第百四十五話 私を見てくれるお姫様が
リリア視点です。
執事さんが初めて私のお願いを聞いてくれて、昨日は嬉しくて眠れなかった。
だって、ずっとダメって言ってたのに、最後だからって許可してくれたんだもの!
もうアルバに帰らなければいけないのは辛いけど、アステア様に会えるんだったらなんでも良い。周りを見渡せば私と、ルカリオ様と、護衛の人達。他にも使用人さん達がいるけれど、あの人の姿はない。
そう、だから、アステア様は私に笑いかけてくれるんだ。嬉しくて仕方ない。
待っている時間がすごく長く感じられるせいで焦ってしまいそうになるけど、きっとアステア様は来てくれると思うから、頑張って堪えるの。
あぁ、早くアステア様に会いたいな。
軽い足取りで踊り出してしまいそうになるほどの嬉しさを隠すように笑顔を浮かべていれば、アステア様の屋敷がある方向から一台の馬車が現れた。白を基調としているところがアステア様を彷彿とさせて、上がる口角を抑えきれない。
綺麗な毛並みの馬が足を止め、御者をしていた執事さんが笑った。
「お待たせいたしました」
少し敬遠してしまっていたけど、本当はとても良い人だったから感謝の意味を込めて笑い返す。すると執事さんは、その笑顔には何も返してくれず、けれど、次の瞬間には私の頭の中にそれに対する不快感は無くなっていた。
「アステア様!!」
庭で出会った従者さんにエスコートされ馬車から降りる姿は、とても可憐で美しくて、後から降りてきた獣人のメイドさんと、エルフの騎士さんを従える姿は神々しさすら感じるほどだった。
抱きつきたくなってしまったけど、私に気付いてアステア様が笑いかけてくれた事でグッと抑えた。
あぁ、あぁ、どうしよう、何も言葉が出ない。だって、今、笑いかけてくれた。
「四日ぶり、かな。あの時は挨拶できなくてごめんなさいね。もう帰ると聞いて最後のご挨拶をしに来ました」
声まで綺麗で、本物だ、なんて当たり前の事を思う。その笑顔が、その声が、その瞳が私へ向いていると思うと、この上なく嬉しい。
「アステア様、やっと会えた…」
私の、お姫様。
可愛くて、綺麗で、私に微笑みかけてくれて、私を見てくれる。
やっと会えた、私の…。
「アステア様ぁ…」
「え!?リリア王女殿下!?」
ポロッと瞳から落ちたのは涙だった。悲しくて泣いた事はあったけど、嬉しくても瞳から涙が出る事があるんだ…。
「アステア様、ほんと、本当に会いたかったんです…」
「そ、そうなの?」
「もう、この十一日間ずっと…」
「え…?」
私を心配そうに見つめていた瞳に、変な色が混ざる。
あれ?私、何かおかしい事言った?
「えぇと、四日前に会いましたよね?その時はご挨拶できませんでしたし、とても失礼な事をしてしまって申し訳なく思っているんですが…」
「??…あの時、アステア様はいませんでしたよ?」
噛み合っていない会話に首を傾げて、それから、不思議そうにしているアステア様に問いかける。
「いませんでしたよね?」
けど、アステア様は戸惑った様子で何も答えてはくれなかった。
なんで?だって、だってだって…。
「お姫様は、私の事を無視したりしないでしょう?」
お姫様は、私の事を見てくれる。あの人の事を「ずるい」と思ったけど、それだって、いなければ関係のない事だから。
今、私を見てくれているお姫様が、アステア様。
「ふふっ、どうしたんですか?そんなにびっくりしちゃって…あ、もしかして私が泣いたから…すみません、すぐ泣きやみますね!」
一生懸命目元を拭ってから、笑う。
やっぱり驚いてるアステア様が不思議でもう一度「どうしたんですか?」と聞こうしたら、隣から「そろそろ行こう」というルカリオ様の声が聞こえてきた。
「えっ、もうですか!?」
「できるだけ野営はしたくないから早いうちに出たいんだ。ごめんね?」
「で、でも…」
もっと話したいのに。ずっと我慢していたのに。
引き止めて欲しい、そう思ってアステア様を見れば、にこやかに笑っていた。
「あまり時間を作れなくてごめんなさい。帰りの旅路に何事もないよう祈っていますから」
まるで神様の声みたいに心に木霊する。アステア様が、祈ってくれる。
「帰ります!祈っていてくださいね!アステア様!」
「えぇ、もちろん」
帰りの道を辿る間、私はずっとアステア様の心の中にいる。なんて素敵な事なんだろう。帰るのがあんなに憂鬱だったのに、アステア様の言葉一つでこんなにも嬉しくなるなんて!
「また来ます!」
馬車に乗り込む時、少し離れたところで手を振ってくれていたアステア様に叫べば、少しぎこちない微笑をもらえた。
照れちゃったのかな、アステア様、可愛いな。
また会えたら、その時も、微笑みかけてくれるかな…。
お読みくださりありがとうございました。




