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乙女ゲーム苦手なオタクが悪役令嬢になったけど、普通に断罪されて終わりました

作者: 明

この話を一話目として連載を始めましたが、この話だけでも一話完結として読めると思います。


 朝目が覚めて、むくりと上半身を起こした私は違和感を覚えた。

 ふかふかのベッドに、レースがふんだんに使われた天蓋。

 広々とした部屋に豪華な調度品が品よく配置され、昨晩焚いていた心地よい香りのする香の残り香が、ほんのりと残っている。

 見慣れた光景……のはずだけれど……いや、見慣れてないわ。見慣れているけど見慣れてないわこれ。

 昨晩はゲームを終えた後速攻でベッドに入った。枕元に置いていたスマホでゲームをしていたはずだけど、記憶がそこで消えてるのでいつものごとく寝落ちしたんだろう。

 じゃなくてええっと……


 あ、ここ昨日やってた乙女ゲームの世界だ。


 迷うことなくそう思ったのは、その乙女ゲームの世界のとある人物の人生の記憶がしっかりと私の頭の中にあったからだった。

 夢か?と思ったけれど、ゲームの中に出てきた以上の情報量の幼い頃から今に至るまでの記憶がどっさりある。しかもどれも自分で考え行動したという記憶で、今この時点でもそのキャラクターの自我が私の中にある。あれこれまさか異世界転生で記憶が唐突に蘇ったとか成り代わりとかそれ系?!と思い当たったのだった。

 オタクだからこそこの状況を速攻で理解できて良かった……のか?

 でもまだ夢の可能性も捨てきれないっていうか、出来れば夢でありたいので両方の可能性を考慮し、今のこの状況をどうするか考えようと思う。


 しかし困った。

 確かに私はオタクの分類だ。

 漫画アニメゲームは一般人よりは詳しい。二次創作を見るのも好きだ。

 様々なジャンルを見たりプレイしたり楽しんでいる。

 まあ仮に、それらの何かのキャラクターとして生きられたとしても良しとしよう。いやゾンビ系は良くないか。でもまあまだいい。

 問題は、これが乙女ゲームの世界だという事だ。

 

 だって私は乙女ゲームが苦手というか嫌いというか肌に合わないというか、とにかく自ら選ぶジャンルではない。


 この乙女ゲームをやる切っ掛けも、会社の後輩ちゃんが私が持っているゲームを貸して欲しいと言うから貸してあげたら「先輩これやってみてください!確か乙女ゲームやったことないですよね?お勧めです!」と善意で渡されて仕方なく……といった具合だった。

 このゲームのタイトルは『王宮学園のラプソディー』

 確かタイトルの後に副題もあった気がするけど忘れた。

 題名から何となく音楽が関わるのかな?と思ったけどゲーム中で音楽関係は全く出てきませんでした。

 とまあ、そんな感じで(強制的に)借りてしまったので、クリアは一度はしなきゃだよね、と義務感からプレイをしました。

 ちなみにこのゲームの主人公の設定は病気がちな母親と2人暮らし。母親が死にそうになった時に、生まれてから一度も会った事のない父親が、やっと見つけたと会いに来たところから始まっている。

 実は父親はかなりいい身分の貴族で、その家で働いていた使用人の母親と恋に落ちたが、許嫁との結婚が決まっていた為結ばれず、母親は使用人を辞めて出ていくことになった。

 出て行った後に主人公を身ごもっている事に気が付き、それから母子2人で飲食店に住み込みで働きながら暮らしていたら、母親の死ぬ直前に父親登場という感じだった。

 お互いに長い間想い続けていた母と父の感動の再会場面と、母親が亡くなる悲しい場面が終わると、父親が主人公を家に引き取り、これからこの家の令嬢として生きていくことになる、まずは学校で学びなさいという事で、主人公は貴族たちや王族が通う学校へ入学することになるのだ。


 ここまでの時点でゲーム上の演出では、母親と父親の感動的で悲しいラブストーリーと、家族思いの父親がこれからは母親の分まで2人分愛してあげる的な感じを前面に押し出していたが、私はこの時すでにゲームを投げ出したくなっていた。


 主人公視点では、両親共に長い間一途にお互いを想い合う素敵な2人という感じだった。

 が、この時点で主人公と意見が合わな過ぎてどうしようかと思った。


 まず父親。結婚相手に許嫁を選ぶのは分かる。位の高い貴族ならそうするだろう。そこは理解できる。

 だけど、実は主人公たちの元へ向かったのは、この結婚相手だった女性が亡くなった後であり、それまでは探しもしていなかった。しかもこの許嫁との間には子供はいない。父親も初老に入りかけの年齢でこれから新たに子供を作るにしても難しいだろう。そりゃ主人公の母親と子供を探すよねー。

