第百二十五話 他所のお家へ行きなさいね
途中から視点なしです。
リリアとルカリオが来た日の翌日。
私はなぜかエスターとヨルに連れられて城下町に来ていた。もちろん騒ぎを起こさないように馬車からは降りられず、入った店も皇族御用達のところばかりだけど。
「どういう風の吹き回しなんだ…」
良いというよりは仲が悪い二人が並んでる後ろ姿を見るのも違和感だらけだけど、何よりエスターとヨルが揃って「一緒に出掛けよう」と言ってくるなんてあり得ない。ヨルは説明しなくてもわかると思うけど買い物に興味なんてないはずだし、エスターは基本的に私に着いてくる感じで、連れ出そうとする事なんて滅多にない。一回小さい頃に連れ出されてクレイグにこっぴどく叱られていたから、エスターの中ではトラウマになっているはずなのだ。
「そのクレイグの爺さんに吹かされた風なんだよなぁ」
「え?」
宝石商のショーケースを興味なさそうに見つめていたはずのヨルが、いつの間にか隣に立つ。してやったり顔でこちらを見てくるので、首を傾げながら「どういう事ですか?」と聞いてみた。
「昨日、爺さんに怖〜い宰相様と話したって話しただろ?」
「あぁ…フォーレス侯爵…」
そう言えばリリア達と別れた後にそんな話もしたっけ。
「だから息抜きに行って来いって言われたんだよ。リンクの坊ちゃんは草の成分がどうとか言って来なかったけどな」
いやいや、クレイグは私とエミリーがそんなに仲悪いと思ってるの?当たってるけど。…まぁ、最近は体調を崩すなんて事は滅多になかったし、昨日の頭痛を少なからず心配でもしてるのかな。
でも、息抜きに外に行くって…私がストレスで頭痛を起こしたと思ってるのか…。当たってなくもない気がするけど、純粋に風邪を引いたとか思わない辺りが流石だよ…。
「アステア様〜!新商品らしいです!これ!」
尻尾を大いに振り回すエスターの指差す方には、紫の宝石が使われたゴージャスなネックレス。
「お母様なら似合いそうだね…」
「アステア様にだって似合いますよ!!」
フンスフンスと鼻息荒く勧めてくるので、仕方なく手にとって早々にショーケースの中へ帰してやる。
君みたいなゴージャスなネックレスは他所のお家へ行きなさいね。ネックレスに向かって軽く手を振れば、エスターは残念そうに肩を落としてしまった。
「残念そうにする意味がわかりませんよ」
「だってぇ…アステア様の瞳と同じ色じゃないですか…」
んっ…と悶えそうになるのも我慢して、耳がペタンと下がったエスターの頭を撫でる。……せっかく貰えた息抜きなんだから、楽しんでも良いかな。
クレイグの優しさに甘える事を決め、私はエスターとヨルの手を取って、「これは!?これは買いますか!?」と商売根性逞しいギラギラの目を向けてくる宝石商の店主に笑顔を向けた。
転生前じゃ絶対にできなかった買い物なんだから、楽しんじゃいましょう!
───
リンリンリン
涼やかなベルの音色が響き、音色を奏でたリリアは楽しみを隠しきれずに笑みを浮かべていた。けれど、玄関先にあったベルで到着を告げたはずなのに人影すら現れる事はなく、首を傾げる。
「まだ寝てるのかな…?」
屋敷の家主は大国の姫なのだから、本人が寝ていたとしても使用人や従者がいるはずと気付かないのは、リリアの生い立ちゆえだろう。傾げた首を元に戻し、小さく肩を落としたリリアは「それなら起こしに行こう!」と前向きに顔をあげた。
「アステア様〜!もう朝ですよ〜!」
静かすぎる玄関先に少々場違いな声が響き、虚しげに消えていく。さすがに屋敷の中に入る事は躊躇われるため、リリアは屋敷の裏庭へ回った。
手入れが行き届いていて誰が見ても美しいと見惚れてしまいそうな庭は屋敷の家主そのものだけれど、一歩草木の奥を覗けば森の中。木々が生い茂っていて日陰ばかりができている。
不思議な裏庭は最近では屋敷の家主もあまり訪れなくなってしまっていて、人の気配なんて一つもしなかった。
だから、異様にその姿が目立つは目立つ。リリアは裏庭の木々の奥、せっせと草を毟っている見知らぬ男を見つめた。
「誰……?」
呟けば静かな裏庭に風が吹き、揺れる草木に釣られたように男が顔をあげた。
「そっちこそ誰だよ」
必死になって草を毟っていた姿からは想像もつかない冷たい声に、リリアは体をビクつかせる。けれど、一歩足を引かせる事はしなかった。
会う度に冷たい目を向けてくる父親とは、どこか違うと思ったから。
「あ、あの、何してるんですか…?」
「……なんで言わなきゃいけないんだ?」
睨みつけてくる男に臆しそうになるが、リリアは勇気を振り絞って「り、リリアと言います…」と告げる。
「リリアっ!?」
「?…はい」
しゃがんでいた体を飛び跳ねさせて立ち上がった男に、リリアは首を傾げる。すると、男は急にかしこまった喋り方をして自己紹介を始めた。
「アステア様に従者として仕えさせて頂いています。リンクと申します」
先ほどの威圧的な態度から豹変してしまった男を見つめ、リリアは目を見開いた。
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