第百四十七話 謎の液体だった
すぐにアルバへ発つ事はできないから、クレイグに予定の調節を丸投げした翌日。
「アステア様!できました!!」
肩で息をしながら部屋の扉を開けたのはキラッキラ笑顔のリンクだった。エスターの淹れてくれた紅茶を飲もうとしていた私は驚いて固まってしまったけど、次の瞬間には「どうしたの?」と言葉を返す。
「試作品です!」
「なんの?」
「皇帝陛下に献上する魔道具の!」
………うん。
確か私の記憶だと、リンクの工房ってまだ完成してなかったんじゃないかな?
「工房完成したので作ってみたんです!!」
「は?完成?」
「まぁ工房に置く機材が必要だっただけなのですぐに試作品自体はできるようにはしてたんですけど、結構上手くいったんですよ!工房も完成して試作品も上手くできて、満足なんです!できれば献上する前に試したいんですが、誰か良い人いませんかね!?」
ペラペラと口撃を仕掛けてくるリンクに目を白黒させながら、「あ、うん」と相槌を打つ。興奮冷めやらぬ様子のリンクに、みかねたエスターが声をかけた。
「リンク様、献上する魔道具がどのようなものなのかご説明ください。一方的に喋られても理解できません」
おおっと、キツい、キツいっす、エスターさん。
でもいつもは見れない冷たい表情にキュンときたのは黙っておこうな、うん…。
「あ、すいません!」
「いや、いいよ。嬉しいんだもんね」
「うっ…あ、いやまぁ、はい…。あんなに色々道具が揃ってる環境で作った事がなくて、一晩中籠ってしまいまして…」
今までの事を考えれば納得できる理由だ。リディア伯爵の目を気にして作ってきたんだから、ここでは思う存分作ってもらって構わない。
だけど、一つ疑問が。
「工房ってそんなすぐできるの?」
魔道具士として何不自由なく制作に励めるよう、ありとあらゆる機材類を揃えたはずだ。工房の大きさも通常よりずっと大きい。いくら腕が良い職人を何人も雇っていたとは言え、こんな短時間でできるもんなのか?
「俺も魔術を使って早急に終わらせたからです。普通の魔術師はこういう仕事を嫌がるし、力加減がめちゃくちゃだから現場では使えないんですけどね」
「あぁ、技術者としての知識と技術があるからリンクは大丈夫なんだ?」
「はい。森の方は流石に規模が大きすぎたので遅くなりましたけど」
いやいや、森の改築だってあんな短時間で終わらせられるのすごいからね。職人の腕が良かったからだと思ってたけど、リンクの魔術も力になってたんだ。
………なんか、リンクって凄くない?あれ?知ってたけど、私結構凄い子引き抜いてきちゃった?
「リンクは…なんでもできるね…」
「?」
───
とりあえずリンクが凄いのはわかったので、リンクの工房で試作品を見せてもらう事にした。
クレイグも見たがっていたけどアルバへ行くための調節で忙しいようだから、ついてきたのはエスターだけだ。ちなみに、ヨルは森の方で暴れているらしい。エスターが時々不機嫌そうに耳を動かして、しかも「うるさい…」と言葉を溢しているから、色々壊してたりするのかもね…。
「!?皇女様!?」
工房を訪れてまず視界が捕えたのは、鼻を炭で汚したアーロ君だった。
「か、可愛いぃ」
思わず口から飛び出した言葉にアーロ君が驚き、エスターの米神がピクリと反応し、リンクが「あちゃー…」という顔をした。
「なんでここにアーロ君がいるの!?」
「工房が完成してからすぐに試作品の仕上げに入ったので、ずっと手伝ってくれてたんですよ。アーロ、もう帰って良いって言ったのにどうしたんだ?」
「す、すみません!でも、見学したくて…」
グハッ!!なんて可愛いんだ…!!!身長が低いから自然となってしまう上目遣い可愛い!!
「良い、良いよ!好きなだけ見学して行きなさい!」
「アステア様!?」
「良いじゃん!減るもんじゃないし!」
「い、いや、まぁ、そうなんですけど、エスターさんが…」
アーロ君が安心できるように笑顔で「おいで〜」と声をかける。けど、人見知りなのか全くこっちへ近づいてきてくれない。
少し残念に思いながらもリンクの方へ視線をやれば、なぜか冷や汗をかいていた。
「どうかした?」
無言でリンクの指がエスターの方へ向く。それに釣られるまま視線を移動させると、見えたのは物凄く拗ねているエスターだった。
「あっあぁ…」
だって可愛いんだもん、アーロ君が。なんて言ったら、今日一日はへそを曲げっぱなしになるな、これは。
「とりあえず、試作品見よう!」
この場の空気ごと変えてしまおうと笑顔で言えば、リンクとアーロ君はほっと胸を撫で下ろし、エスターは拗ねたまま「…はい」と答えた。
どうやら試作品は新品の棚に仕舞っていたらしく、身長が足らないアーロ君を椅子に座らせ、リンクが取りに行く。
そうして出てきたのが…。
「その名も!「これがあればストレスなんてへっちゃら!馬車馬の如く働ける液」です!」
「………は?」
目に痛い黄色をした、謎の液体だった。
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