第百四十話 ──転生者──
視点なしです。
クレイグという男はアステアのためならば手段を選ばない。それはエスターにも当てはまる事だが、クレイグの場合は結果が良ければアステアが目を瞑るだろうと理解していて行っているので質が悪いとヨルは思う。
「………わかった」
「!?」
了承の言葉を口にしたヨルに、エスターが驚きの目を向ける。リンクも黙ってはいるが目を見開いていた。
「爺さんはこの中で一番姫さんの事を理解してる。なら、新参者の俺がとやかく言うわけにはいかねぇからな」
「そ、それは…そうですけど…」
それを言われてしまうとエスターは口籠るしかできなくなった。ヨルとリンクは確かにアステアの側へ来て日が浅いが、クレイグと比べてしまえばエスターも似たような立場だ。これでアステアがクレイグへ信頼を寄せていなければ話は別だったかもしれないが、そうもいかない。この場にいる者の中で、アステアが最も信頼しているのは紛れもなくクレイグなのだ。
「もし、アステア様に何かあったらクレイグさんでも許しません」
「お前にそうやって睨まれるのは久しぶりですねぇ、エスター。もちろん、アステア様を傷つける事はしませんよ」
今すぐにでもクレイグの首元にナイフを突きつけてしまいそうな目つきで告げたエスターに、クレイグは変わらぬ笑みで答える。
爺さんの心臓はどんだけ頑丈なんだ、なんてヨルは呆れるが、アンデッドなので動いてはいないのかとすぐに気づく。
「あの…俺もいて良いんですか?」
リンクが聞けば、クレイグが即座に頷き「えぇ」と答えた。
「リンク様もアステア様が気に入られた一人ですから」
「そう、ですか…」
まさかカタルシアへ来て数日で主人の秘密を知る事になろうとは。リンクは怒涛の勢いで目まぐるしく変わっていく日々に疲れを感じながらも、これから知るのであろう事に背筋を伸ばした。
───
クレイグが開けた硝子の箱の中から焚き上がる煙がアステアの体を包み込み、ゲームではお馴染みのウィンドウが浮かび上がった。けれどクロス・クローンの世界にゲームなど存在しないため、ヨルをはじめとした三人は首を傾げる。
「ここに書かれているのが、アステア様の記憶です」
アステアの記憶全てを映し出しているからなのかとても大きいウィンドウに書き記されている文字達を、クレイグは慎重に集めていく。クレイグが思わず止めていた息を吐き出すと、既にウィンドウの真ん中には、アステアが隠している秘密のいくつかが集められていた。
「動かす事ができたのはこれくらいでしょうかねぇ」
「?…クレイグさんはアステア様の秘密を知ってるんですか?」
「いえ、ですがアステア様が許している記憶がこれなのです」
「??」
どういう事かいまいち理解できずに首を傾げるエスターを見かねて、リンクが助け舟を出す。
「動かせる言葉や名称はアステア様が俺達にも「話して良いと思っている事」なんじゃないですか?」
「!なるほど…!」
納得した様子で頷くエスターに、ヨルが小さく「アホか」と呟く。すぐにエスターに聞き取られたが、クレイグの「これを見てください」という言葉によって、エスターの肘がヨルの横腹を攻撃する事はなかった。
クレイグの言葉に従い指された文字を見れば、そこに書いてあったのはなんとも現実味のない言葉。
──転生者──
「…こりゃ突拍子もねぇ話が来たな」
「てん、え、転生ですか…?」
「魔道具で映し出されてるんだからアステア様の思い込みとかではないはず…だよな…」
信じられないという顔をする三人と同様、クレイグも驚いたように口を結んでいた。知らなければいけないと直感していたとはいえ、アステアの秘密が何であるかなどわかっているはずがなかったのだ。
この世に転生というものがあったとして、けれどそれは自覚できるものなのか?
生まれ変わる前の記憶があるなど聞いた事がない。禁術の中には死人を「人の手によって蘇らせる」魔術があるが、それとはまた異なるものだろう。
およそ数百年の間、アンデッドとなっても出会った事のなかった転生者。クレイグは平静を取り戻すためにも一つ息を吐き出した。
それからまた並んでいた言葉をスライドさせれば、動かした時にはぼやけて見えていたはずの文字がはっきりと映し出される。
──リリア・アルバ・ファニングの未来──
その名が見えた瞬間、焼かれるような激痛がクレイグ達それぞれの瞳を襲った。そうして頭の中に流れ込んできたのは、リリアが顔の見えぬ相手と幸せに笑っている姿。けれどその後ろには、アステアが最も敬愛するカリアーナを始めとした人々が息をする事なく倒れている。その中にはクレイグ達の見知った人間もおり、笑っているリリアに反比例して嫌悪感しか抱く事はできなかった。
「これが…アステア様の、秘密…?」
思わず静寂の中に落とされたエスターの声は、酷く震えていた。
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