 母親もアレだ。誰もが見惚れるくらいの美女で、主人公も母親に似て物凄い美人設定(だがヒロインにありがちな無自覚で「私、可愛くないですよ」が口癖)なのだ。それが長年独り身である。……身寄りもなく子供を抱えた女性がマジで?幼い頃から2人で生きてきたとあるが、イラスト見る感じ痩せてるでもなく汚くもないし経済的に不自由しているようには感じられない……いや、下種の勘繰りかもしれないけれど、まあきっと苦労はしたけど色々なアレは主人公に見せなかったんだろう。で、亡くなる寸前までほっといた父親が迎えに来た時幸せそうに微笑んだとあったが、私だったらこの男殴るわ。今更何の用だと。

 そしてとどめに「どんなことがあっても私を選んでくれた貴方をずっと愛していたわ。必ず迎えに来ると信じて待っていたの。世界で一番愛しているわ。これからはずっと一緒ね」と母親が言った時、アカンこいつ現実見れない恋愛脳やとドン引きした。何故今更迎えに来たと疑問に思わないのだろう。あんた結婚に邪魔だから仕事辞めさせられて身一つで追い出されてただろ、と。

 

 そういう考えになっちゃう私には、やっぱり乙女ゲームは向かないのかもしれない。

 そう思いつつも投げ出すわけにはいかない。借りたからには一度はクリアしなければ、という謎の使命感で続けた。


 主人公の生い立ち、そして公爵の位を持つ父親に引き取られたことから考えた私はまず、この状況で自分ならこうやって動くなーと進めていった。

 結果、無事にエンディングまでたどりつくことが出来た。

 よしよしこれでミッションクリアだと、後輩にゲームを返しがてら報告したら怒られた。

 なんと私が辿り着いたエンディングは、誰とも結ばれない学業にのみ専念することでしか見ることが出来ないある意味レアな通称『主席卒業エンディング』。

 恋愛?何それ美味しいの?とネタではなくマジで言うかの如く、恋愛のれの字もなくひたすら学業に専念することで辿り着く、乙女ゲームの趣旨からかけ離れたエンディングだったのだ。

 だって、平民の暮らしをしていたのにいきなり貴族社会に突っ込まれてんだよ?この後この世界で生きていくにはとにかく学ばないといけないじゃん。

 そう後輩に言ったら、そんなゲームじゃないから!と叱られた。

 そして誰でもいいから結ばれたエンディングを迎えるまで、私から借りたゲームは返さないと言われてしまい、仕方なく攻略サイトを見つつ、一番メインな攻略相手の王子様と結ばれるエンドならいけるだろうと、そのルートのクリアを目指すことにしたのだ。

 まさに苦行。

 いやぁ、何せこの主人公、入学式に遅刻ギリギリに来ておいて、野良猫が怪我をしているのを発見したら入学式そっちのけで介抱しなきゃいけなかったりしたんだよ。その場面を王子様が見てフラグ発生なんだよ。

 素人が何してんだよって思ったわ。怪我してる猫は同じ猫好きとしては放っておけないのは分かるが、そこは専門分野に任せるべきだろ。動物の専門家はすぐには見つからないだろうけど、保健室に行けば人用とはいえ包帯とか消毒薬とかあるだろうしね。誰かに保健室の場所聞いて連れて行くだけでよかったんだよ。なに近くのベンチに座って猫ちゃんと戯れながら、「あーあ入学式さぼっちゃった。でも君の命の方が大事だからいいんだ」だよ。貴族成り立ての元平民なんだから、スタートから悪印象つけちゃまずいだろ。

 ちなみにちゃんと選択肢には近くの人を探すというのがありまして、一回目やった時は迷うことなくそっちを選びました。

 そんなこんなで、攻略サイト頼みで何とかクリアしたのが昨晩である。

 頑張った。本当に頑張った。


 貴族社会なんて知らない!なんでみんなそんなしがらみに縛られてるの?みんな同じ人間なんだよ!誰だって同じ命なんだよ!


