3 新たな旅立ち
「マイクっ! 聞こえてるか?」
『感度良好っ! 最高の気分だぜっ!』
巨大なエンジン音とともに聞こえてくる並行で飛行している機体からの通信が耳に入ってくる。現在、太平洋を横断して西へと向かう。移動で使うのは軍用ヘリ....ではない。だがいま現在乗っているのは確かに軍用ヘリだ。しかし、その視界の下に広がっている青い海に浮かぶ巨大な船。
航空機を多数搭載し、海上における航空基地の役割を果たす軍艦。通称、空母と呼ばれる船が下を走っている。『インディペンデンス』と呼ばれる、かつてアメリカという国が存在していた時、その国を守るために作られたものだ。
遠征の時には度々世話になっている船だが、コストがかかるため使うことを躊躇うものだが、今回はこの空母が旧人類にとって最後の希望となる。
『にしても、この船に乗ってる兵装のヘリは最高だなっ!』
「調子乗って落とすんじゃねぇぞっ!」
『リュウイチこそっ! 俺はガキの頃から仕込まれてるんだから絶対落とさねぇってっ! ヒャッホーっ!』
急降下からの空母スレスレを低空飛行で飛んでゆく姿にデッキに上がっていた隊員は歓声をあげてその光景を喜んで眺めていた。現在、試験飛行という形で飛ばしているヘリの数は2機で、片方にはヘリなどの重機操縦のスペシャリストであるマイク・トーマスが操縦している。とてもではないが、あんなアクロバット飛行をできる技術はない。思わずヘリの窓から苦笑してしまう。
『リュウイチ、全システムの安全性を確認。両機に異常は無し、前線で使用できることの確認が終わった』
「おう、わかった。マイクっ! ゼロが確認を終えたとさっ!」
背後でシートベルトをつけて座っているゼロが耳につけてある通信機つきヘッドホンから音声を飛ばしてくる。
だが操縦席で操縦桿を握りながら話しかけるものの、通信が切られており相手との会話ができない。まさかと思い、窓の方に顔を向けるがそこには楽しそうにヘリで背面跳びやら、空中で一回転させるやら、無茶なアクロバット飛行を行なっているマイクの姿がそこにあった。楽しそうで何よりである。
「ゼロ、曲だ」
『曲名は?』
「お前ならわかるだろう?」
『....了解。空母「インディペンデンス」の全スピーカーをハッキング完了。隊員たちの通信機器をジャック完了、全音声機器のハッキングを確認。いつでもいける』
「よし、ぶちかましてやれ」
『了解。Kenny Loggins「Danger Zone」』
突如、大音量で耳から聞こえてくる弾けるベースの音に隊員たちはアクロバットのヘリから目を離し、スピーカに全視線が向くがその曲をかけたであろう張本にが乗っているヘリに目を向けた瞬間、両手を掲げて一気に盛り上がる。
『みんな喜んでる』
「そうだなっ! いやぁテンション上がるだろう?」
『AIに感情の起伏はない』
「喜んでるってことはわかったんだろ? ならあれがテンションが高いってことだ。ああやって大声あげて騒いでれば楽しめんだよ、人間は」
ヘリを着陸態勢にして、空母に近づいてゆく。そして、水平線の彼方に沈みゆく夕焼けの光景を目に焼き付けながらヘリの外へと出る。エンジンが回る独特な匂いを鼻に入れながら、機体の後ろに回り扉を開けるとゼロがすでにシートベルトを外し立ち上がっていた。
「お手を、お嬢様?」
『お嬢様じゃない。それにゼロは一人でも降りれる。手助けは不要』
「つれないなぁ。ほら」
片手を差し出し、ヘリに体を入れながら指先をチョイチョイと動かす。すると、諦めたのかわからないがゼロがゆっくりと差し出した片手に両腕を差し出す。差し出された手を優しく握りしめ力強く、ヘリからゼロを下ろす。
今のゼロの姿は本部にいたときとは違い、アンドロイド専用の武装アタッチメントが装備されている。ゼロ自身、戦闘に特化したAIではないため他のアンドロイドに比べると軽装だが回収品の黒いカーボンファイバーの装備はしっかりとゼロの機体を守ってくれるような気がする。
『ありがとう....』
「どういたしまして。足元段差あるから気をつけろよ」
ゆっくりとゼロがヘリから降りてゆき、そして地面に足をおろした。夕日に照らされたゼロの人工皮膚が眩しい。だがその人工皮膚の無機質さに何処か寒気を覚える。
