第百九話 無理矢理言わされたような
ブラッドフォード視点です。
砕けた言葉と楽しげな笑い声は先ほどまでの冷たく掴み所のない姿とは別人のようで、けれど、やはり姉であるカリアーナ姫と似ている部分が確かにある。
「あ、今姉様の事考えました?」
ピタッと動きを止めて俺を見つめる瞳は微かに青く染まっていて、紫と青が混同していた。
「姉様の事考える時少し優しい顔しますね、いつも無愛想なのに」
「ぶあっ…やはりそう見えてるんですか…」
「ここで怒らないあたりに姉様は惚れちゃったのかなぁ…」
「?………!?」
はぁ、とわざとらしく溜息を落とす姿を見て、思わず二度見する。今、何か聞き捨てならない言葉を言わなかったか…?
「王太子殿下は顔に似合わず天然なところがありそうですね。私相手に手に入れるとか言っちゃうところもそうですけど、姉様にドレスを贈るところが凄いですよ。あれは父様の機嫌損ねますよ〜?」
父様とはつまりカタルシアの皇帝の事だろう。ドレスを贈った事がそんなにまずい事だったのだろうか。俺が首を傾げれば、アステア姫はクスクスと笑いながら、「私達の事大好きですからね、父様は」と告げた。
「大事な大事な愛娘が他国の狼に狙われている…勘の良い父様なら、たぶん今日の話を聞きつけたらすぐわかるんじゃないですか?」
「それは…まずいですね…」
「でしょう?まぁ良いですよ。今の発言で私決めましたから」
自信満々といった顔で笑みを浮かべ、アステア姫は腰に手を当てる。そうして俺を指差し、言い放った。
「貴方に全面的に協力する事を、です!」
「………は?」
思わず今までなんとか取り繕っていた礼儀である敬語を忘れ、言葉にすらならない声を返してしまう。何を言ってるんだ、この子は。
「ちょっと待ってくれ、俺の事をカリアーナ姫君から遠ざけようとしていたんじゃないのか?」
「あ、それ貴方の勘違いですから。思い込み激しいところどうにかしないと姉様と喧嘩した時とか大変ですよ?協力すると言っても私姉様の味方なので」
俺の背筋を凍りつかせるほどの空気はどこへやら、目の前にいる少女は俺の知っているアステア姫なのか?
先ほどまで水の精霊ウンディーネのようだと思っていたのに、今は悪戯好きの妖精のような顔をしている。
「本当はもう少し圧かけてやろうと思ったんですけどね?なんか、真面目だし男前だし天然入ってるっぽいし、あと姉様にベタ惚れ?あっはっは!優良物件!リディア伯爵は気に入らないけど無理矢理にでも矯正すれば…まぁ大丈夫でしょう!」
止まる事を知らないのかと言いたくなるほど言葉が並び、満面の笑顔で俺の方をバシバシと叩く。
何度も言うが本当に俺の知るアステア姫なのか?
「って、あれ。何それ……え?もしかして姉様…?」
笑顔から一転して驚きの表情を浮かべたアステア姫は、草むらに向かって走り出す。なんなんだ、このよくわからない展開は。俺はアステア姫に敵視されていたんじゃなかったのか?じゃぁ、あの忠告は?そもそもそれなら、なぜクリフィードも同席していたんだ?
純粋に仲が良かったなんて考えられない可能性まで出てきてしまい俺の頭が混乱し始めた時、俺の耳に「頑張ってくださいよ!」という声が入ってきた。声を辿ればアステア姫の片足はすでに草むらに入っていて、少し目を凝らせば暗闇の中からは見慣れた焦げ茶の髪が見えた。
「もう姉様は貴方に惚れてるって宣伝はしたので、あとはお二人でどうぞ!あ、私と話した事は内緒でお願いします!」
ニッコリ、今まで見た顔の中で一番楽しげな笑顔で言い放ち、アステア姫は草むらの奥へ消えてしまった。
「二人で…?」
最後に言い残された言葉が理解できず首を傾げると、噴水の水が派手に跳ねた。その音が妙に耳に入ってきて振り向けば、そこには真紅の赤。まだ遠くにいるのに笑ったとわかるほどの笑顔を浮かべる姿が愛おしく、にやける口元を驚きの気持ちと共に手で隠した。少し息を切らせてこちらまで駆け寄ってきたカリアーナ姫を見て、先ほどのアステア姫の言葉を思い出す。お二人でと言っていたのは、俺とカリアーナ姫の事だったのか。
なら、アステア姫は俺とカリアーナ姫を二人にするために草むらに……?
「王太子殿下?」
黙りこくる俺を不思議に思ったらしいアステア姫が上目で俺を見つめ、思わず低い声で「はい?」と返事をしてしまう。
「すみません…あの、もしかしてこの辺りに私の妹がいませんでしたか?妹の声がして来てみたのですが…」
「え?あぁ…いや…」
確かアステア姫は内緒にしてほしいとも言っていたような…。
なんと答えようか迷ってしまい、結局「いませんでしたよ」と答えてしまった。
「そうなのですか?私の勘違いだったのかしら…」
う〜んと悩む姿が愛らしい。だめだ、色々と混乱続きで思考が纏まらない。
どうにか自分を落ち着かせようとして、なぜかまた俺はアステア姫の言葉を思い出していた。
──頑張ってくださいよ!──
その言葉に背中を押されるでもなく、勇気を貰うでもなく、俺の口は自然と言葉を紡ぐ。
「お時間があるなら」
手を差し出せば時を見計ったように会場から音楽が流れてくる。どうやらダンスが始まったようだ。
「!……喜んで」
嬉しそうに微笑むカリアーナ姫を見て、俺も笑う。
もうここにはいないアステア姫に無理矢理言わされたような感覚に陥るが、今だけは、カリアーナ姫とのダンスを楽しもうと決めた。
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