第百話 素直な言葉が一番だと思った
リンク視点です。
フィニーティスにいる王子二人のどちらとも全く似合わない花々が飾られ、些かファンシーな仕上がりになっている会場に足を踏み入れれば、貴族達の目がそこかしこに泳いでいるのがわかった。見繕う事だけは上手いはずなのに無様なものだ。
「サーレ、もう少しゆっくり歩け」
「だって姫殿下が…!」
久々に一緒にパーティーに出られると喜んでいたのは誰だったか。俺の腕をぐいぐいと引っ張って第二皇女姫殿下を探す幼馴染に、若干不満が漏れそうになる。まぁ、人の目があるここで素顔なんて晒すわけないけどな。
「姫殿下ならあそこだろ」
俺が指さしたのは、貴族連中の目玉が泳ぎまくる会場で唯一、人々の目が集中する場所。そこには笑顔の姫と無表情の姫が座っていて、「飾られたどの花よりも美しい」と誰かが呟いているのが聞こえてくるほどに、会場中の視線を攫っていた。
笑顔を咲かせている第一皇女は視線を向けてくる貴族達に好印象を与えるためなのか笑いかけ、けれど誰に笑いかけたか特定されないように目を細くしているように見える。意図的か無意識か、どちらにしてもあれは場馴れしているタイプだ。一方で第二皇女姫殿下は……無表情…時々第一皇女姫殿下に視線を送っているが、誰とも話す気がないのがひしひしと伝わってくる。
「国の代表なんだよな…?」
友好国の祝いの席であんな仏頂面とは…大国の姫だから為せる技なのか?なんか不安になってきたんだが…。
「カタルシア第一皇女姫殿下、カタルシア第二皇女姫殿下、数日ぶりの再会心より嬉しく思います。ご挨拶よろしいでしょうか」
他の貴族に先を越されて話しかけられなくなる前に声をかける。サーレは俺の後ろで待機だ。俺の顔を確認した第一皇女姫殿下が笑顔で対応し、第二皇女姫殿下はなぜか驚いたような顔をしていた。
………なんだか居心地が悪いな…。
「そちらのお嬢さんは?」
第一皇女姫殿下がそう言えば、やっとサーレが口を開く。俺がエスコートしているとはいえ、男爵の令嬢が大国の姫と話す事は異例だ。緊張気味のサーレが挨拶を済ませれば、「可愛らしい方が幼なじみなのね」と第一皇女姫殿下が優しくフォローしてくれる。
それからサーレとは初対面の第一皇女姫殿下が挨拶をして、ちらりと第二皇女姫殿下を確認する。なぜかニヤけていて声をかければ、真顔で答えられた。一瞬動揺してしまい言葉に詰まり、その間にサーレが声をかける。サーレのおかげなのか少し空気が和らぎ始めた時だった。
「リディア伯爵やリディア夫人にもご挨拶をしたいのだけど、どこにいらっしゃるのかしら」
にこりと笑みを浮かべそう言った第二皇女姫殿下に、すぐ案内を申し出る。サーレは俺の言葉に少し驚いているようだったが、俺にとってこれ以上に好都合な事はなかった。
第二皇女姫殿下が第一皇女姫殿下に一言告げ、ダークエルフの騎士に手を差し出す。友人の令嬢達に挨拶しにいかなければいけないため、サーレが姫殿下に名残惜しそうにしながらも声をかける。するとダークエルフの騎士はクスクスと笑い、姫殿下は少し拗ねたように何かを呟いていた。
「こちらです」
中庭へ続く扉を素早く開ける。騎士のエスコートが上手いのか、それとも姫殿下の身のこなしが優雅なのか、周りの貴族達が「なんて優美なんだ」と溢すほど美しく歩いてくる姫殿下達を後ろに、俺は中庭へ歩く。
少しすれば、会場の花とは違う、けれど同じ美しさや可愛らしさを持った花々が出迎えてくれた。
「リディア伯爵とリディア夫人は?」
そう聞いてきた姫殿下に振り返る。人々は会場に集まり、中庭に人なんて一人もいない。もちろん、父と母もだ。
俺は、話をするために姫殿下をここに連れてきた。
魔道具職人にならないかと言われ、俺の頭は当然荒れに荒れた。選択肢が増えたからと言って、すぐにそれを選べるほどリディア家の家紋は軽くない。兄貴が帰ってきたとしても、そんな考えが拭えなかった。
悩んで悩んで、苦しむ事はなかったけれど、頭を抱えて。そんな時に、サーレの言葉を思い出した。
──当主になっても、好きな事はできるよ!──
言われた時は頭に血が上って、それ以上に心が重くなった。なんでわかってくれないんだと。だが、俺の頭は思ったよりも都合良くできているようだ。
その言葉を思い出した俺は、サーレの「好きな事はできる」という言葉だけを脳内で反復していた。そうだ、魔道具は作れるんだ、そう考えただけで、簡単に俺の心は決まってしまったんだ。
「姫殿下、お話があります」
たった二日、もっと言えば一日か?その程度で決めてしまった決心だが、これが変わる事はない。何か察したのか落ち着いた声で「なんでしょう」と返事をする姫殿下の目を、この意志を曲げるつもりはない、と伝えるためにじっと見据える。
一つ息を吐いてから、言葉を紡いだ。
「俺は、魔道具士になりたいです」
飾った言葉なんて必要ない。姫殿下には、俺にチャンスをくれたこの人には、素直な言葉が一番だと思った。
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