第百三十四話 仕方ないんだから
途中から視点なしです。
ちょうどアーロ君を初めて見かけた時がラストスパートをかけるタイミングだったらしく、気づけばあっという間に森の改築が完了した。アーロ君の父親を始めとした職人達がとても協力的で予想より早く出来上がったのだとリンクは満足げだったが、話を聞いているうちに問題が一つ…。
「自分の工房作ってないってどう言う事よ」
「す、すみません…」
私より大きい体を縮こませて謝られると怒る気にもなれない。いや、そもそも怒る気はないんだけど。自分の仕事場よりヨルを優先したって事だよね?リンクがそれで良いなら良いと思ったけど、どうやら違うらしいから呆れる。
「で、何?リンクは私が「自分よりヨルさんの方を優先して欲しいだろうな」と思ったから進めたと」
「はい」
「アホか!!!!」
目線の上にあるリンクの顔を睨みつければ、どうして怒られているのかわからない、と困惑しているリンクと目が合った。こいつはなんだ、引き抜きの意味もわかってないのか。
「ヨルはただ一人の近衛騎士だけど、どっちの方が良いとか比べた事ないから。そこんところわかってる?何より私はリンクの腕を買ってるの。その腕を磨ける工房を蔑ろにするつもりはないんだけど?」
「ですが、気に入っている者の順番はあるかと…」
姉様が一番好きとはよく思っているし、発言だってしてる。優先順位、というのも、正直なところはあったりする。けど、それは時、場合、状況によって変化するものであって、少なくともリンク、ヨル、エスター、クレイグの四人に好き嫌いの優劣なんてつけてはいないつもりだ。
リンクはあれだな、貴族の闇深い部分を知っているから無意識のうちにそういう思考回路になっちゃうんだな。少しずつ変えていかねば…。
「とにかく、森よりは規模小さいから集まってもらった中でも特に腕の良い職人さん捕まえて急ピッチで作る事。必要な機材とかはこっちで全部用意するから」
「でも、それだと費用が…」
「私を誰だと思ってんの、そのくらいなんとかするよ。ちゃんとした工房がないと良いものなんて作れないでしょ?」
私の言葉にちょっと狼狽気味のリンクが「それは、そうです…」と語尾を小さくしながら答える。まだ来て間もないから遠慮しているのはわかるけど、これだったら少し失礼なくらいが丁度良いとも思っちゃうな。私相手に遠慮してても仕方ないんだから。
「エスター、リンクの事工房まで連れて行ってあげて!」
「え!?あ、わかりました!」
後ろで人形の如く静かに控えていたエスターが驚いたような声を出し、答えた次の瞬間には落ち込んでしまった。
「せっかくアステア様と一緒にいれると思ったのに…」
小さいながらも聞こえてきた一言は可愛い事この上ないけど、申し訳ないが今回はリンクの工房が先だ。後で撫でるくらいはしてあげような…。
───
「外に出たいです…」
ボソリ、約一週間の間ずっと大人しく窓から外を眺めるばかりだったリリアが呟けば、クレイグは微かに目を見開いた。
「どこに行かれますか?」
にこりと微笑すれば、リリアは表情を歪ませながら「アステア様のところに行きたい…」とまた呟く。昨日は機嫌が良かったのに、どうやら今日は落ち込み気味のようだ。
「アステア様はご用事がございますから、会う事はできませんよ。行っても無駄足になるだけです」
「行ってみないとわからないじゃないですか!」
何度このやりとりをしただろう。クレイグは思わず出てきそうになってしまった溜息を飲み込んで、笑顔でいつも通りの対応をする。
けれど、今日はいつもと違う事が起きてしまった。
「…行かせてくれないかな?」
リリアを止める側であったはずのルカリオがクレイグに頼んできたのだ。リリアは嬉しそうに微笑み、クレイグはルカリオの表情を見て、もうしばらく持つと思っていた自分の予想が外れた事に気づく。
「ルカリオ様も一緒に行かれるのですか?」
「うん、それなら心配もないでしょ?俺がちゃんと見ておくから」
毎日のように漏れ出るリリアの言葉を受けていれば、いつかは折れる日が来るとは思っていた。それが今日だった、という事らしい。加えてルカリオ自身もクレイグがなぜそこまで頑なに会わせようとしないのか気になっていたため、それもまた折れる事へ繋がったのだろう。
「……わかりました」
リリアならばまだしも、ルカリオの言葉を拒否するつもりはない。屋敷にはエスターやリンク、ヨルも揃っている。何よりルカリオも付いて来るのなら何かあってもすぐに対処できるだろう。クレイグは小さく頷き、アステアとルカリオを案内する事を決めた。
「やった!ありがとうございます!ルカリオ様!」
「良かったね、リリアちゃん」
リリアへ向ける視線の中には慈愛が込められているようにも見えるが、クレイグへ送られる視線の中には感謝と謝罪の色が滲んでいた。
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