 ……と、言っていることは立派で、その信念のもと様々な事件に首を突っ込むが、結局どれも攻略対象の男の子たち(どれも主人公の家と同等かそれ以上の位のある貴族たち)に最終的には助けられるという主張と行動が噛み合わない主人公との付き合いもこれで終わりだと思うと、とても解放された気分だった。

 乙女ゲームが全部こんな感じだとは思わないけれど、恋愛シュミレーションを素直に楽しめないと改めて感じたという事だけは収穫だったと思う。多分もう二度と乙女ゲームをやることはないだろう。

 解放感で晴れ晴れとした気分で、これでやっと後輩にきちんとクリアできたと報告できると満足して就寝したら、目が覚めたらその乙女ゲームの世界でした。


 こういうのってさ、普通乙女ゲーム大好きな子が遭遇する事態だよね。

 私みたいな乙女ゲームが肌に合わない人が来ちゃダメな世界だよ。

 あれか?一定数クリアしまくった人がゲームの世界に導かれるっていう、昔の漫画とかアニメとかで見たことあるようなファンタジーな展開かな?確かに後輩ちゃんはこのゲームやりこんでいてエンディングコンプリートしたとか言っていた気がする。

 まさかその一定数のクリア条件を満たした瞬間が、たまたま貸し出し中だったとかいうんじゃないかな。

 ありえそうで笑えない。

 しかもゲームに導いている過程で、あれこいつ別人じゃね?って気が付いたパターンだ。

 本来なら後輩ちゃんを導くはずが、全く別人だったというやっちゃいけないうっかりミスだろう。


 だって私、主人公ではなく所謂『悪役令嬢』的な公爵の令嬢様になっていたのだから。


 後輩ちゃんが選ばれていたのなら、間違いなくヒロインとして生きるはずだ。

 でも導いてみたら別人。慌てて違う人物の人生に突っ込まれたんじゃないかと推測する。

 にしても、何故この役柄なんだろう。

 この令嬢の名前はベアトリーチェ・セレネディア。王に次ぐくらい位の高い公爵家の令嬢である。

 王子の幼い頃からの婚約者であり、主人公に対して色々ときつく言う役柄であり、本人は直接手を下さないが、間接的に取り巻き達が主人公をいじめる……というのが私が唯一クリアした王子様ルートでの彼女である。

 このベアトリーチェ、ゲームの終盤の卒業式の最中に王子から婚約破棄を言い渡される。その後の令嬢は、都からかなり離れた場所で軟禁生活を強いられるのだ。

 王家に次ぐ位の家柄なので牢屋や塔に幽閉とか死刑とかには出来ず、とりあえずこれ以後の人生で王家や公爵家に関わらないような人生を送るのが罰という事らしい。

 ゲームの主人公の主観的な感想としては、酷いことをされてきたけれど、死刑や幽閉は可哀想、出来る限り軽い刑になって良かった、らしい。

 うん、おかしいね。

 令嬢がやったことって主人公いじめだけだよね。別に国家転覆図ったとかヤバいことに手を出していたわけじゃない。ていうか、主人公の家よりもベアトリーチェの家の方が偉いからね。普通なら主人公いじめなんて黙認されてもおかしくないよ。王子様が惚れちゃったからこうなっただけで、王子様が惚れてなければ主人公はいじめられたけど貴族社会の厳しさを知ることが出来て人間として成長し無事卒業、令嬢も何事もなく王子様と結婚するという一番平和な結末になってたはずだよ。

 一回目の主席エンドで、それ経験してるからね私。

 誰とも結ばれず、ひたすら学業に専念したそのルートでは、元平民という事でいじめられはしたものの、そんなんどうだっていいから勉強せなアカンという精神で進めた結果、最終的には努力を認められて嫌がらせはちょっとされつつも平和に卒業して終わるからね。令嬢も主人公に対してきつく当たりはするものの、勉強で分からないことがあればなんだかんだ言いつつも教えてくれたりもした。卒業時もおめでとうと言ってくれたのだ。

 主人公が権力者たちの息子たちに手を出さなければ、一番平和という事実。

 少なくともこの令嬢は決められたレールの上をきちんと歩んでいけたのに、主人公のせいでこれまでの、将来は王子の妃になるという重い責任を幼い頃から受け止め、国の為の努力してきたのが水の泡だよ。

 そして、その水の泡になる寸前が今のこの私の状況である。

 明日が、その問題の卒業式なのだ。

 今日はその前日で休日。

 本来なら、王子と交流を深める為お出かけする予定だったはずなんだけど、王子は予定があるからと昨晩ドタキャンしてきやがりました。その予定というのは、主人公と誰もいない学校で、学園生活最後の秘密の時間を想い出を振り返りながら過ごすというやつです。昨晩プレイしていたので覚えています。

 つまり、この世界は王子様ルートで進んでいて、明日最後のイベントが起こって終わる、という状況になっているのである。他のルートは知らないけど、王子が婚約者である私との予定をドタキャンしている時点でこのルートで正しいと思う。

