第百四十一話 笑ってやった
目が覚めた時、「クレイグの事殴ってやろう」と思った。
いつも私に笑いかけてくれるエスターはどうして良いかわからないような顔をしていて、リンクは初めて会った時並みに複雑そうな顔。ヨルに至っては表情すら変わってない。それくらい、衝撃的だったって事なんだろう。
自分の何かが無理やり覗かれたような気持ち悪さがあるから、何を見られたのか、なんとなくわかっていた。
「どこまで見たの?」
流石のクレイグも笑っていなくて、ザマァみやがれ、なんて心の中で吐き捨てる。人の記憶を無理やり見たんだから、このくらい困惑してくれなきゃ割に合わない。
「クレイグ、答えて。自分のした事の始末はつけなきゃダメでしょ?」
睨むでもなく静かに怒りだけを込めて聞けば、クレイグは一つ息を飲んでから「はい」と答えた。
「リリア王女殿下が何者かと親しくなり、その影響で私達に近しい、もしくは名を知る人々が死亡するという未来を…」
なら、転生者って事もわかったわけだ。クレイグの口振りからして転生前の事は知らないのか?という事は、リリアや姉様の未来だけを知ったって事…。
「………わかった。で、クレイグ。確信は?」
私の記憶を覗き見した事について色々聞いてやりたいけど、そもそもは私に確信をくれるからとヨル達を呼び出したわけだ。だったら、私の記憶を見た事にも繋がるはず。納得の行く説明を要求したっておかしくはない。
クレイグは瞳の奥で小さな動揺を見せながら、けれど私の問いに迷う事なく後ろに立っている三人を指した。
「彼らに聞けばお分かりになるかと」
クレイグ越しに三人を見れば、やっぱり微妙な顔をしていて、自分にしては珍しくクレイグへ怪気の目を向ける。
数秒の沈黙が流れたあと、声を発したのはエスターだった。
「アステア様、ごめんなさい…!」
「え?」
「アステア様の記憶を勝手に見てしまって、怒ってますよね…本当にごめんなさい。でも、あの、アステア様の事は絶対守りますから!絶対!絶対アステア様の記憶のようにはさせませんから!」
目元を赤くして必死に伝えようとするエスターに、私は驚くあまり目を見開いた。
「…まぁ、未来云々の話はおいといて、姫さんの近くは居心地良いからなぁ。手放すよりか、守った方が得する事は多そうだ」
「俺も!俺をここに引っ張り上げてくれたのは、どう足掻いたってアステア様なんですから!」
謝るとか、守るとか、引っ張り上げてくれたとか、予想していなかった言葉がどんどん溢れていく。てっきり「どうして言ってくれなかったんだ」とか「信じられない」とか、そういう言葉がくると思っていたのに、人間驚きすぎると口が塞がらないのは本当らしい。
「だそうですよ。誰一人としてアステア様のお側を離れる気はないようです。「確信」は足りましたでしょうか?」
「………私は、全部言えるくらいの、って言ったんだけど?」
「はてさて、どこの姫に似たのか私は解釈の仕方が一般とは違うようでして」
私に似たって言いたいのかこの執事は。…まぁ、百歩譲って良いよ、私だって人の言葉を自分の好きなように受け取って解釈しますから。
だけど、なんだかここまで見透かされていると意地の悪い奴だとしか思えなくなってくる。
たぶんクレイグは、私が持っていたほんの少しの不安を感じ取っていたんだ。この体が私のものではないと知ってどう思われるか、この世界が乙女ゲームだと言って敬遠されないか、未来を知っている事について気味の悪い奴だと思われないか。
多少なりとも持っていた不安の種を、クレイグは強行突破するという形で解消しようとしたらしい。
「アステア様?」
それでまんまと解消してしまった私のちょろい事よ…。
何も言わない事を不思議に思ったのか、私の顔を覗き込んできたクレイグにデコピンをしてやる。私がクレイグ相手にそんな事をするなんて初めてで、そもそもクレイグ自身に隙がなくて今までできなかったから、お互い驚いて目を見開いた。
「今回は見逃してあげる。だけど、次からは強行突破する前に確認とってね」
「…わかりました」
デコピンされた額を押さえてコクンと頷く姿が妙に素直に見える。溜めていた息を吐き出すように笑ってしまった。
「あー!もー!今日はご飯食べて寝る!私の秘密知ったからにはちゃんと付き合ってもらうからね!?特にクレイグとエスター!」
なんだか怒っている事が馬鹿らしくなったから叫んでみれば、「いつもの姫さんだな」なんてヨルが笑う。リンクが「そろそろ魔道具完成しそうなんです!」と、なぜかこのタイミングで嬉々として報告してくるから、「ラストスパート頑張れ」とグーサインを送ってやった。
「あ、クレイグ」
部屋の扉の前に立って振り返る。クレイグは「はい?」と言いながら首を傾げた。
「クレイグも、私に確信をくれたって事で良いんだよね?」
ヨル、エスター、リンクは私に確信という名の安心をくれた。
あとは、クレイグだけだ。
「もちろんです、アステア様」
確信が欲しいと言った時と、同じ言葉。心は変わっていない、そう断言されたようで、くすぐったくなる。だから私も、やっぱり笑顔を浮かべたクレイグに、やっぱり「そうこなくっちゃ」と笑ってやったのだった。
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