第百十八話 やっぱり真っ赤だった
「それではルカリオ様だけでもご一緒にどうでしょう。リリア王女殿下には旅の疲れが見えますし、お心の広い皇帝陛下ならば許してくださると思いますよ」
この言葉だけを聞けばリリアを除け者にしている様に聞こえるが、リリア達側の事情が事情だ。ルカリオは数秒考えた後に、笑顔で「お言葉に甘えさせていただきます」と答えた。
ルカリオが答えた事によって小さな波ができ始めていた部屋の空気が和らぎ、私は後ろで気配を消しながら控えていたクレイグの名前を呼ぶ。
「皇帝陛下は?」
「公務中でございます。お相手はクロード様がされるとの事です」
ルカリオはアルバの公爵家の人間だから、道を違えなければ順当に国の中枢を担う人物になる。今のうちから交流を持たせる気なのか。
「ルカリオ様、皇太子殿下が話をしたいと言っているのですがどうですか?」
「えっ」
「リリア王女殿下の事はお任せください。殿方同士でのお話もあるでしょうし、もしよろしければ兄と話してあげてくれませんか?」
「そんな!お話をさせていただけるなんてとても光栄な事ですから!」
喜んで頷いたルカリオとは対照的に、リリアの表情が暗くなる。
何か無礼な事をしないか心配してるのかは知らないが、そこまで怯えられると少し傷つくものがあるな…。
「リリアちゃん、僕が迎えに来るまでできるだけ喋らない様にするんだよ?」
「は、はいっ!」
酷い言い草だけど、そうしないと国の面子に関わるからね。リリアのマナーのなさは類を見ない。教えればすぐに吸収する子だけど、教えられてもいない事をしろと言われてできる様な子なんていないんだから。
リリアの事が心配でソファから立ち上がるのに思いの外時間がかかったが、ルカリオがクレイグの案内により部屋を出る。
もちろん残されたのは私とリリアで、一応後ろにはエスターが控えているけど、何か発言する事はないだろう。
「リリア王女殿下、先日の続きをしませんか?」
「続き…?」
首を傾げるリリアに、私は笑みを崩さずに告げる。
「お話をしようと思ったのに全然できなかったでしょう?」
「あ、は、はい…そうですね…」
ポッポと赤くなる姿が面白くてクスッと笑えば、リリアはなぜだか俯いてしまった。顔を覗き込む様に見れば、顔色は真っ青だ。
「す、すみません…私、あの…」
今にも泣きそうな震える声で謝られて、訳もわからず「大丈夫ですから!」と答える。なんだ、なんでこんなショック受けてるんだ!?
「へ、変な顔、して…」
そう言いながら自分の頬に手を当てるリリアは、本当に何を言っているんだろう。変な顔?イラストだけは物凄く素晴らしい、本当にイラストだけのクロス・クリーンのヒロインの顔が………変?
「そんな事ありません!リリア王女殿下はとても素敵なお顔をなさっていますよ!!」
がっしり、そりゃもうがっしりと手を握って教えてあげれば、リリアはボールが跳ねた時の様に顔をあげた。その表情が「そんな事を言われるなんて夢にも思わなかった」と告げていて、リリアへ伝わる情報の少なさにも気付いてしまった。
アルバ国の姫が「花姫」と呼ばれているなんて、どの国の人間だって知っているのに。それが美しいゆえだと言う事も、知らない人間の方が少ない。なのに、本人がこれなのか。つくづく酷い環境にいるんだな…。
「リリア王女殿下、自信を持ってください。私はリリア王女殿下の事を美しく可愛らしい方だと思っていますよ」
「え!?」
ボフンッと噴火してしまった頭を見てから、リリアの表情を確認する。真っ赤だ。そりゃもう、イチゴやリンゴなんてレベルじゃない。白い部分が一ミリもないくらいの真っ赤なトマト。
「あ、へ、あぅ…えぁ…」
人語が喋れなくなってしまったリリアを見て、ここまで人に褒められた事がなかったのかと思うと一つ気持ちが沈んだ。その琥珀の瞳と金髪は誰が見ても目を惹かれてしまうだろう。それがあの国王野郎から受け継いだものだとはいえ、その美しい瞳と髪に負けないくらいの整った顔は亡くなってしまった母であるリナリー王妃の生き写しなのだ。
妻の事はちゃんと愛していたアーロンが、どうして愛せなかったのかわからないほどの、生き写し。
「貴女は美しい方ですよ」
母の肖像画の一つも見た事がないリリアにとって、自分の顔は物心ついた頃から追いかけているたった一人の父に全く似ていない、いらないもの。だけどその顔は、リリアが少なくともリナリー王妃から産み落とされたと証明するものなのだ。
変な顔なんて言っちゃいけない。
「あ、ありがとう…ございます…」
そう言ってお礼を言うリリアはやっぱり真っ赤だったけれど、どこか嬉しそうで、なんだか安心する事ができた。
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