第十三話 そりゃ鳥肌も立つわけですよ
私が忌み者と呼ばれる夜色のエルフを見て嬉しそうにしたのが伝わったのか、辺境伯は面白くなさそうに顔を歪めた。人の不機嫌は感じ取れないくせに面倒この上ない事だ。
「皇女様!アレがお気に召したのですか!?」
「え?あぁ、まぁ、そうですね」
「………そうですか」
なぜか下を向いて、どこか落胆した様子の辺境伯は小さく呟いた。
「浮気はいけませんぞ」
………はい?
「皇女様は…いえ、アステア様は我が妻となられるお方!あのような者を気に入るなど!しかも将来の夫の前でなんとフシダラな!」
驚きのあまり呆気に取られ、次の瞬間自分の眉間に皺が寄るのがわかった。ツマ、オット、何言ってんだこの汚物。待ってほしい、しかもアステアって呼ばなかった?様はつけてたけど、位は高いとしてもただの貴族が皇族の名前を不躾にも許可なく呼んだの?理解できない事が多すぎるんだけども。
「へ、辺境伯様?何をおっしゃっているんですか…?」
顔が引きつるのをどうにか我慢して聞いてみれば、辺境伯から返ってきた返事は痛い頭がさらに痛くなる答えだった。
「アステア様は私の事が好きなのでしょう?であれば、結婚を見据えるのは当然の事ではありませんか!」
「………は?」
言葉を失うってこういう時の事を言うのだろうか。
信じられない、私の態度のどこを見てそう思ったんだ!?
「おぉ!気持ちがバレてお恥ずかしいのですな!大丈夫!私は気にしません!」
「は、え、あの」
「その様に動揺なされて!可愛らしいですなぁ!私と気持ちが通ってそこまで喜んでいただけるなんて嬉しい限りです!」
待って、待って待って待って、何言ってるの?言葉通じてる?あ、私驚いてちゃんと喋れてないわ。
どうにか冷静になろうとしても相手の言う事が全く理解できず、ただ肩に回されそうになった太く脂ぎっている腕からなんとか逃れるしかできない。
「へ、辺境伯…なぜそう思ったのかだけ教えていただけませんか?」
「ん?良いですぞ!さぁ!私の隣へおいでください!」
「い、いえ、この距離で結構です…」
「本当に恥ずかしがり屋ですなぁ!良いでしょう!未来の夫たる者この程度の事で怒ったりは致しませんから!」
どうしよう鳥肌が立って仕方ない気持ち悪い。
ここまで悪寒を感じたのなんて、今世では初めてだ。そもそも乙女ゲームの世界にこんな奴いて良いわけないし。
もう嫌悪感を隠す事なく話を聞けば、辺境伯は私が「パーティーをわざわざ抜けてまで会いにきた」ので、自分の事を好きだと勘違いしたらしい。それだけで勘違いできる頭のくせにどうして辺境伯なんてやれてるの、心底不思議でならないんだけど。もしかして私と話してる時に時々していた「むふっ、ふふ」って笑いも、私が自分の事を好きだって勘違いしてたからなの!?待って、鳥肌が止まんない!!これは悪い鳥肌です!!気持ち悪くて吐きそう!!
けれど、私の心情なんて知らないとばかりに辺境伯が一歩前に出る。
距離が一歩分近づいてしまったから私も一歩後ろに下がれば、なぜか辺境伯は不機嫌そうな顔をして「逃げるとは何事ですか!」と叫びやがった。
「私は貴方の夫ですよ!?アステア!!」
とうとう呼び捨てにしやがったこの野郎…。
貴族が王族や皇族を呼び捨て、または名前呼びなんて許可なくしたら不敬罪で、悪くて処刑される。リリアは知らないのかどうなのか私を名前で呼んだけど、それはリリアが王族だったからまだ許される行為だ。だけど、目の前で逆上している男は、辺境伯としての地位はあるがただの一貴族にすぎない。
つまり、皇女の立場からすれば貴族ごときが自分の事を妻だなんだと騒いでいるという事になって、もちろん不敬罪で処刑も可能な、もはや事件だ。
そりゃ鳥肌も立つわけですよ。理解できないものって怖いもん。
「あの…」
「……これは、体に教えた方が早いですかねぇ」
私が豚と評するくらいには大きい巨体が一歩一歩着実に近づいてくる。
ちょ、え、待ってそういう展開になっちゃう!?
私これでも一応皇女なんで結構温室育ちなんだよ!?その巨体でのし掛かられたら圧迫死しそうなんですけど!!
混乱しすぎて頭が上手く働かず、そうしている間に辺境伯は私の目の前まで来てしまった。私が動かなかった事を同意と取ったのか、「むふっ、ふふ」とやはり気持ち悪い笑い方をする。額に冷や汗が流れ、辺境伯の荒い鼻息に肩が震えた。
正直、怖い。
前世は世界トップクラスに安全と言われた国で、今世は温室育ちで生きてきて、こんな経験をした事があるはずない。
私の肩に、汗に濡れた辺境伯の手が触れた。怖すぎて、一度大きく震えて見せるしかできなくて、辺境伯が初めてニィ…と、怖いと感じさせる笑みを見せた時。
「この嬢ちゃんは、あんたにゃ勿体ねぇよ」
この状況にそぐわない、ただおかしそうに笑う声が、私の後ろから聞こえてきた。
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