 私に待ち受けているのは、明日婚約破棄されて遠くの地での軟禁生活だという事だ。


 さて、どうしよう。

 イベント通りに進むと、大勢いる中で私がやった主人公いじめの実態をばらされ、婚約破棄され、軟禁するように命令されるのだ。


 正直に言おう。


 大勢の人の前で悪事をばらされるという苦痛があるにはあるが……

 私的にはその展開は大歓迎だ。


 だって、もう公爵家の令嬢としての教育や振る舞いをしなくていいわけよ。しかも将来の王をサポートする為の妃教育も、もう婚約者じゃなくなるのでしなくていい。

 軟禁と言っても、王宮や実家があるこの王都にさえこなけりゃいいのよ。

 軟禁するところとして指定される予定の場所は、公爵家の避暑地として利用している別荘だ。近くの町からは遠いが、周囲の土地は公爵家のものなので外部の者が来ることはあまりなく、自然に囲まれ安全に暮らすことが可能な場所だ。

 王子様エンドのエンディング中で、軟禁している令嬢から主人公に手紙が来る。その内容は、取り寄せた本に囲まれつつ、自分の行ったことを反省する日々を送ることが出来ている、という改心した内容になっていて、それを見た王子は主人公に「君のおかげでベアトリーチェも真っ当な人間になったようだ」と戯言をほざいていた。

 とまあ、つまり何もない生活ではないという事だ。少なくとも好きな本はたくさん読める。

 行動制限はあるものの、誰にも邪魔されず好きなことが出来る。

 オタクな私としては快適な生活が待っているのだ。

 この世界にはゲームはないが本はある。漫画ではないが、様々な物語の本がたくさん出版されているのだ。

 最高のオタク生活ではないだろうか。

 ただ、私がなってしまったこの令嬢には申し訳ない気持ちもある。

 18歳のこの令嬢は、幼い頃から公爵令嬢として、そして王の妃になるべく厳しい生活をしてきていた。18歳の少女としてはかなり濃密な人生を送ってきていたのだ。

 だがしかし、私の記憶が蘇ったのか、途中で私が入っちゃったのか分からないけど、私の我の方が強かった。

 今でも私の中に彼女の部分もあるが、完全に飲み込んでしまった形だ。

 由緒正しい立派な令嬢だったのが、引きこもり歓迎のオタクにジョブチェンジしてしまいました。ホント申し訳ない。

 そうそう、令嬢になってしまったからこそ知った事実がある。

 この令嬢、全然意地悪でもなんでもなかった。

 公爵令嬢として、そしてこの国の発展のため幼い頃から自分を律し続け、行動をし続けていただけだ。

 王子の妃になるための勉強は手を抜くことなくまじめに、王子と仲が良い方が周りから見て将来的に良い印象があると分かっているので、王子の事を心から慕っているという態度を常に出し、そして自分にも周りにも、この国の将来の為に厳しく接するが優しさも持ち合わせているという、それをまだ十に満たない年齢の頃から心掛けてきたという、実年齢に合わないほど出来た人だったのだ。

 そんな令嬢が、貴族世界を全く受け入れず自分の思いのまま行動する主人公を注意するのは当たり前である。今後生きていくためには今のうちに貴族としての行動を身につけなければ、将来的に大変なことになってしまうだろうから、という親切心から色々厳しく言っていた。

 これが主人公目線から見ると、王子との恋愛を邪魔する意地悪な令嬢様となるのである。理不尽だ。

 ちなみに、令嬢の取り巻きが物理的に主人公をいじめるが、それは取り巻きが令嬢の為に勝手に行動していただけだった。言葉でしか主人公の破天荒な行動を注意できない令嬢の為にした忖度である。そんな忖度はいらん。

 それを知った令嬢は、そういう行動に走らせてしまった私の責任であり、取り巻きの子たちを注意しつつも、すべて私の責任であると罪を受け入れている。絶対令嬢悪くないと思う。

 だがしかし、そんな国の将来の事が第一な責任感ある令嬢は今や私。

 残念ながら、解放されたい気持ちの方が大きくなってしまった。

 ごめんねベアトリーチェ。

 ついでに、こういう成り代わり系にありがちな、前世のあの発展しまくっている世界での知識を生かして大活躍的なことはこの先起きることはない。

 ああいうのは、前世でもその道に詳しくないと、こちらの世界で発揮できるわけがないのだ。私が極めていたのは漫画とアニメとゲームを楽しむことだ。引きこもり生活には活かせるが、この世界では何の貢献もできない。

