第百二十九話 驚かせてやろう
元々フィニーティスから帰って来たと同時にリンクの工房は父様に頼んで作り始めていたから、今カタルシアの城下町には腕の良い職人が集まっている事だろう。追加でヨルが使える競技場を作るのだって簡単にできるはずだ。
うん、簡単だと…思ったんだけど…。
「ダメです」
見事に却下されました。
なんで!?と姫らしからぬ叫び声で聞けば、クレイグは優しい笑顔で答える。
「単純に第三屋敷の敷地内に収まらないからです」
「じゃぁ敷地の外に作れば…」
「近衛騎士一人のためだけに敷地外に競技場を作ると?敷地内ではある程度の事をしても民に知られる事はないでしょうが、外となれば話は別です。アステア様を始めとした皇族皆様のお使いになる全ての貨幣は国の民が払っているのです。税金を無駄にした、一度でもそう思われてしまえば、その思いを消す事はできないですからねぇ。最悪民の暴動に繋がるかも…」
「あー!ごめんなさい!わかりました!私が悪かったです!」
つらつらと並べられる言葉には、クレイグにしては珍しく私をちょっとばかり責めるニュアンスが入っていた。地雷でも踏んでしまったか。クレイグの表情を窺えば、いつもの笑みを浮かべている。
「爺さんがそこまで言うなんて珍しいな」
私が黙っているのにこの子はもう!!
クレイグは私の後ろに立っているヨルの事を一瞥する。いつもならすぐに返事をするのに…本当に地雷でも踏んでしまったようだ。ヨルと同じく私の後ろに立っているリンクは、どうしたものかと私の顔を見る。社交界では気まずくなったとしてもその場を凌げばそれ以上関わらないように立ち回る事もできるが、私のところに来た以上クレイグやヨルとギクシャクするのはまずいと思ったのだろう。
こう言う時、空気が読めるっていうのは本当に有難い。
「……わかった。競技場は諦めるよ」
私が仕方なく頷けば一瞬だけだったから見間違いかもしれないけど、クレイグは少しホッとしたような顔をした。クレイグにしては珍しい顔だ。
「…それにしても、なぜ競技場なのですか?」
「うん?」
「ヨル様は近衛騎士なのですから、作るなら闘技場の方がよろしいかと」
「あ、それ俺も思った」
クレイグの言葉に同意したリンクが頷く。まぁ、確かに闘技場もありっちゃありだ。いろんな格闘家を招いてヨルと戦わせるっていう手があるからね。
「でも、それだとつまんなくない?」
「……どういう事でしょう」
おぉ、これも珍しい。クレイグが微かに首を傾げてる。
「だって、闘技場は格闘家専門でしょ?」
「そうですね。己の技で闘う場所ですから」
「私の勝手な主観だけど格闘家って闘う事を目的としてるわけで、相手を気絶させる、または殺す事が目的なんだと思うわけよ。でも、競技場は技を競う場所。殺気はなくても予想のつかない事をする人が来るかもしれない。その中からヨルの相手を探した方が、ヨルだって楽しいかなって思って」
クレイグやリンクが口を挟んでこなかったので自分の考えを全て言ってしまえば、不満げに言葉を漏らしたのはヨルだった。
「俺は殺気があった方が好みだぜ?」
「エルフは元々争いを好まない性質があると思うんですけど…ま、でも…」
そこで一旦言葉を止める。この言い方だとヨルを戦闘狂扱いしてるみたいかな…。でも、ヨルは賭け事とか好きだしあながち間違ってはいないだろう。
「そうじゃないと本当の殺し合いになった時、飽きちゃいそうじゃないですか?」
物騒な事を言っている自覚はあるが、ヨルは飽きやすそうだと思ったのだ。何より私に戦士の気持ちなんてわからない。人を殺そうと思った事もないし、たぶん殺してやろうと思われた事もないと思う。だから私は目の前で、きっと人を剣で傷つけた経験のあるだろう三人が目を見開いている事の意味がいまいちわかっていない。
「何か変な事言った?」
「いや…まぁ、可能性はなくはねぇ…か?」
「殺気に飽きる…考えた事もなかったですね…」
「アステア様のお考えは相変わらず面白いですねぇ」
三者三様、クレイグはちょっとからかいが入っている気がするけど放っておこう。
それにしても、競技場を却下されるとは思っていなかった。そうか、敷地内じゃないとダメかぁ。敷地内で広い場所と言ったら一つしかない。私の住む第三屋敷は、私自体が外観や庭にあまり興味がないため手入れも最低限しかされておらず、人目につかない場所は草木が生えまくっている。だから、屋敷の裏とかは半ば森のようになっていたりするんだけど…。
そういえば、ヨルは剣を振る時は屋敷の裏の森に行ってるよね…。
「殺気とか関係なく考えて、エルフの身体能力を一番有効に使える場所…」
あぁ、なるほど。ヨルが剣を振る場所に屋敷の裏を選んでたのって、もしかしてそういう事か?
「ねね、リンク」
「はい?」
「父様に渡す魔道具で忙しいと思うんだけど、良い?」
どうせなら、クレイグとヨルを驚かせてやろう。
お読みくださりありがとうございました。




