第百十話 違えるなんて許さない
さすが乙女ゲームの世界。ブラッドフォードが手を差し出した瞬間に会場から音楽が奏でられ、ブラッドフォードの手を取る姉様は物語のヒロインのようだ。
「教えてくれてありがとね」
「ややこしくなるような気がしたから教えただけだ」
全く素直じゃないクリフィードにお礼を言ってから、ブラッドフォードと姉様のダンスを草むらの奥から眺める。恋する乙女は無敵だと言った身で、その可愛らしさに撃沈しそうになった。
ブラッドフォードを見つめる表情はほんのり赤く染まっていて、真紅のドレスとも相まってすごく情熱的に見える。対するブラッドフォードは本当に戦場にばかりいたのか?と問いたくなるほど淀みのないダンスで姉様をリードして……絵になるなコンチクショウ!!
「あー、悔しい」
「悔しがる意味がわからん」
隣でくら〜い顔をしてる不機嫌男の言葉なんて無視だ無視。
姉様は…会話を聞く限り私を探しに来たみたいだけど、まぁ、ブラッドフォードとの会話に夢中になるわな。
私は一つ溜息を吐いてから、スッと音もなく立ち上がる。お昼に着ていたドレスは重かったけど、今着ているドレスは私の好みをわかっている父様が贈ってきてくれたものだ。落ち着いた色合いだけど女の子らしい可愛さがある青のドレス。あまり重さを感じなくて動きやすいところが良い。
音の鳴りやすいヒールでそろりそろりと歩きながら、私はクリフィードを連れてその場を後にした。
───
「良いのか?」
姉様達がいる噴水から数分歩いた場所にある花のトンネルを抜けた先。会場に戻るとおそらく王妃様や貴族連中にブラッドフォードと姉様の居場所を聞かれるだろうから、フラフラと歩いていた時にクリフィードが聞いてきた。
「二人の様子見なくて」
その言葉に少し驚く。なんだろう、最近クリフィードが私と似た考えになってきている気がする…。
「別に…二人には障害物になるようなものなんてないし、あのまま放っておけば良いんだから」
「そういう話じゃない。お前だったら「大好きな姉様の事を見守る!」とか言ってずっと見てそうだろ?」
「クリフィードは私の事をストーカーだと思ってるわけ?」
失礼な奴だな、と言いながら睨めば、クリフィードは私からの攻撃を恐れたのか自分の体を守るように両腕をクロスさせた。バーリア!とか言って遊ぶ小学生みたいだな。
「まぁ、姉様への愛が大きいのは認める。大好きですから。でも、さすがに姉様の行動一つ一つを見ていたいと思うほどじゃないよ」
「人の恋愛に首突っ込むのは?」
「幸せになってほしいって部分と、姉様の恋心の部分が一致しただけだっつの」
「屁理屈にしか聞こえないな…」
どこまでも私を姉様のストーカーに仕立て上げたいらしいクリフィードの横腹をチョップしてやる。完全に油断していたクリフィードが「ぐふっ」と呻いた後に横腹を押さえる姿を見つめ、私はハンッと鼻で笑ってやった。
「おまっ…イッテェ…」
「私の姉様への愛は純粋な家族愛だから。姉様が幸せならなんだってするよ。あんたも兄弟のためならなんでもするでしょ?」
聞いてやれば控えめに、けれど確実にクリフィードはコクッと頷く。結局はこいつもブラコンなのだ。
「あ、そういえばお前なんで兄上の事応援する気になったんだ?」
横腹の痛みは回復したのか、今思いついたような顔でクリフィードが聞いてくる。
「会話聞いてても全く理解できなかったぞ。お前の変な笑い声以外」
「私への態度が段々とおっきくなってやしないか?いや、最初からか。よし、歯食いしばれよ!」
私が拳を握った瞬間にクリフィードが距離を取った。………そんなに怖いのか…?
怯えるクリフィードに若干呆れながら、先ほどの事を思い出す。なぜ応援する気になったのか。というか、そもそも私は応援する気満々だ、最初から。ただ、ブラッドフォードがちゃんと兄様や父様に立ち向かえるほどの男か確かめたかっただけ。
だけど、もう少し圧をかけてやろうと思っていたのは本当。でも、その必要がなくなるくらいの事を言ってくれたから私は引いたのだ。
──幸せにしたい。俺はただ、彼女を手に入れて、彼女の笑顔が見たい──
姉様への好意が本物か確かめるためだけの質問に、あんな真っ直ぐ答えられるとは思わなかった。何より、ブラッドフォードは無意識だったかもしれないけど、手に入れる、と言ったのだ。
カタルシア帝国第二皇女である私の目の前で堂々と「カタルシアの天使」を。
流石にあそこまではっきりと言われると私も笑うしかなくて、協力してやろうと素直に思えた。
あぁ、だけど。
手に入れると私の前で言ったからには、その言葉を違えるなんて許さない。
大事な大事な姉様を任せるんだから、一言くらい脅しをかけても良かったか。私は本人に言えなかった代わりに、目の前で間抜けに私を見ているブラッドフォードの弟に告げてやった。
「姉様を幸せにしてるうちは大歓迎だよ」
お読みくださりありがとうございました。