『バイタルが微弱に変化。何かあった?』
「え? いや、いや。なんでもないないっ! っておい、ゼロ見ろよっ! すげぇっ! ヘリってあんな動きできるんだっ!」
上空の方でマイクの乗ったヘリがまるで戦闘機の錐揉み回転のような飛行をしてみせる。その光景を見ている他の隊員たちが歓声をあげ、そして同じように涼雨腕を上げて大きな声で歓声をあげる。
『無視しないで』
「あ....っ、いや。だな....その」
『隠し事は良くないって、クリスが言ってた』
「っ....はぁ。わかった、昔の夢を見たんだ。つい最近だけど」
この出発の数日前。久しぶりに見た過去の記憶、普段は思い出すこともないのだがあの夢だけはなぜか異質に感じた。唯一の記憶であるはずなのに、どうしてあのような変質した夢を見たのか。あれはまさしく悪夢と呼ぶにふさわしい。
空でアクロバット飛行をしていたマイクのヘリが着陸体制になる。すでに陽は沈み、水平線の向こう側へと消えて行った。
『リュウイチ。ゼロはリュウイチの味方』
「あぁ、わかってる。ありがとな」
潮風に揺さぶられながら甲板に着陸したマイクのヘリの方へと向かう。彼はひどく興奮した様子で周りの隊員たちにまるで英雄のように囲まれながら歓声を上げていた。すると、完全に音声の途切れたスピーカーからアナウンスが入り夕食の時間だということを告げる連絡が入る。
全員がそれぞれ後片付けをして甲板を後にした。だが、ただ一人。そんなリュウイチの姿を背後で無言で眺めているゼロの姿が甲板で、まるで感情のある人間のようにもの寂しげに見えた。
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「作戦を行う場所はモルディブ。すでにその国土のほとんどが水没している国だけど、その国にある一機の方舟が特殊構造を持っていることがわかったわ」
夕食の後、そのまま食堂でミーティングが始まる。目の前でプロジェクターを起動させながら話をしているのは本作戦の指揮官であるクリスだ。
「今回の箱舟は潜入が少々厄介。方舟の入り口は厳重にガードされているのはもちろん、周囲にも飛行ドローンが武装をつけて守っているから前回と同じような方法は使えない」
前回。というのは、陽動作戦を行い、警備は手薄になった外壁から侵入し、箱舟全体のシステムを落とすと行った作戦だが、この箱舟の場合はそのシステムが10倍の強度で守られている。つまりは生半可な突撃では一気に全滅ということも考えられるのだ。
「それに、さらに問題が。建っている場所がモルディブってこともあって入り口は海底20メートル下に設置されてるの」
スクリーンに映し出された映像には箱舟の全体像とそして下部部分が水に浸かった映像だ。ということは、外からの侵入は不可能に近く、侵入するためには海中に潜って入り口をこじ開けないといけないということか。
「本作戦は水中による潜入を行います。海中での重火器の使用はもちろん、通信手段は一切ありません。まずは上空部隊で陽動を行いますが敵戦力の規模がわからない以上、過度な戦闘は今後の作戦に支障をきたします。よって、戦闘時間は最低でも3分が限界です」
作戦時間は3分。そして、その時間内に海中で潜水を行いながら箱舟の内部に侵入をしろというわけか。
それで、それを行うのは。
「潜入を行うのはリュウイチ、ゼロよ」
「だろうな。だが、質問だクリス。ゼロはどうして参加なんだ? 今は端末じゃない、アンドロイドだぞ?」
「そこは考えてあるわ。ターナー、あれを持ってきてちょうだい」
無言で扉の前に立っていたターナーが頷き部屋を出る。彼はこの部隊の整備班の一人でもあり技術顧問でもある。ゼロと協力して武器やら特殊な道具を作成したりするが『最後の審判』を経験し、家族をそのまま失ったことのショックで口を聞くことができなくなったらしい。
そんな彼が手に持ってやってきたのは、以前の作戦で使ったウィングスーツだ。だが、その形状は以前と違ってよりスリムになり様々な箇所に手が加えられているように見える。
『ウィングスーツβ型。航空技術にプラスして、潜水技術も導入した。水深200メートルまで潜水可能、反重力装置を使用することで浮き沈みも楽にできる。また水中からそのまま飛行形態に移動も可能』