 明日の卒業式では、素直に罪を認め、大人しく軟禁生活に入ろうと思う。

 この世界での私の知る限り、様々な種類の本が出版され、中々楽しそうなシリーズ物も多い。嗜みとして、有名どころの物語を読んできていたが、私としての記憶が蘇った今、それらの続きを読みたい衝動に駆られている。先に軟禁先に届けてもらっとこうかな。

 決められた将来の為の勉強なんてもうしなくていいし、面倒な貴族たちのパーティとかお茶会とかにも参加しなくていい。本に囲まれて引きこもれるなんて、なんて快適な人生になるんだろう。

 しかし、ふとここで一つ……どころか大いに不安なことがあることに思い至った。

 

 あの王子とあの主人公が将来の王と王妃でこの国は大丈夫なのか、と。


 国が傾くのは困る。

 傾けば、私の快適オタクライフが送れなくなるじゃないか。

 だけどこのままでは、あの恋愛脳で綺麗ごとを主張するが実践できない主人公と、それにゾッコンラブな脳みそお花畑になってしまった王子による国の政治に突入だ。

 危機感しかない。

 乙女ゲームは結婚で終わっていたが、人生はその後の方が本番だ。

 まずい、まずいぞ。

 私ことベアトリーチェが王妃なら、長年培ってきた知識や行動力で、たとえ王子がお馬鹿でもなんとか舵取り出来るだろう。公爵家という後ろ盾もある。

 だけど主人公は無理だ。

 いざとなれば王子様が助けてくれるヒロイン精神で王妃が務まるわけがない。

 何とかしてでも、あの2人が王と王妃についてもまともな運営をしてもらいたいものだ。


 でもほんと、王子と主人公は余計なことをしてくれたものだ。

 あのまま私が婚約者で、将来的に王妃になったとしても、2人のイチャコラを邪魔するつもりはなかったのに。

 公爵家の令嬢としての使命として王妃になる運命だった私にとって、王子と結ばれるのはある意味仕事だ。王妃として王子を支え、慈しみ愛する態度を取るが、当たり前だからするのであり、王子が他に好きな人が出来たところで、業務の邪魔さえしなければ表立ってイチャコラされるのは困るが、周囲にばれなければ好き勝手させるつもりだった。

 子供が欲しければ作ればいい。王子と私との間の子供も必要かもしれないが、主人公との間に子供を作るつもりであるのなら、私は病気か何かで子供が出来ない体だったとか何とか言って作らないつもりだった。公爵家の後ろ盾があるので王妃であることには変わりはないのである。

 たとえ脳内お花畑王子と主人公の子供でも、きちんと私が王妃として跡継ぎ教育を施せば次の世代は真っ当な子に育つだろうという考えからだった。王子も側に主人公を置いておけば精神的も安定するだろうし、と学校卒業後は主人公を王宮に迎える為の準備を始めようとしていた。

 その矢先のこれである。

 ゲームのエンディングでのベアトリーチェの手紙では反省する日々とあったが、あれはもうこの国の未来はないと諦めた故の、王子たちが満足しそうな言葉で送った手紙だと、今の私なら分かる。

 王子なら、公爵令嬢との結婚がどれだけ国にとって大事か分かっているはずだ。主人公も一応公爵令嬢ではあるけれど、私の家とは格が違う。

 惚れた腫れたでどうこう出来るようなものではないのだ。

 そりゃ王子の言葉があれば婚約解消は出来るけども、それはこの国の将来を考えればやってはいけない行為だった。

 でも明日やっちゃうんだよねぇ。周りも、王子の言うことはぜったーい!って感じで、命令されたら動かない訳にはいけないものねぇ。

 かといって、私が婚約者として残るよう働きかける気はない。2人の世界しか見えてない王子には何を言っても無駄だろうし、元々考えていた主人公を王妃ではなく愛人として側に居させるつもりだった、というのも言う気はない。どうせ言ったところで愛人なんて立場に彼女を置くなんて失礼だ!とか、お前がそれ言うのかという言葉が返ってくる確率100パーセントだ。ああ、だから昨日ゲームプレイしてた時、断罪された令嬢は最後何も言わなくなっていたのか。あの時点でもう、この国の未来に絶望してたから諦めていたのか。

 だが私はオタクライフを諦めたくない。

 かといって動くつもりはない。

 もし、乙女ゲーム大好きな子が私の立場になっていたのなら、きっと積極的に動き出すはずだろうけれど、残念ならが私は唯のオタクライフを楽しみに余生を過ごすつもりの中身おばさんだ。


