第百八話 ちょっとむかついたりもしたけど
途中からブラッドフォード視点に変わります。
「えー、これより開始しますは姉様と王太子をくっつけ隊の会合です」
こほん、とわざとらしい咳使いとともに言い放てば、目の前でうんざりした顔のクリフィードが「アホか」と呟きやがった。
「昼間の真剣な空気はどこいったんだ…」
「姉様の事は別問題だって言ったでしょ?正直に言えば姉様と伯爵なら断然姉様取るよ、私は」
「そういう事言ってるんじゃねぇよ!そもそもくっつけ隊とか意味がわからん!」
「失敬な奴だな君は」
わぁわぁと騒ぐクリフィードに適当な返事をして、もう暗くなってきた辺りを見渡す。即位式の夜の部、つまりは夜会が開かれてから、真っ赤なドレスを身に纏った姉様が真っ先に向かったのはもちろんブラッドフォードの元だった。いつもの雰囲気とは一味違う姉様が初めてと言ってもいいほど自分の魅力を最大限に使い、ブラッドフォードの隣に居座っているのには驚いたけど。
まぁ、他の令嬢達が姉様の存在を知ってブラッドフォードから遠ざかったのは良い事だ。王妃様の嬉しそうな顔にちょっとむかついたりもしたけど、姉様の事を大事にしてくれている事は確かなので見ないふりをしてやった。
「もう上手くいく雰囲気だろ…?」
クリフィードの疑問は最もだと言えなくもない。姉様とブラッドフォードはこのままいけば、兄様や父様が駄々を捏ねたとしても近いうちにゴールインするだろう。
でも、それじゃぁ妹の名が廃るわ!
「題して!思い込みの激しい将来の義兄には少しお灸を据えましょう大作戦!」
「兄上になんかしたら許さないからな!?」
反論するスピードが徐々に速くなってやがるな…これも成長かっ!……なんて冗談はさておき。
「ブラッドフォード第一王子が晴れて王太子になったんだから、私の予定だとあとは姉様と婚約するだけなのよ」
「お、おう?」
「だけど、その最初で最後の難関は兄様と父様。あの二人は私と姉様の事を溺愛してるから、きっと邪魔してくる」
「自分で溺愛とか言うなよ…」
事実なんだから仕方ない。兄様のシスコンは言わずもがなだし、父様だって娘は可愛いだろう。お母様に助けを求めれば一発で二人の事は蹴散らせるかもしれないけど、それはお母様に気に入られて、尚且つ後押しされるほどに努力すればの話だ。
「ブラッドフォード王太子の覚悟、試させてもらうから」
だから邪魔すんなよ?と笑顔で言ってやれば、クリフィードは悔しそうに表情を歪めながらも渋々頷いた。
───
あと数時間で終わりを告げる今日に疲れ果て、カリアーナ姫と出会った噴水に腰掛ける。挨拶を我先にと行い始める貴族達に捕まってしまったが、なんとか父上の計らいで休む時間が貰えた事に感謝しながら目をゆっくりと閉じていく。水の心地良い音が間近で耳に届き、それと同時に誰かの足音が聞こえてきた。
「王太子殿下、こんなところで何をなさっているんですか?」
カリアーナ姫と出会った時の言葉と重なってしまうくらいに透き通る声で、けれどどこか棘を含ませて言い放たれた言葉に、閉じていく目を思わず開いてしまう。視線を少し彷徨わせれば、かち合ったのは姫君と同じ美しい白髪と、姫君とは違う、特別な瞳をした少女だった。
「カタルシアの姫君…」
「アステアとお呼びください。姉との区別がつきにくいので」
にこりと微笑む姿はいつの日か俺の元へ忠告をしにきた時と全く同じで、背筋に嫌な汗が走った。
「王太子への即位おめでとうございます」
「………」
笑顔を浮かべる裏で何を考えているのか全く想像ができずに身が固まれば、アステア姫はクスクスと笑う。俺がカリアーナ姫へ送った真紅のドレスとは対照的な落ち着いたブルーのドレスを着ている事も相まってか、無機質な美しさがそこにはあった。噴水の淡い光に照らされ、滲むような輝かしさを放つ姿は水の精霊ウンディーネを思わせるほどだ。
「そんなに警戒なさらなくても何もしませんよ」
「…申し訳ない」
素直に謝れば、パチクリと目を瞬かせるという少し年相応な反応が返ってくる。その反応に俺も驚けば、アステア姫に「本当に真面目ですね」と笑われてしまった。
「真面目な貴方には何も飾らない言葉が良いのでしょう………王太子殿下、私の姉に好意を持っているようですがそれは本気ですか?」
どんなに必死になっても掴む事のできない水のような瞳で、見抜かれる。本気か、と問われれば自信をもって「本気で好きだ」と答えられる。だが、どこか、この子は何か違う答えを待っているような気がした。
「幸せにしたい。俺はただ、彼女を手に入れて、彼女の笑顔が見たい」
もう一度パチクリと目を瞬かせたアステア姫は、緩む口元をそのままに、もう我慢できないと声を上げて笑った。
「はははっ!なんですかそれ!姫を手に入れるって!ふっ、くくッ!どこの山賊ですか!」
その表情は柔らかく、どうしてかこれがアステア姫の素顔だと、なんとなく直感でわかった。
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