第百二十七話 安心して任せる事ができるけど…
途中から視点なしです。
「ただいま〜!」
「もうぜってぇ姫さんの買い物には付き合わねぇ…」
「アステア様が満足されたんだから良いじゃないですか。図々しい人ですね」
途中からはヨルとエスターの服選びになって物凄く楽しかった買い物から帰宅する。いやぁ、美形って何着ても似合うんだな。エスターのゴスロリチックなワンピースも、ヨルの王子服も良かった…。まぁ、買おうとしたら「着る機会なんて来るはずねぇだろ!俺が来させねぇよ!」と必死にツッコマれてしまったから買えなかったんだけど。
「おかえりなさいませ、アステア様」
「おかえりなさい…ヨルさん大丈夫ですか?」
クレイグとリンクが出迎えてくれて私はニッコリ。良いねぇ、なんか家族みたいだねぇ。ほっこりするよ。リンクはげっそりしているヨルに駆け寄るけど、女の買い物に付き合えば男はみんなヨルみたいになるだろうから放っておこう。
「あまり買われなかったようですが息抜きにはなりましたかな?」
「もちろん!楽しかったよ。こっちは何事もなかった?」
この屋敷ほどカタルシアで平和な場所もないだろうけど、なんて事を心の中で呟いていれば、私の予想とは違い、クレイグは口を噤み、リンクが気まずそうな顔をした。クレイグにしてはわかりやすいその反応を見るに、私に対処してほしい事でもあったのだろうか。
「クレイグ?」
「……リリア王女殿下が来られました」
「え?なんでリリアが……って、あ」
そういえば「明日また話そう」って言われてたんだっけ…。
「リリア王女殿下はなんて?」
「いえ、裏庭へ入られたようで私とは会う事はありませんでした。リリア王女殿下と会ったのはリンク様です」
その言葉によって視線がリンクへ移る。ヨルに駆け寄ったはずのリンクは頬をポリポリと掻いていて、やっぱり気まずそうだった。
「少し、揉めたかもしれません…」
「えぇ?」
兄を脅迫するような子ではあるけど、初対面の相手には礼儀正しいだろうに…。
「その、ただ話しかけられただけなんですけど…」
「…何か嫌な事でも言われたの?」
「いや、本当に何もなかったんです。ただ、俺が逃げてしまっただけと言うか」
魔術と剣術の心得があるリンクが逃げる状況ってどんな状況よ。リリアが武術系の事を習っていたなんて事はないだろうし、何か脅されたとか?いや、それもあり得ないか…。
何はともあれ、カタルシアに来てからやっとちゃんと笑うようになってくれたリンクに気まずい思いをさせておくのは、ちょっと嫌だな。
「わかった。まぁリリア王女殿下の事だから怒ってないでしょ。それに、その程度なら揉めた内に入らないよ」
「そうだぜ、坊ちゃん。揉めたって言うのは国の王様殴るくらいの事をだなぁ…」
「ヨルは大人しくげっそりしてなさい!」
フィニーティスの国民だった奴に王様殴った事言ってどうすんの!
私が珍しくヨルに声を荒げれば、エスターがちょっとばかりほくそ笑んで、ヨルは「はいはい」と軽く手を振った。ちなみにその口はきれいな弧を描いていて、からかわれた…なんてわかり切っている事にショックを受けてみる。
「とにかく!リリア王女殿下の事は気にしなくて良いから!明日謝っておくし…」
「あぁ、その事ですが、リリア王女殿下方の案内は私が代行する事になりました」
「え!?なにそれ!」
私がいない間になんか色々起こってやがるッ!!
「リリア王女殿下はアステア様と会いたいとおっしゃっておりましたが、その目的は果たせたようですし。皇帝陛下もアステア様の体調が優れない事を心配されていましたよ」
「え、あぁ…体調…」
もう別に大丈夫なんだけど、まぁ具合悪くなることなんて滅多にないし、心配されても仕方ない気はしなくもない。それに、クレイグだったら安心して任せる事ができるけど…。
「それにしても急すぎじゃない?私に直接言わないのも変だし…」
「そうですかな?皇帝陛下の目的も果たされたようなので、もうアステア様がお相手なさる事はないとも言っていましたが…」
目的?父様の目的って………あっ、ルカリオか。将来有望なルカリオと兄様を会わせられたからもう良いって事?随分勝手だな父め。
「今度会ったら目潰ししてやる」
「皇帝陛下に失明されると国民が困りますよ」
クレイグに軽く諭されて、仕方なく「わかってるよ」と返事をする。長々と玄関で話してしまった事に気づき、私は一つ溜息をつくと自室へ戻る事にした。
「ちょっと寝るからご飯遅めで〜」
「かしこまりました。良い眠りを」
ニッコリ笑ったクレイグが憎たらしく思えるけど、今日の息抜きを用意してくれたんだから許してやろう。
───
「嘘つきだな」
アステアが自室へ戻り、エスターとリンクがそれぞれの仕事に戻った後。玄関に残ったのはヨルとクレイグだった。
「今までも姫さんの手に負えない事は爺さんが片付けてきたのか?」
ご苦労な事で、なんて言葉を続けるヨルは自分に背を向けるクレイグを見る。けれど、クレイグが振り返る事はなかった。
「アステア様は全てご自分で解決なされますよ。ただ、私はその解決への速さを縮めているだけに過ぎません」
答えたクレイグの声は小さく弾んでいて、けれど次の言葉は深く沈み込んでいた。
「それに、危険から主人を守るのも執事の務めですから」
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