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第百三十話 目を細めていた

視点なしです。

少し時は進み、リリアとルカリオがカタルシアへ訪れて四日ほどが経っていた。その間ルカリオは皇太子であるクロードとの友好を深め、とても有意義な時間を過ごしていたが、逆にリリアはつまらない時間を過ごしていた。


「あの、アステア様は…」

「ご用事がございます」


何度も何度も、一目で良いから会いたいのだとお願いしても、目の前の執事が首を振る。アステアの代わりにと案内役としてついた執事は、リリアの言葉を毎回やんわりと拒否し続けているのだ。


「…あの執事さん、本当にダメなんですか?」


初日、アステアが迎えてくれた時は有頂天になってしまっていたリリアだったが、後の三日は気分が一つ、また一つと落ちていく感覚がしてならない。

アステアの執事は何を思ったのか「気分が良くなる紅茶でもお淹れしましょうか?」と聞いてきた。


「…そんな事で気分は良くならないと思います」

「おや、そうですか。アステア様がとても気に入っている紅茶なのですが…」

「ッ!」


ダメだと拒否をするくせにいつも言葉の端々にアステアの存在をちりばめる。まるで挑発されているような気分になって、リリアの眉間には自然と皺ができていた。


「いただきます…」

「それは何より。少々お待ちください」


にこやかに穏やかに、けれどリリアの心を騒つかせながら部屋を後にした執事の背中を見送り、リリアは肩の力を抜く。


「アステア様は、約束を破るつもりなのかな…」


あの優しい笑顔が嘘だったなんて思いたくはない。けれど、こうも会えない日々が続くと、胸の中には小さな塵が山を作るのだ。リリアとルカリオがカタルシアにいる期間は決して長くはない。早く会いたい、話したい、また会えると思っていたのにどこへ行ってしまったのか。

まるで恋する乙女のような溜息をついたリリアは、涼やかな風が舞い込む窓の外を見つめた。可愛らしいヒロインが登場する物語では、こうしてヒロインが物思いに耽っている時に頼もしい王子様が登場するものだけど、自分は可愛らしいヒロインではないから現れてはくれないか。神様が味方をしてくれるから大丈夫と思っていたけど、自分を大嫌いな神様が微笑んでくれるはずもなかったのだと今更ながらに気付く。


「ここでも一人ぼっち…」

「何がだ?」


誰の返事もないはずの言葉に声が返ってきて、リリアは肩をビクつかせた。急いで声のした方に振り向けば、いつか見た天使のようなお姫様と同じ髪が目に映る。


「あ…アステア様の、お兄様…」


口から咄嗟に吐き出された言葉は、帝国の皇太子相手に言う言葉ではなかった。その事に気づいたリリアが両手で自分の口を塞いだが、時すでに遅く。アステアの兄であるカタルシア皇太子、クロードは笑いを堪えるように目を細めていた。


「そう呼ばれたのはいつぶりだろうな」

「も、申し訳ありません!皇太子殿下!!」

「いや、可愛い妹の名前が出たんだ。怒るなんて無粋な真似はしないでおこう」

「あ、ありがとうございます…」


上目でチラリと見上げれば、やはりアステアと同じ白髪が目についた。次いで、アステアよりも濃く深いアメジストの瞳。初めて会った時は美しい人だと純粋に思ったが、こうして見るとアステアは血族すら天使様のようなのだと思ってしまった。

リリアは軽く顔を赤らめ、俯き気味に「あの…」と声をかける。けれど、それは何度もリリアの願いを拒み続ける執事の手によって阻まれてしまった。


「クロード皇太子殿下、どうされたのですか?」

「ん?あぁ、クレイグか」


扉がガチャリと閉まる音とともに現れたのは、紅茶のセットを持ったクレイグだった。その表情はいつもと変わらずにこやかで、リリアは解けていたはずの眉間の皺を深くさせた。


「ルカリオが来ていないかと思ってな」

「ご一緒だったのでは?」

「それがあいつは女が好きらしい。ちゃんと見張っていないとメイドの後をついて行ってどうしようもないんだ」

「そこまで打ち解けられたのですか。それは良い事です」


全く良いものじゃないぞ?と楽しげに答えるクロードの意識に、すでにリリアは存在すらしていない。クレイグが現れた事で一瞬程度でも湧いていた興味が失せてしまったのだろう。


「ルカリオ様なら中庭のメイド達と話しておられましたよ」

「!そうか、あいつ庭に出てたのか…」


助かったと礼を言い、クロードが部屋の扉へ向かう。すれ違いざまにクレイグが小さく耳打ちすれば、クロードは満面の笑みで応えて見せた。


「アステア様が嫉妬されますよ。決して言葉には出さないのでしょうが」


クレイグの言葉はどこからどこまでが真実なのか。はっきり言える事は、その中には確かに嘘が紛れているという事だけ。けれど、何も気づかずに可愛い妹の見えない気持ちに思いを馳せた兄は、笑顔で部屋を後にしたのだった。


「紅茶をお淹れしますね」


執事は主人が警戒している、けれど危険視はしていないらしいリリアに、蛇のように目を細めながら笑いかけた。

お読みくださりありがとうございました。

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