第百三十二話 まだここに来て日の浅い俺が
リンク視点です。
「さっきは悪かったな、うちのクソガキが空気も読めねぇでよ」
そう言って謝ってきたのは、アーロの父親であるオグデンさん。濃い無精髭を生やし、その風格は職人の中の職人。現に「腕の良い職人は?」と聞けば、同業者の誰もが一度は彼を思い浮かべるほどだ。
「大丈夫ですよ、アステア様はあんな事では怒らないので」
「そうかぁ?皇女様は心がひれぇんだなぁ」
「心…いや、あの人はただ単に気まぐれなだけだと…」
「気まぐれか!まぁ女はそのくらいでなくちゃな」
いやいや、まだ日が浅い俺から見てもそう思えるのだから相当だろう。オグデンさんには笑われてしまったが、正直勘弁してほしいところは多い。特に物騒な事を言いながらすっとぼけるところとか…。
「あのバカ、あんたに惚れ込んじまったらしくてなぁ。あんたと喋りたいんだと。ホントに悪かったな」
「アーロがですか?」
「おうよ。あんたに話しかけられてからあんたの話しかしやしねぇ。ったく、どうなってやがんだろうなぁ」
わかりやすく拗ねてしまったオグデンさんは、子供に無視されて密かに傷つく父親だ。面と向かってこんな事は口が裂けても言わないだろうから、アーロの知らない一面なんだろうな。俺がクスッと笑えば、遠くから「あー!!!」という叫び声が聞こえてきた。
「親父何してんだよ!!リンクさんに変な事言ってないだろうな!!」
「あぁ!?親に向かってなんだその口の聞き方は!だから細けぇ細工にいつも失敗すんだよ!このクソガキが!!」
「今それ関係ねぇだろうが!!」
………この豹変っぷりを見たらアステア様はなんて言うんだろうか。アーロは確かに子供特有の可愛さを持ってはいるが、中身は父親相手に喧嘩を吹っかけるような子だ。人見知りなのか初対面の相手や赤の他人となると大人しくなるが、ちょっと慣れてくると大体の相手にはこうなるらしい。
…そう考えると、俺には敬語を使ってくれているし、確かに尊敬されているのかもな、なんて自惚れそうになってしまう。そんな自惚れをしている場合じゃない、と自分に言い聞かせ、二人の仲裁に入った。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いてくださいって」
「いや、こりゃ教育だ。みっちり扱いてやる…」
「はぁ!?俺はリンクさんに教えてもらいに来たのに!」
「ガタガタ言ってんじゃねぇ!文句言える立場か!」
ヒョイっとアーロを担ぎ上げてしまったオグデンさんは、「リンクさぁああん!」と叫ぶアーロを連れて、スタスタと持ち場に戻って行ってしまった。初対面の時こそオグデンさんには値踏みされてしまったし、アーロには警戒されてしまっていたが、蓋を開けてみれば懐に入れた相手にはとても気の良い親子。しかも職人としてお互いに理解し合っている部分があり、その関係性は羨ましい限りだった。
まだ子供のアーロにもいつかわかる日が来るのだろうか。オグデンさんのような父親を持てる事が幸せな事であると。
──あの子の事育てる気だったりするの?──
アステア様の言葉を思い出し、小さく首を振る。今の俺にそんな事ができるはずがない。アステア様の言ったように名前も知られていないし、何より父に認められてすらいないのに。家を出たとは言え、あの人を最後の最後には頷かせられるようにならないと。……まぁ、あのアステア様なら、俺の意思関係なくアーロを俺の弟子にしてしまいそうではあるけど。
そもそもアステア様はいまいち何を考えているのかわからない。殺気に飽きる、なんて事を言った時だって、正直理解はできなかった。
ただ驚いたのは、血生臭い世界とは無縁の場所で生きてきたお姫様がそんな事を言ったから。俺の事を見つけてくれた人だから普通の貴族連中とは違うのだろうと思っていたが、あそこまでとは思わなかった。温室で大切に育てられてきたからこその純粋さと潔癖さと、血を幾度となく浴びてきただろうあの皇帝陛下の娘と言われて素直に納得できてしまうくらい、綺麗な笑顔。言葉として悪いが、バランスが悪く、歪にも見えてしまった。
だからあの瞬間、今更ながらにとんでもない主人のところへ来てしまったと思い知らされたんだ。だが考えてみると、アステア様はあの兄貴が主人と認めた人だ。色々ぶっ飛んでるなんて予想できた事なのかもしれない。
──ま、応援するからさ──
そんな人に引き抜かれ、剰え応援されている俺はなんなのだろうか。魔術師と技術者の両方を補える自分の事を異質だと自覚していたが、もしかすると思っている以上なのかもしれない。……まぁ、どうやらアステア様の周りは異質なものだらけなようなんだが。まだここに来て日の浅い俺が気にする事でもないだろう。
「もうすぐ完成なんで!最後一息お願いします!」
声を張り上げれば、俺みたいな若造を少なからず認めてくれた職人さん達が「おぉ!」「良いもん作ってやんよォ!」と声を返してくれた。こういう場所をくれたアステア様には、素直に感謝しておこうと思った。
お読みくださりありがとうございました。