 そうそう、物凄く重要かつ残念なことに、私はアラフォー。

 20代の可愛い後輩ちゃんかと思ったら、アラフォーのおばさんがきちゃったんだよねぇ。何らかの力が働いて焦って主人公ではなく悪役令嬢にさせちゃうのも分からなくはないねぇ。

 

 積極的に取り組む意欲よりも、残りの人生を快適に過ごす事をまず優先したいのだよ。

 頑張るのは若い子に任せ、おばさんは引きこもりライフを過ごしますわ。


 というわけで、若い子に頑張ってもらいましょう。






 さてさて、只今卒業式の最中の、絶賛王子様たち一行からの断罪中である。

 私としての記憶が無い状態の令嬢としてのプライドが満載の状態だったら、屈辱と絶望と色々と混ぜこぜの感情で最悪だっただろうが、今の私は右から左にスルーである。現実に早送り機能があれば連打したい。


「ベアトリーチェ。君とは今ここで婚約を解消する!」


 よし来た。


「ええ、分かりましたわ」

 王子を真っ直ぐ見ながらそう言うと、王子は驚いたように片方の眉を動かした。

「素直に認めるのだな?」

「認めはしませんけれど、私が何か言ったところで結果は変わりませんもの。それで、私の処遇はどうなさるおつもりでしょうか?」

 さっさと私を追放して欲しい。

 万が一、軟禁場所がゲームとは違う場合も想定して荷物はまだ屋敷にあるのだ。

 一刻も早くオタクライフを満喫したいので、出発は早くしたい。

「反省の色が全くないなんて……こんな女が今まで婚約者だったなんて残念だ」

 私は貴方の脳内の方が残念だと思う。

「本来なら重い罰を与えたいところだが、君は曲がりなりにもセレネディア家の者だ。郊外の地で、二度とここに訪れない事を条件とした軟禁が関の山だろう」

 その重い罰の根拠が、王子が惚れた主人公をいじめた事っていうのが凄いよねぇ。

 若い故の暴走だろうけれど、王子がそれやっちゃ国の行く末が不安で仕方がない。


 やっぱり、アレを用意しといてよかった。

 

「承りましたわ。……それで、貴方はその子を婚約者にするおつもりで?」

「もちろんだ。君なんかよりも魅力的な素敵な女性だ」

 そんな魅力的な女性の主人公ですが、貴方たちの出会いである野良猫ちゃんの手当て、あれやっぱり素人仕事でしたよ。あの猫ちゃん、目に見える怪我だけじゃなくて骨折もしてたのよ。

 主人公がやらかした素人に毛さえも生えてないようなハンカチでキツク縛って固定するという謎手当のおかげで、危うく変な方向に骨がくっつきかけていましたよ。ベアトリーチェがたまたま変な歩き方をする猫を見つけ、急いで動物の専門医へ連れて行かなければ、あの猫は長生きできなかったと思う。前世の私のゲームで見た猫のイラストが、あの時の猫ちゃんと全く同じだったことで同じ猫だと気が付きました。

 その猫ちゃんだけど、今では屋敷で元気に駆け回ってます。

 野良猫の手当をするつもりなら責任をもって飼う。野生で生きている生き物に手を出すなら当たり前の事ですよねぇ。

 何故ハンカチ巻いて撫でただけで治ったと思ったのか。そんな中途半端な事するなら初めから放っておいてあげなさい。

「そう。なら、貴女に私から最後のプレゼントがありますわ。ステラ、ここにアレを運んで来てちょうだい」

「かしこまりましたベアトリーチェ様。只今お持ちいたします」

「おいベアトリーチェ!何を持ってくるつもりだ!危ないものじゃないだろうな!」

「とても大事なものでございますよ」

 主人公をかばうように抱きしめた王子に睨まれたけど、実年齢一回りも下の若い子に怒られるいわれもないことで睨まれたところで、痛くもかゆくもありませんよ。

 ただ。頭が恋愛脳で残念だなーって思うだけですがね。

 私の家で主に私の世話をしてくれている使用人のステラが一旦卒業式会場から外へ出ると、すぐに戻ってきた。


 小柄なステラの身長と同じぐらいの高さに積まれた書物が乗った手押し車を押しながら。


「ご覧ください。こちら、すべて王家の紋章が刻印されている教本でございます」

「そ……それがどうした!」

「これらすべて、幼少期に婚約者となったその日に王妃様より賜りました教本です。ここにあるのはほんの一部でございますが、王妃となるために学ばなくてはならない内容となっています」

