第百二十八話 約束を破ったと
前半リリア視点です。
「第二皇女殿下は用事があるみたいだから、案内は執事が代行するらしいよ」
「えっ」
どうして、と言葉を紡ぐ前に、ルカリオ様が笑顔で「これ美味しいよ」とメイドさんが持ってきてくれたお菓子を勧めてくる。
「あ、あの、なんでですか!?何か無礼な事でもしちゃったとか…」
「ただ単に用事があるとかだと思うよ」
でも、だって、アステア様は「また話しましょう」と言った時、確かに笑顔で頷いてくれたのに。私の手を取って、私を肯定してくれたアステア様が私の言葉を無視するなんてあり得ない。
「なのに……なんでいきなり…」
カタルシアに行くからとお兄様が用意してくれたドレスの裾を強く掴む。皺ができてしまったけど、そんなの気にならないくらいにアステア様の言葉が私の頭の中を木霊していた。
──貴女は美しい方ですよ──
あんなに真っ直ぐな目で見つめられた事も、あんなに素敵な言葉をかけられた事も初めてだった。……あぁ、やっぱりアステア様が私に何も言わないなんて事はないに決まってる。
「……ルカリオ様、アステア様のいるところを知りませんか?」
「いきなりどうしたの、リリアちゃん」
「ルカリオ様、教えてください」
「…ダメだよ。第二皇女殿下は用事があるんだ。客人である俺達が邪魔しちゃ国王陛下に泥を塗る羽目になる」
「!」
優しく言い放たれた言葉を聞いてハッとする。そう、だよね、お父様の迷惑になる事はできない。ルカリオ様にも失礼な態度を取っちゃった…。
少し頭を冷やさなきゃ…。
「ごめんなさい…」
「良いよ。初めて国外へ出てきたから緊張してるんじゃないかな。少し休む?」
「…はい」
いつも優しいお兄様と同じで、ルカリオ様もすごく優しい。初めて会った時は薔薇をプレゼントされて「お茶でもどう?」と誘われたけど、ルカリオ様なりに私の緊張を解そうとしてくれたに違いないよね。
「リリアちゃん、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込まれて、ルカリオ様の真っ赤な髪が肩から落ちるのが見えた。……アステア様の瞳とは正反対で、炎みたいだと思った。
けど、アステア様のあの強い瞳の奥にだって、ゆらゆらと燃える炎がある。私を美しいと言ってくれた時に見えたもの。涼やかな花のような方なのに、その奥には熱い、まるで家族を思いやるような優しい炎が宿っている。
……それが、私に向けられたなら。
「一度は向けられたんだよね…」
「え?」
心配してくれるルカリオ様に「なんでもないです」と笑顔で答え、少し休もうと席を立った。
そうだよ、一度は向けられたんだもん。今回も神様が味方してくれるに決まってる。天使様みたいなお姫様と同じお城にいるんだから、きっと会えるよね。
早く会いたいな、今から待ち遠しいな…ね、お姫様。
───
「ヨ〜ル〜そんな拗ねないでくださいよ〜」
「…拗ねてねぇ」
私に背を向けて黙々と剣の手入れをしているヨルの背中を突いてやる。やっぱり拗ねているような声だけが返ってきて、溜息が溢れてしまった。
「どうかしたんですか?」
私とヨルの様子を伺っていたらしいリンクが聞いてきて、待ってましたと言わんばかりに説明してやる。
実はヨル、私が約束を破ったと拗ねているのだ。
どうやら昨日の買い物で潰してしまった時間分剣を振ろうと庭に出たらしいのだが、そこで私が「剣を振る機会をあげる」みたいな事を言っていたと思い出したらしい。正直私は全く覚えていない。いや、ヨルの剣の腕とかを飼い殺すつもりはないから言ったかもしれないけど、ヨルに「機会、今くれよ」と言われた瞬間に私の頭の中には全くなかったのだ。だから、言ってしまった。
「…「そんな事ありましたっけ?」って言っちゃったんですか」
「うん…だって本当にわかんないし…」
約束忘れられて拗ねるとか可愛いとも思うけど、こうやってあからさまに拗ねられると良心が多少なりとも痛んでくる。リンクに説明する私をチラチラと見てくるヨルは飼い主に構ってもらえない猫を彷彿とさせて、なんか色んな意味で心が痛くなってきた…。
「それアステア様が悪いですね」
「グハッ!…こ、ここにきてリンクの追撃…ッ!」
「犬だって散歩させなきゃストレス溜まるじゃないですか。それと一緒ですよ」
「あぁ!?誰が犬だァ!?」
おぉ、リンクも結構言うな…。ヨルが珍しく怒ってるし…うーん、やっぱヨルの腕を鈍らせるわけにはいかないしなぁ…。
「よし、今すぐ作るか」
ぽんっと手を合わせて言えば、リンクが「何をですか?」と聞いてくる。なので、私は満面の笑みで答えてやった。
「競技場とリンクの工房を大急ぎで!」
「「………は?」」
ポカーンと口を開ける二人の顔は、私を笑わせるには十分だった。
お読みくださりありがとうございました。




