第百四十六話 価値はある
最後は視点なしです。
「予想以上…っていうか、予想外だったわ…」
夜、自分の部屋で声に出してみる。出すと言っても、本当に小さな声の独り言だ。
クレイグの笑顔を見て、なんとなく嫌な予感はしていた。
朝早くに叩き起こされて訳もわからないまま身支度を済ませ、連れられるままにリリアの元へ向かった。リンクとヨルが一緒なのが気になったけど、その理由は結局わからず終いで、馬車を降りた時にはリリアの嬉しそうな顔が見えていた。
そこで、やっと何かおかしいと気づいた。
クレイグ達への不信感じゃない。ただ、リリアが何かおかしいと、直感的に思ったのだ。それで、その予想がまんまと当たってしまった…って、事で良いんだよね。
──いませんでしたよね?──
背筋が凍るとか、悪寒がするとか、そう言うレベルじゃない。ただ理解ができなくて戸惑うしかできない、あの気持ち悪さは私が苦手としているものだった。
それに、言葉が通じないと思った時に、思い出したのがあの辺境伯だったっていうのも私の気分を憂鬱にさせている要因で…。リリアみたいな美少女を、家畜以下のクズ辺境伯と一瞬でも同列に思ってしまった事への罪悪感が残っている。
まぁ、理解できなかったところは一緒だし、言葉が通じなくてある種の恐怖心を抱いたのも本当だから、同列とはいかなくても同じっちゃ同じなんだけどね…。
「でも、あれで良いのかヒロインよ…」
今回の事で、リリアが私に執着しているのはわかった。それも異常なほどに。
きっとルカリオも薄々は気づいていたんだろう。リリアの言動に私が戸惑っているのを見て、早々に切り上げようと声をかけてくれた。その時こちらに寄越した視線が、本当に申し訳なさそうで、ルカリオ自身も困惑しているようで、少し可哀想だと思うほどだったのだ。攻略対象とヒロインだけど、ルカリオがリリアに恋する事はまずあり得ないだろう。
コンコンッ──
扉をノックする音が聞こえ、「どちら様〜?」と聞けば、扉の向こうから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「クレイグでございます。調べ物が終わりまして、ご報告に」
小さく間を空けて、「どうぞ」と声をかける。朝の事があったからこれ以上問題事は増やしたくないんだけど、どうやら私の気持ちなんて関係なく物事は舞い込んでくるらしい。
「こちらを」
最小限の足音で私の元まで来たクレイグが、流れるような所作で一枚の紙を手渡してくる。何も言わず文字を目で追えば、書いてあったのは一人の男の情報だった。
「アルバの、元貴族…?」
「はい。情報管理が厳重なアルバですから、調べるのに苦労しました」
笑いながら言っても説得力は皆無だよ、クレイグさん。
改めてよく読んでみると、その元貴族はアルバでも中枢を担い、国王であるアーロンからも絶大な信用を勝ち取っていたようだ。体格的には、少しふくよかな…。
…………ん?
「ねぇ、クレイグ。この人ってまさか…」
「アステア様の夢に現れた男でございます」
元貴族の姿絵は、私の夢に出てきた見知らぬ男とそっくりだった。だけど、私はクレイグにこの男が出てきた夢の話をしていない。
私の記憶を見た時に知ったのかもしれないけど、それだと、なんとなくクレイグの笑顔に騙されているような気がした。
「…少々、アステア様が眠っている間に夢を垣間見させていただきました」
「記憶とどう違うわけ?」
「近日の夢しか見る事ができません」
魔術の一種です、と言うクレイグは、言い訳している様子ではない。近日って事は、姉様の夢やサーレの夢は知られてないって事だよね。
それならまぁ、良いかな…?
「普通は怒るところなんですがねぇ」
「何?怒って欲しいの?」
「いえ、そういう趣味はございません」
「なら良いじゃん」
記憶を見られてるのに夢云々で怒りはしないよ。私は紙をヒラヒラと動かして、話の先を急かした。
「ドリュー・マクミラン。元伯爵位であり、現在はアルバの片田舎で余生を過ごしているようです。伯爵であった頃はまるで「予知をしたかのような先読み」で国王を支えていたと言います」
「………で?」
「アステア様の予知夢に関して、何か知っているかもしれません」
予知したかのような先読み、天才的な人間であれば、予知夢なんて関係なく成してしまいそうな所業だ。だってこの世界は乙女ゲームだから。
でも、もし、知っているんだったら…。
「アルバには行きたくないんだけどなぁ」
会ってみる価値はある、よね。
───
冷たい廊下を、クレイグは王太子へ送った手紙を思い出しながら歩く。あそこまで上手くいくとは思っていなかったため、いつもの笑みとは違う笑いが溢れていた。
──妹君をお早く連れ戻しください。完全に壊れてしまう前に──
こちらがリリア本人に危害を加えると思ったのか無意味な交換条件として、伯爵の情報を引き出せたのは儲け物だった。
より早く報告できた事に達成感を感じつつ、クレイグはアルバへは行きたくないと言う主人の望みを少しでも叶えるため、頭の中で誰一人にも会う事なく伯爵の元へ行ける道筋を立て始めた。
お読みくださりありがとうございました。




