第百七話 姉様の事が一番好きなのは私だもん
会場に戻ればいつの間にかいなくなった私を心配してくれていたらしい姉様とすぐに合流できて、その流れで王城二階へ移動した。二階には上級貴族の中でも国の中心を担っている宰相や大臣、他には国王直々に選んだ来賓達だけが集まっている。閉ざされていた大きなカーテンを開けば、見えたのは笑顔を浮かべ、涙まで浮かべている人までいる国民達。少し目を凝らせば遠くに王様の姿が見えた。
「みんな、ずっと待たせてごめんね」
にこりと王様が笑いかけ、国民が返事をするように声を上げる。そのどれもが喜びや嬉しさを隠し切れていなくて、慕われているという事が伺えた。
「これからみんなを支え、みんなに支えられる事になる次期国王の紹介をしよう。残念ながら僕が持ち合わせていなかった知略と戦いの術を持ち、持ち得る全てを持ってみんなを守ってくれるよ。王太子、ブラッドフォードだ」
王様が招くように手を差し伸べ、その手に導かれるように姿を現したのはフィニーティス王太子、ブラッドフォード。国民達が密かに息を飲み込み、次の瞬間には歓声が響き渡った。けど、ブラッドフォードの表情には緊張が見えて、王様がクスクスと笑っているように見なくもない。子供が緊張してて微笑ましいのはわかるけど、もう少し表情隠したらどうよ、王様。
「王太子に即位した、ブラッドフォード・フィニーティス・フェルンだ。今までは戦場に身を置いていたが、これからは足りないながらも精進しようと思っている。よろしく頼む」
当たり障りのない、どちらかと言えば弱気な挨拶。だけれど、長年王太子がいなかったフィニーティスの国民達は鼓膜が破れてしまいそうなほどの歓声をあげ、「ブラッドフォード王太子万歳!」と両手を広げて喜んだ。笑顔を作るほどの余裕もないのかブラッドフォードは不器用に手を振って、それにまた喜ぶ国民達。なんとも素敵な絵だこと…。
うちの兄様はなんでも器用にこなす人だから卒なく終えていたが、ブラッドフォードはその不器用さが真面目さを演出していてある意味で信用できるように見えなくもない。
「姉様って真面目そうな人好きだったんだねぇ…」
「え!?」
いや、良いと思いますよ。真面目な人。しかもブラッドフォードかっこいいもんね。一目惚れとか息止まるのかって思うほど驚いたけど、極度の女嫌いとか、シスコンとか、ましてやアルバにいたクズ虫以下の辺境伯とかを好きになるよりは全然マシだもん。
「うん。私は最初から応援するつもりだから」
「アステア、人の目があるんだからもう少し声のボリュームを落として…」
「姉様!そんな弱気でどうするの!王太子を狙う子はいっぱいいるんだよ!ブラッドフォード王太子のハートをさっさと射止めなきゃ!」
「何言ってるのかしら!?」
真っ赤な顔をそのままに私の口を塞ごうとする姉様を可愛いと思いながら、横目で集まっている貴族達の方を見る。何人かの貴族が聞き耳を立てていて、笑いそうになる口元を頑張って抑えた。
そうそう、ブラッドフォード王太子はかの有名なカタルシアの天使が恋心を抱いてる相手なんだよ。娘紹介しようとか思ってても無駄だからね。
ちょっと無知な妹を装い、大きな声でもう一度「姉様!王太子のハートを射止めよう!」と宣伝すれば、姉様は真っ赤な顔で「もうやめてぇ!」と叫び、貴族達は勝ち目がないと肩を落とした。
はんっ!当然だわ!姉様に勝てる奴なんざいないんだよ!
「恋する乙女は無敵なんだよ、姉様!」
ニコッと笑いかければ、姉様も「そうなの…?」と涙目で聞いてくる。うん、可愛い。この林檎みたいに染まった顔を見せればイチコロなんだろうけど、それに気づいていない姉様に、もう一度言ってやろう。
「姉様大好きな私が保証します!姉様を一番知ってるのは私なんだからね!」
隣は譲るし、姉様の一番だって仕方ないから譲ってやる気になった。だけど、姉様の事が一番好きなのは私だもん。
私の言葉に姉様が照れて笑えば、タイミングを見計ったように、また国民が歓声をあげた。
───
「姉様綺麗すぎだよ!!」
今日一の叫びを部屋に響かせ、私は目の前の姉様を見つめた。
「そうかしら…ありがとう」
貴族達へ宣伝してやった時の、姉様の真っ赤な顔と同じくらい赤い真紅のドレス。薔薇を連想させる豪奢かつ優雅な姿は、いつもの優しく儚げな姉様からは考えられないくらい強い印象を与えている。ドレスに合わせて結い上げられた髪から覗くのは綺麗なうなじで、贈り主の趣味が見え隠れしているような気がした。
………そうこれ、贈り物のドレスです。
「あーもう悔しい!!なんでこんな似合うドレスが王太子からの贈り物なの!!」
「ふふっ、何に怒ってるのよ」
あの堅物王太子はまだ婚約もしていないのに姉様を「自分のものだ」と言いたいのかドレスを贈ってきやがった。しかも姉様は父様から送られてきたドレスじゃなくこっちを着てるから、もう何も言えないよ…。
「相思相愛なんだったらさっさとくっついて…」
「な、何言ってるの!?」
やっぱり真っ赤に染まった顔を見て、「父様にチクってやろう」と、ちょっとだけ思った。
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