「なんだかややこしいけど。要はこれを着ろってことだろ?」
『そういうこと』
手に取ってみると、ウィングスーツαの時とは違ってウェットスーツのような肌に張り付く感触がする。潜水技術など何一つ持っていないわけだが、ゼロがサポートしてくれるので大丈夫だろう。
「ヘリで水上からもサポートできるから安心してちょうだい。でも3分だけよ。その3分であなたとゼロは内部に潜入しなくちゃいけない。わかってるわね」
「わかった、任せておけ。おいお前らっ! 上で存分に暴れてこいっ!」
右手を上げ、高らかにウィングスーツを掲げると隊員たちから歓声がある。指揮は十分だ、問題は自分が3分で海中に潜り込み方舟に入り込まなくてはならないということだ。
それが失敗すれば、上で暴れた分の弾薬や燃料が全て無駄になるということだ。これからもまだまだ巡らなくてはならない場所がたくさんある。今回の作戦が無駄にならないために失敗は許されない。
『海中での特殊兵装も今作ってる最中。もうちょっと待って』
「あぁ、わかった。楽しみに待ってるよ」
そのまま作戦会議は続き、詳しい内容についてクリスから説明がありその日はお開きになった。それぞれ、空母に備え付けの部屋へと戻ってゆく。この船の最大収容人数は約3000人。だが、ここに乗っている人間の数は1000人に満たさない。これがレジスタンス部隊のもつ全戦力だ。
医療部隊は二手に分かれてこの空母に乗るチームと、現場で待機するチームに分けられている。そして、この空母に乗る医療チームにエレナの姿はなかった。これには多くの隊員に血の涙を流させた。
「おい、リュウイチ」
「ん? アドルフか」
「あのポンコツはどこだ」
「ゼロのことを言ってるのか? あいつは今ターナーと一緒に開発部に行ったぞ」
廊下を歩いている途中、話しかけてきたのはアドルフだった。あの食堂での一件以来、アドルフとは話をしていない。だが、このように廊下ですれ違うときに話しかけるような仲でもない。
アドルフはメガネを押し上げ息を少し飲んだ後、こちらに向けて深々と頭を下げてきた。
「すまなかった」
「....なに?」
「やはり、この作戦で人類を救うには。お前達の力を借りるしかない」
「ちょ、ちょっと待て。どういう風の吹き回しか説明してもらおうか?」
要約すればアドルフの話は食堂での一部始終を見ていた誰かがクリスに報告をしたらしく、そしてそこにアドルフの作ったレポートが重なったことにより、こっぴどく説教をされたということだった。
人類の未来を勝ち取るためには、どんな力でも使うというのがクリスの方針なのに対して、アドルフは人類は未来人の力ではなくこの時代の人類の力を使って戦うというのが彼の方針だ。そのように頑なに未来人の力を拒むという理由もわからなくはないが、やはり合理的ではない。
「それにしても。ずいぶんすんなりと謝るもんだな」
「当然だ。前にも言った通り、俺はトロいのが嫌いだ。それに、前提として、俺は未来人に勝たなくていけない。余計な感情を持って戦場に行けば射撃の精度が落ちる」
正面を向いたアドルフのメガネが軽く光る。その目は明らかに獲物を狙う獣の目だ。スナイパー部隊の中でもアドルフの射撃精度は群を抜いている。アンドロイドは皮膚は基本的に体全体が物理攻撃を受け付けない設計になっており、対戦車ライフルの弾丸すらも貫通させることはできない。
だが、アドルフはアンドロイドの唯一物理攻撃の通る箇所を知っており、そしてアドルフにしか狙えない箇所。
それはアンドロイドの『目』を狙うことで完全に破壊することができる。
1500メートル離れた場所でも、構造的に脆くなってしまうアンドロイドの目を狙って頭部を完全に吹き飛ばすことができる。そんな人間を敵に回した日にはトイレもオチオチしてられないだろう。
「そういうわけだ。次の作戦は、互いにベストを尽くそう」
「....水中で、こっちを狙ってくるんじゃないぞ?」
「あぁ、精々背中には気を付けろ」
差し出された手を強く握り、これで互いの壁は一旦取り払った。あとは、作戦の時に変な気を起こさなければいいだけの話だ。
そして、インディペンデンスで過ごす日々は過ぎてゆき。まず一つめの方舟のある場所。『モルディブ』へと到着した。
次回は金曜日に
では、また