夢幻
ーまぶしいー
目が覚めると、私は日の下にいた。
おかしい。たしか昨日、あまりの疲れに帰って直ぐに布団に潜り込んだはず…。いや、本当にそうだったか…?分からん、思い出せない…。
上半身を起こし、周りを見てみる。そこは一面の草原。風が吹けば一斉になびき、気持ちよさそうにサワサワはしゃいでいる。触ってみると、これまで感じたことのない程フカフカで、私の手を優しく包み込んでくれた。
もう一度、寝転んでみる。今度は全身を優しくキャッチし、さっきと同様に私をリラックスさせてくれた。暑すぎず、かといって寒すぎず、私のために予め調整してくれたかのようだ。
ー気持ち良いー
あまりの気持ち良さに、私は思わずニヤケ顔になっていた。このままもう一度眠ってしまいそうだ…。
しかし、ここはどこだろう?私は、、、私は誰だ?そういえば、自分が何者であるかを私は全く思い出せない。どうやら、自分に関するほとんどの記憶を失っているらしい。
そうすると途端に不安になってきた。私は誰だ?なぜここにいる?誰かの仕業?ならば何のために?それとも私はもう死んだのか?ならばここは死後の世界か??
不安は恐怖に変わり、私は立ち上がった。改めて見渡すと、そこには息をのむ程の光景が広がっていた。
近くは一面の草原で私は小高い場所にいるらしい。遠くには森、川、湖も見えて、さらに奥には巨大な山脈が壁のようにそびえ立っている。それは周囲を城壁の如く囲っており、まるで箱庭に閉じ込められているような気分になった。そして、異様なことにヒトどころかまともな建造物すらない。動物の姿も見えないし、虫も見えない。あるのは草木のみ。雲ひとつない澄みわたった薄い青が私の頭上にバッと広がっていた。
美しい。本当に美しい。余計なものが一切無い完成された美だ。これほどにまで美しい景色を私は見たことがあっただろうか…。といっても、記憶がほとんど無いからそれすらも曖昧であるが…。
ー体、どれくらいの時間が経ったのだろうか。あまりの美しさにしばらく呆然としていた。結局、ここはどこなのだろう??一先ず、生活できそうな場所を探さねば。私は、湖のある方へ移動することにした。
小高い草原を下りると、あんなに遠くにあったように見えた森が眼前に広がっていた。距離感が掴めない。こうしてみると、森というよりもっと鬱蒼とした、、樹海だなこりゃ。さっきの草原から見た景色が正しければ、この森を抜けた先に湖があるはずだ。さすがにこの先には生物がいるだろう。もし危険な奴がいたら、最初の場所まで逃げよう。逃げれればの話だが…。
もうなるようにしかならない。もしかしたら死後の世界かもしれないから案外、痛みなんて感じる前に復活したりするかも…などと楽観的に考えながら私は森に入った。
予想通りこの森にはいくらか動物がいるようだ。やけにでかい蝶やトンボ、見たこともない異形な花たち。もしかして、私は生命が誕生したばかりの古生代にでもタイムスリップしたのか?それはそれで困るのだが…。生憎サバイバル知識なんて無いし、見たことない植物ばかりだからどれが食べれるのか全然分からない。私はこの先のことを考え、気が重くなってきた。
それでも進む他ないため、もう少し進むと鳥の姿も見えた。赤紫や緑青のカラフルな鳥たちが楽しそうに唄っている。どうやら森のカーニバルの最中らしい。私を歓迎してくれているのだろうか。それだと嬉しいのだが。すると、私の前に信じがたい光景が飛び込んできた。
森の中の少々開けた場所。太陽の光が差し込み、一際明るくなっている。そこには様々な動物たちが一同に集まり、辺りに成っている木の実を食べていた。だが、私が驚いたのはそこではない。そこに集っていた動物たちは皆、おとぎ話に出てくるような輩だったからだ。翼の生えた馬、二足歩行する鹿、そして一際目立ったのが三つの頭を持つ獅子。虎のように黄色と黒色の毛が生え、自分の三倍くらいはあるかと思わせる巨体。そして般若を思わせる大きな口から覗かせる鋭い牙。そんな地獄の番犬が私の前に姿を見せた。
あれは、まずい。目が合ったら殺される!恐怖は極限まで膨れ上がり、口元はガチガチと震えている。否、体全体の震えが止まらないのだ。私は踵を返し、一目散に走り出した。まさかあんな化物がいるとは思わなかった。当初の予定どおりあの草原まで逃げなければ!!