 ステラに目で合図を送り、手押し車を主人公の前で止めてもらった。

「すべて持ってくるのは大変なので、取り合えずこれだけ持ってまいりました。婚約者でなくなった以上、私には不要でございますが、王妃様より賜りましたものを捨てるわけにはまいりませんし、王妃となる者に代々受け継がれていると聞いておりますので、婚約者となられた貴女に贈ります。王妃となるその日までに全て暗記できるようにしてくださいませ」

「え……?すべて、ですか?」

 主人公のドン引き顔いただきましたー。

「ええ。私のような者でも幼少期よりコツコツと勉強してまいりましたので、今ではすべて暗記しております。素晴らしい女性であられる貴女でしたら、私よりも短い期間で成し遂げられる事でしょう。後ほど、残りの教本をお届けするように手配いたしますわ」

 主人公は恐る恐る教本の山から一冊を取り、パラパラと捲り始めた。

「こ、こんな格式ばった事柄なんて、平等の世の中には必要なんかありません!」

「あらまあ、何を仰るのでしょう。たとえこの国が貴方の仰る平等を掲げたところで、他国とはそうはいきませんのよ。国交を疎かにしてはいけませんわ。あの国はこの程度なのか……と嘲笑され見下され、国として没落の道をたどるおつもり?世界に通用する教養を王妃が身に着けず、どうやって対等に渡り合うというのです」

 諭すように言ってみたけど、主人公は全く納得してませんって顔してるよ。

「教養なんて必要ないわ!大事なのはお互いを慈しむ心よ!」

 マジで言ってんのかこの子。

 ヤバい、王子もその通りだと頷いてるよ。主人公ならまだしも、貴方きちんと教育受けてきてたでしょ。今まで何を勉強してきていたのよ。

 どうしよう。こんなのが王と王妃とかマジで私の快適オタクライフが心配になる。

 でもこれ以上話しても意味がなさそう。

 さっさと退場して、あとは他の人にお任せしよう。

 婚約解消されて軟禁生活言い渡された私には、もう関係ありませんからね。

「では、私は荷造りをしなければなりませんので、失礼いたします」

 さーて、とりあえず昨日のうちにまとめた荷物と一緒に移動かな。

 残りの荷物は、徐々に屋敷から運んでもらいましょうか。

 なんか後ろの方で王子と主人公がわめいているけど、もう関係ありませんー。




      ※ ※ ※ ※




 軟禁生活始めて約一か月。

 超快適素敵ライフです!


 気心の知れた少人数の使用人たちとの生活は快適だ。

 みんな私の待遇に同情して、めちゃくちゃ親切にしてくれるんですよ。お礼の言葉をかけると感激してさらに親切さがグレードアップしていきます。

 食事も三食おやつ付き!どれも美味でございます。

 そして、待ってました読書生活!

 古今東西様々本を取り寄せ、読んでも読んでも追い付かない状態というパラダイス。

 この世界の娯楽として読書が一番ポピュラーなので、たくさんの本が毎日出版されています。ここは天国か。

 そしてそして何よりも!


「にゃ~ん!」

「あらあらジョセフィーヌったら、くすぐったいわ」


 私に懐きまくる猫ちゃんこと、元野良猫で主人公のせいで危うく変な方向に骨がくっつきかけたジョセフィーヌとのふれあい時間!

 前世の私も猫好きだったけど、猫アレルギーのおかげで遠くから眺めるか動画を見るだけしかできなかったんだよね。

 それが、この世界の私は全くアレルギーなし!

 素晴らしい、なんて素晴らしいんだろう!


「ベアトリーチェ様、王子様より手紙が来ておりますが……」

「やっておしまいジョセフィーヌ」

「にゃ!」

 私の一声でジョセフィーヌがシャキーンと爪を出すと、ステラが持ってきた手紙をキャッチして床に下ろし、その場で爪とぎを始めた。

「あらあらしょうがない子ねジョセフィーヌったら。それじゃ内容どころか誰から来たのかも分からなくなってしまったわね」

「にゃ~ん」

「猫のいたずらならしょうがないわよね?ステラ、残念ですけれどこうなってしまっては読むことが出来ないわね。本当に残念ねぇ」

「……よろしいのですか?」

「いいのいいの。どうせ内容は毎回同じでしょうし」

 快適オタクライフを満喫しているのだが、ただ一つ面倒なことがあった。

 それがこの、王子様からの手紙である。

 この生活を始めてから一週間ほどたってから、ほぼ毎日のように分厚い封筒に入った手紙が送られてくるようになった。

 長ったらしい内容の手紙だが、要約するとこうである。


「俺の可愛い婚約者が困っている。心優しい俺達はお前の行いを少し許してやってもいい。だがしかしやはりお前が悪いので、罪を償う意味として王妃としての務めを婚約者の代わりに務めさせてやるから、王都に戻るのを許してやってもいい。ありがたいと思え」


