の好み全面に出し過ぎだろう、この部屋。
私は一つ溜息を吐き出してから、どうせ待っても人は来ないだろうと立ち上がる。
「アステア様ぁああああ!!!」
あぁ、私の癒しよ、本当にタイミングが良い子だね。
抱きついてきたエスターにベッドに押し倒されて、立ち上がったのに強制的に寝かされてしまった。
ていうか、貴女が入ってきた瞬間にドゴォンって聞いた事のない音がしたんだけど大丈夫?なんか壊してない?
「アステア様アステア様!お体は大丈夫なのですか!?あの汚染された泥水の様な汗はアステア様のお体からお拭きしましたから!衛生面に関しては大丈夫なはずです!!」
汚染された泥水って……良い例えだな。
「さすがエスター、ありがとね。とりあえず上から退いてくれる?」
ニッコリ微笑めば、今の状況を理解したらしいエスターは顔を真っ赤に染めて「す、すいません!!」と言いながら飛び退いた。なんだその反応、可愛いな。
「エスターは可愛いねぇ」
「か、からかわないでください!!」
「からかってないよ、本心言っただけだよ」
頬を膨らませて怒ったり、また照れたり、本当に可愛い。私のメイド凄く可愛い。この気持ち誰かわかって。
「アステア様は倒れられても平常運転ですなぁ」
「………クレイグはいきなり現れないといけないルールでもあるの」
驚くのにも疲れた。
クレイグがいきなり現れるのはいつもの事だ。
「く、クレイグさん!いつの間に!?」
「おや、獣人のエスターにも気配を悟られないとなると流石に人外みが出てきてしまいますねぇ」
すでに人外のくせに何言ってやがるこの狸爺め。いや、どっちかっていうと狐か?まぁ、どっちにしろ食えない爺さんだって事には変わりないよ、私の執事。
「アステア様?どうかされましたか?」
「いえ、なんでもないです。クレイグもいつも通りの平常運転で何よりだと思って」
「歳を重ねれば自ずとこうなりますとも。それよりすぐにお支度をなさってください。少々まずい事になっております」
「えぇ…」
起きて早々問題ですか。
もう少し休みたいところだけど、クレイグが言うって事は大事なんだろうし、だったら一応皇女の私が対処しなきゃいけないよなぁ……憂鬱だ。
エスターに頼めば、寝起きでも着やすいドレスを見繕ってくれた。
「髪型をセットしている時間はありませんから、とかすだけにしておきましょう」
可愛いエスターが笑ってるから良いものの、やっぱり憂鬱な事には変わりない。
私は起きてから二度目の溜息を吐き出すと、準備ができるまで、ほんの少しだけ意識を手放した。
───
「……寝てしまいましたね」
まだ疲れが取れていないらしいアステアの髪を整えてから部屋を出たエスターが呟く。すると隣に立っていたクレイグは「失敗しました」と珍しく申し訳なさそうに答えた。
「クレイグさんに落ち度はなかったと思いますよ?あの糞をこねて丸めたような男が馬鹿だっただけで」
「汚い言葉遣いはやめなさい。……やはり馬鹿はどこまで行っても馬鹿でした。今度から気をつけなくてはいけません」
本気で反省しているらしいクレイグを見て、エスターはクスクスと笑う。食えない爺さんでも主人が危険に晒されるのは、やはり嫌らしい。
「ま、とりあえず事が終わった後に処理すれば良いって話だろ?爺さん」
「口調が戻っていますよ。アステア様に許可なく触れたのですから当然です」
弧を描いた口元から覗いた牙は、一体どちらのものだったか。わかっている事といえば、そこに立っていたのは可愛らしいメイドでも、優しくも怪しい執事でもなかったという事だけだった。
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