ードン!!!ー
私は壁にぶつかった。壁?まさか。こんな所にさっき壁なんてなかった…
ーそして、思考が止まった。
血の気が一気に下がる。再び震えが止まらない。不思議と寒さを感じた。
眼前に先ほどの番犬が立っており、私を見つめていた。近くで見ると迫力が違う。鬼神のような鋭く黄色い目に顔の半分を構成している口。時折その口からグルル…といううなり声が漏れていた。
終わった…。なにも分からぬまま、ここで果てるのか…。せめて、後は死後の世界であることを祈るだけ…。獅子の顔がこちらに迫ってくる。私は目をつぶった…。
・・・どのくらい経ったか。まだ意識はある。はて?もし食べられているなら、もう意識なんて無いしそもそも痛みも感じなかったが…。おそるおそる目を開けてみると、その獣はそのまま去って行った。そして、私の前にさっきまでなかった木の実があった。どうやら彼が置いていったらしい。なぜだ?もしかして、あの見た目で肉食じゃないのか!?天地がひっくり返る思いだった。何はともあれ、助かった。
しかし、さっきあの化物が置いていった木の実…。先ほど動物たちが食べていた物だ。どうやらここに住む動物たちは同じものを食べているらしい。食べられるのだろうか…?食べていいものか悩んでいると、腹の中から音が聞こえた。
そういえば、ここに来てからなにも食べていない。空腹であることに気がついた途端、目の前の木の実がごちそうに見えてしまった。自然とよだれがでる。よくみたらうまそうだ。なんか桃みたいだし。他に食べれそうなものも見当たらないので、無防備にも私はその木の実にかじりついた。
口の中に甘酸っぱさがジュワ~と広がる。旨い!!二口目。カサカサになっていた喉が一瞬にして潤う。水分も多量に含んでいるようだ。気が付いたら目の前から木の実は消えていた。まるでランチをたらふく食べ終わったような満足感。たった一つでここまで満たされるなんて!!私はしばらくニヤケ顔のまま、この幸せを噛み締めていた。
どうやら、ここの動物たちは互いに襲い合うことはしないらしい。それどころか、木の実や水を分け合って生活していた。あの獅子も同様だ。ここでは全ての生物は平等であり、助け合いで生きるのだ。決して奪うことはしない。まさに桃源郷、ユートピアだ。
この世界に来てからある程度の月日が経った。ここでは晴天と雨のみで、天災に見舞われることはなかった。気温も毎日温暖で住みやすく雨のときにちょっと寒くなる程度だ。そんなときは、湖の近くの洞窟に入れば解決した。中はほんのり暖かく、蓄えている木の実を他の動物たちと食べる。この世界で食べれるのはこの木の実しかないが、あらゆる所に生えていて木の実をむしると次の日にはまた実が成っているのだ。要するに、ここでは奪い合う必要のないくらい充実した場所であるのだ。皆、温厚で言葉は通じないが困っていたら助けてくれる。優しい世界だった。
いつしか、私は自分が何者でありどうしてここにいるのかどうでもよくなった。ここは私にとって不都合な場所ではないし、考える必要もない。私は、ここで一生を暮らす決意をした。
そして、男は思考することを止めたのであった。
ー完ー