 最初、これ本気で言ってんのか?と疑ったが、毎回言い回しを替えながらも同じ内容なので本気のようだった。

 勉強熱心な令嬢が幼い頃より必死になって勉強してきた内容を、あの主人公が短期間で覚えられるわけがなかったんだよね。

 ベアトリーチェでの視点では、主人公は勉強はいつも赤点ギリギリだけど、宿題だけは毎回きちんと提出していたから努力しているけどまだ実を結んでないだけなのね、という風に映っていたが、実はこれらの宿題は「あれ?どこか分からないところがあるのかな?見せてごらん、俺がやってあげるよ」といった具合で様々な攻略対象の権力者の息子たちが積極的に主人公の宿題をやってあげていただけであった。せめて学園で学んだ内容をきちんと身に着けていたのなら、あの教本たちの内容の理解も早かっただろうにね。全部他人任せだったからね。やっぱり無理だったんだね。

 だからと言って、この楽園を捨てて王都に戻るなんて馬鹿な事を私がするわけがないし、する気力もない。余生は穏やかな人生を送りたいのよ。

 という事で、私も長たらしい内容で王子に返事を一応返している。

 要約するとこんな感じ。


「寛大なお許しをありがとうございます。ですが私が犯した罪は大きいのです。良かれと思い、貴族社会の常識を教えてあげる為に接していたことで傷つけてしまった罪は大きいでしょう。到底許される事ではないと反省の日々を送り続けておりますので、そのようなご慈悲を受け取れるわけがありません」


 何気にゲーム内で出てきた手紙の内容にちょっと似せてます。

 まあつまり何が言いたいかと言えば、帰る気はねーぞって事ですね。

 この手紙を送った後も、許してやるから戻れ、いいえそんなご慈悲もったいなく存じ上げます、というやり取りが続いている。

 ていうか本当に、私が婚約者のままだったほうが上手くいっただろうにねぇ。

 王妃というしがらみもなく、ただひたすら王子に愛されるだけの楽な人生だったろうにね。

 でも私はもうしーらない。

 教本はもう全部譲ったんだから、がんばりなさいな。まだ若いんだから。


「そうだステラ。本の出版って私でも出来るかしら」

「出版、ですか?」

「ええ。読むのも楽しいけれど、創作意欲もわいてくるのよ」

 読み専もいいけど、もうちょっとストーリーに多様性が欲しいのよね。

 ここの世界は中世っぽい世界観だけど、様々なジャンルが好きな私としては近未来的な内容も読みたくなってきていた。でもこの世界の本の内容には昔話はあるけれど、機械が発達した近未来的なものはないんだよね。当たり前だろうけど。

 でも、きっかけさえあれば似たような設定で増えると思うんだよ。

 新たなジャンルで一発当たっちゃえば、その後は類似品がたくさん出るものだからね。

 とりあえず私が近未来的な話を書く。

 つたない内容だとしても目新しいから誰かの目に留まると思う。

 すると、上手い人がその設定を活かして面白い話を書く。

 それを私が読む!

 いける、いけるよこれ!

 新たなジャンルが増えれば、本がまた増える!

 つまり、素敵オタクライフは永遠につづく!!


 というわけでさっそく書きましょう。

 えーっと、そうねぇ。

 

 貴族の令嬢が、目が覚めたら鉄が動いていたり、小さな箱から音がするような世界に移動していて、そこで悪戦苦闘しつつ生活していく……というストーリーでどうかな。

 

 実体験を交えつつの内容だからスラスラ進められる気がする。

 よーしじゃんじゃん書くぞー!


「ベアトリーチェ様、またお手紙が」

「ジョセフィーヌ!」

「にゃ!」


 もう、いいところなんだから邪魔しないでね。

 ああそれにしても、婚約解消してもらえてよかったわー。

 国の行く末は若干不安ではあるけれど、勉強や仕事から解放され、さらにこんな快適な生活が送れるなんて!


 乙女ゲームの異世界転生も案外いいものね。

 

読んでくださりありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] フィクションを作るにあたって抜いたトゲをわざわざ植え直すまさになろう小説!という感じの一本ですね
[一言] 面白そうだから連載版があればブクマしようと思ったけど、作者ページで見たら3年以上更新されてないのでやめました。 王子からの手紙の処分係になった猫ちゃん、いい仕事してますね。
[一言] コメディで3位なんですが、結構昔の短編なんですね
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