第百二十二話 嫌味とか言い合う仲ではあったけど
途中から視点なしです。
これは一体どういう状況なんだろう。だって目の前、私の目の前をなぜか私を嫌っているはずのエミリーがスタスタ歩いてますよ。えっ、なぜ。
「フォーレス侯爵自ら案内なんてとんでもないですから!場所を教えていただければそれで構いませんよ!?」
慌ててエミリーの背中に声をかけると、「案内します」という言葉だけが返ってきた。今まで嫌味とか言い合う仲ではあったけど、積極的に関わろうとはしなかったじゃん!!なのになぜ今このタイミングで案内申し出た!?
「?…早く来てください」
首傾げるとこ違うから!!首傾げたいのこっちだから!!
動揺のせいで固まってしまう私に焦れたのか、エミリーが「着いてくる事もできないんですか?」と嫌味を言ってくる。いや、言い返す事さえできないよ。どうしよう、と悩んでも、結局導き出した結論は「アルバの客人を待たせてはいけない」というカタルシアの皇女らしい答え。
………カタルシアの評判を落とすくらいなら…。
私は意を決して、エミリーの後に続いた。
───
「アステア様は本当に大丈夫なんですか!?」
心配の色を前面に出しながら聞いてきたのは琥珀の瞳を潤ませているリリアだ。クレイグが「何度も言っていますが大丈夫ですよ」と答えるが、それでも不安が拭えないらしい。
「リリアちゃん、皇女殿下の執事が言ってるんだから大丈夫だって。ね?」
「そんなのわからないじゃないですか!」
アステアが頭痛のせいで眠ってからかれこれ数時間。クロードと話していたルカリオまで帰ってきてしまい、リリアの不安と不満は最高潮にまで達していた。
「ルカリオ様にアステア様の何がわかるって言うんですか!?」
「そういう事は言ってないよ?ただ、俺達が騒いでもどうしようもないからね」
「っ!でも!!」
「とりあえず落ち着こう。きっと大丈夫だから」
友人の妹とあって丁寧な対処でリリアを落ち着かせ、ルカリオはクレイグを一瞥する。どうやら他国でここまで騒いでしまう姿を見られ、居心地が悪いようだ。
クレイグは一つ頷き「紅茶をお淹れしましょう。きっと落ち着きますよ」と声をかけた。
「…あぁ、じゃぁお願いするよ」
クレイグの視線に負の感情がない事を悟ったのか、ルカリオが胸を撫で下ろした様子で返事をする。クレイグは後ろに控えていたエスターに紅茶のセットを持って来させると、小さなパフォーマンスを交えながら紅茶を淹れた。もちろん味も上等。ルカリオは自然と表情を綻ばせたが、やはりリリアの表情は険しいままだった。
「あのエルフがいなければ…っ」
思わず漏られてしまったらしい言葉は、幸いな事にルカリオの耳に届く事はなかった。けれど、クレイグの双眼がほんの一瞬だけ細められ、すぐに笑顔へと戻る。エスターの耳はピクリと反応していたが、リリアとルカリオの視線は紅茶へ向いていたため気づかれる事はなかった。
「……アステア様のご様子を見て参ります。もし何かあればベルを鳴らしてお知らせください」
クレイグがルカリオの方を見ながら言えば、横から「早く行ってください!」とリリアの声がする。ルカリオはさすがに苦笑いも溢せないまま「わかった」と申し訳なさそうに答えた。
エスターを連れてクレイグが部屋を出る。少しすると「アステア様に何かあったのかもしれない!」とまた騒ぐ声が聞こえ、苦労しているであろうルカリオに機会があれば疲労を取る事ができるお茶を淹れようと密かに決めた。
「ヨル様にお礼を言わなければいけないようですね」
「っ…はい」
エスターの微かに握られていた拳に力が入り、表情は悔しげに歪められる。リリアが口にしていたエルフ。それがアステアの側にいたヨルだという事には、予想をするまでもなく気がついた。そしてヨルがいなければ、リリアは眠るアステアの側に近寄っていた事だろう。自分達のいない間に主人が何かされていたかもしれない、そう考えると、ヨルを嫌っているエスターでさえ素直に礼を言わざるを得ない。
「あの方は注意して見ていた方が良いかもしれません。熱烈すぎるようですから」
「そう、ですね。今度は目を離しません…」
「いえ、迅速な連絡はとても有難いですよ。成長しましたね、エスター」
にこりと微笑む姿は子供の成長を喜ぶ親そのものだけれど、瞳の奥では成長したからには更に上を目指せと言わんばかりのプレッシャーが眠っている。おそらく明日になれば褒められる事もなく、いつものような「まだまだですねぇ」という言葉を耳にたこができるほど言われるのだろう。
何より、主人を一瞬でも本能的に警戒してしまう相手の元に晒した事への怒りは、長年の付き合いで多少なりとも感じている。それでも本当に小さな怒りしか感じられないのだから、クレイグの心を隠す術はどこまで卓越しているのか。
エスターは気を引き締めるために自身の頬を強く叩いて気合を入れた。
「何をしてるんですか?」
「アステア様に教えてもらった方法です!」
またあの方は変な事を吹き込んで…。クレイグは純粋なエスターに色々な事を吹き込む主人の顔を思い浮かべ、溜息を溢した。
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