第十話 私を大嫌いな神様
ヒロイン(リリア)視点のお話です。
最初に見た時、「天使様みたいだ」と思った。
美しい清らかな白の髪と、光の加減で色が変わるアメジストの瞳。色白の肌は絵本で読んだお伽話のお姫様を思い出させて、でも、もっと神々しい感じがした。
麗しの皇太子と呼ばれるクロード皇太子様の事は「本当に綺麗な人」としか思わなかったのに、なんであんなにも惹きつけられたんだろう。
私の名前を呼んでくれた、可愛くて綺麗なお姫様。
お兄様しか呼んでくださらない私の名前を、フルネームで呼んでくださるなんて。
あぁ、あの美しい方にもう一度お会いしたい。
………でも、きっと私の無礼を見てガッカリしただろうな。
お父様が用意してくださった教師のみんなは、すぐに私から離れてどこかへ行ってしまう。たぶん、私が役立たずで、子供が産めない人間だから。だからお父様は私を見てくれない。
見てくれるのはお兄様だけ……だけど、お姫様は見てくれた、呼んでくれた。
「嬉しいな…」
ポツリと溢れた呟きが、寒い廊下に消える。
お姫様にもう一度微笑みかけてもらえるなら、なんだってできそうなのに。神様は私に機会すら与えて下さらない。いつもそうだ、神様は私の事が嫌いだから、大嫌いだからこんな仕打ちをするんだ。
神様に愛されるのは、きっとお姫様みたいな可愛くて綺麗な人。
あぁ、でも、一目だけでも。
今回だけで良い、神様、お願いです。
もう一度お姫様に会わせてください。
もし会わせてくれるなら、どんな献身だって捧げてみせますから。
神様、どうか、どうか一度だけ。
また、お姫様に…。
「アステア様……?」
目に映ったのは、ここにいるはずのない人。
「リリア王女殿下…」
あぁ、あぁ…あぁ!また私の名前を呼んでくれた!
それに、なんて事!お姫様が私の庭にいらっしゃる!いつも寒くて寂しいだけの白い庭にお姫様がいるだけで、なんて美しい場所に変わるんだろう!
私が嬉々として驚けば、お姫様は少しだけ不安げな素振りを見せる。
名前を呼んでくれたのに私が何も言わないからだ。
「……あ!え、えっと、こ、ここにはなんの用…ですか…でしょうか?」
…なんで、私に何も教えてくれなかったの、教師さん。
これじゃぁお姫様に呆れられちゃう。
「…申し訳ありません。美しい白薔薇に目を奪われてしまって見惚れていました。ここはリリア王女殿下の庭なのですか?」
………微笑んで…くれた…?今、お姫様、微笑んで…くれたよね?私なんかに?
顔が赤くなるのがわかる、だってすごく熱いもの。
「は、はい!」
嬉しすぎてお姫様を直視できない…。
勝手に嬉しさで震えてしまう体をどうにか抑えていれば、お姫様からまた話しかけてきてくれた。
「リリア王女殿下、少しお話をしませんか?会場は賑やかすぎて少し疲れてしまったんです」
「え!?あ、え、えっと…わ、私なんかで良ければ…」
どもってしまった言葉を頭の中で反復すれば、今私はお姫様と会話をして、小話をしようと約束したの…?な…なんて恐れ多い事を!?と、頭の中が混乱してしまう。
お姫様は私なんかとは住む世界の違う人間なのに!私なんかとは話しちゃいけない人なのに!
………でも、叶うなら、話してみたい…かも。
恐れ多いけど、盗み見るようにお姫様を見れば、やっぱり微笑んでいた。
「き、綺麗…」
思わず漏れた言葉に赤かった顔がまた赤くなる。
どうしようどうしよう、変な子だって思われた!?
…だけど、お姫様は何か勘違いをしてくれたようで、「?…薔薇のことですか?」と聞いてきてくれた。
薔薇なんて、今この時、綺麗だとこれっぽっちも思わない。
だって何よりも綺麗な人が目の前にいるんだもの。
私がすぐに否定して、「アステア様が綺麗で…」と言えば、お姫様は驚いたように目を見開いてからお礼を言ってくれた。
「でも、私の姉の方がもっと美しいですよ」
「お姉さんですか?」
お姫様より綺麗なんて、想像もできないけど…。
でも、お姫様が言うんだからそうなんだろう。
目を輝かせて語るお姫様はすごく可愛い……だけど、可愛くしてるのはお姫様のお姉さんだ。
「大好きなんですね…」
「もちろん」
即座に答えられて、思わず引きつった笑みが零れそうになって、どうにか小さな笑い声を上げて誤魔化した。
「もう、笑わないでください。あ、そう言えばこのパーティーで誰かに声をかけられましたか?」
「え、あぁ、はい。あまりパーティーには出ないので、何名かにはご挨拶程度に…」
「………そうですか」
なんだか暗い顔をしてしまったお姫様の顔を覗き込む。
するとお姫様は「ふふっ」と笑いながら、立ち上がってしまった。
「私はこれで失礼します。そろそろ兄が私を探し始める頃ですから」
「あ…」
名残惜しいけど、お姫様を煩わせたくない。
私が素直に「わかりました」と言えば、お姫様は微笑んでから「では、また機会があれば」と言って会場に戻ってしまった。
「行っちゃった…」
可愛くて綺麗なお姫様。
私の名前を呼んで、笑顔で話してくれたお姫様。
笑顔が素敵で、天使のようなお姫様。
だけど、お姫様の素敵な笑顔を見れるのは、私だけじゃない。
あぁ、神様、ごめんなさい。
人は欲張りな生き物なんです、だから、私を大嫌いな神様。
もう一度、私に味方してくれませんか?
「お姫様を、私のものにしたい…」
私のお願い、きっと聞いてくれますよね?神様。
お読みくださりありがとうございました。




