2 食事と感謝
「ほいよ、持ってけ」
「あぁ、いつもサンキュー」
「ん? 隣のべっぴんさんは誰だ?」
「こいつ? こいつはゼロだよ。ほら、AIの」
「あぁ、あいつか。いつもこの唐変木をありがとよ」
「うっセェよ、クソジジィ」
食事の乗った銀のトレーを目の前で配膳を行なっているバナーから奪い取り、蛍光灯が照らす部屋一面に並んだ長テーブルでいつも座っている三番目の端の方に座る。そしてその隣に当たり前のようにゼロが座る。以前まで、ゼロは端末だったからこのように人型になって隣の席に座るというのは新鮮な光景だった。
『リュウイチ、またハンバーガーセット。偏った食生活は健康に著しく悪い』
「ウルセェな、好きなんだよ。これが」
『戦闘で死ぬ前に病気で死にそう。リュウイチ』
「縁起でもねぇこと言うなって....」
耳にはめたイヤホンのおかげで他人にゼロの声を聞かれることのないわけだが、はたから見たら独り言をしゃべっている変人にしか見えないだろう。そして、先ほど下で話された内容だが、長年食べ慣れてきたハンバーガーセットも食べれなくなると言うのは少し残念に思う。
ずっと正面を見ながら固まっているゼロだが、一体アンドロイドは何をエネルギー源にしているのだろうか。口はないから食事ではない、かといって電源コードもなければプラグのようなものも見当たらない。
『ゼロは空気中の酸素をエネルギー変換してそれを動力源にしてる』
「ちょっと待て。ということはお前の体の中に核融合炉があるってことか?」
『そういうことになる』
「....間違ってもぶっ放すんじゃないぞ....」
『言われなくても。メルトダウンを起こさないように三重にプロテクトされてる』
そんなとんでもない仕様とは知らなかった。今度から、アンドロイドを破壊するときは細心の注意を払おう。隣に核兵器が座っているという恐怖を身に染み込ませながらハンバーガーにかじりついていると目の前に人が座る気配を感じて正面に顔を向ける。
「いつもここだな、お前」
「ん? アドルフか、珍しいな」
「あぁ、俺も今自分のしている行動に驚いてるよ」
そう言いながら、銀のトレーを目の前において碧眼のメガネをかけた男が座る。元をたどればドイツ人の家系で年齢は、まだ30を行かないだろう。だが、まるでこの世の全てを切り離したみたいに、彼の頭は金色の芝生が生えたみたいに坊主だ。個人的に、顔はいいのだから坊主でなければ相当モテるだろうと思っている。
少し大きい音で目の前に座った彼の銀トレーの上には何も乗っていなかった。
「お前、食事は?」
「済ませた。生憎トロいのは嫌いでね」
「そうかい」
一体何の用だろうか。アドルフは一緒に食事をして親交を図ろうとするような人間ではない。彼の立ち位置がそうさせているのかわからないが、特に誰とも話そうともせず、そして孤独に訓練を続ける。そんな姿がすでに板ついている。
そんな彼を孤独たらしめたものの正体も、そしてこう硬く殻に閉じこもっているものの正体も、全ては彼の首からぶら下げられた指輪が物語っているというのは周知の事実だった。
「今回の作戦。隣のポンコツは置いていけ、話は以上だ」
「....そいつは無理な相談だ。ゼロは俺のパートナーだし、今回の作戦の要だ。お前の意見だけで決めるわけには....」
次の瞬間、目の前に分厚い紙の束が置かれる。そして、その表紙には『本作戦における、人類的救済策の提案作戦について』と記されている。表紙の題名を見る限り、先ほど話された作戦の内容に異議を唱える内容と、改変した概要についてが書かれているらしい。
試しに一枚めくって見ると、そこには数十題における議題と、綿密に書かれた作戦の手書きの文書がずらりと並んでいた。
「おいおい、これ本当に手書きで書いたのかよ。まだ作戦会議が終わってから3時間も立ってないぜ?」
「これはお前がクリスに届けろ。きっと意見を変えてくれるはずだ」
「どうして俺が。あんたが勝手に届ければいい」
「お前も読め。そして、旧人類の敵であるアンドロイドと共に行動をしていることの恥を知れ」
「....」
彼の表情はまさに鬼のような形相だった。そして、それを向けているのは自分ではなく、隣に座っているゼロだということに気づく。アドルフの持っている銀のトレーに力がこもり、徐々に音を立ててへしゃげて行くのが見える。
「落ち着けアドルフ。お前が未来人やアンドロイドを憎んでいるのはわかるが、こいつは全く無関係だ、もっと視野を広くしろよ」
「こいつは未来人の道具だ、そして俺たちが立ち向かうべき相手は未来そのものだ....っ! そんな奴らと一緒に連めと? ふざけるなっ!」
「っ!」
突如、銀トレーが目の前に飛び、思わず腕を交差させて防ぐが次の瞬間、交差した腕の間から現れたのは拳銃の銃口だった。
「....俺を撃つ気か? アドルフ」
「それもやぶさかではないかもな....なにせ、お前も旧人類かどうか怪しいのだからな」
「....っ、だからって同じ人間に拳銃向けるって道理は無いんじゃないか?」
アドルフの持つ拳銃が震える。すでに引き金を引きそうな勢いだが、それができないのは隣で座っていたゼロがアドルフの両腕をつかんでいるからだ。抵抗しようにも、アンドロイドの腕力に人間が叶うはずがない。
『軍規定違反を確認。このまま本部に連行することを推奨』
「ゼロ、やめておけ。俺が煽ったのも悪かった、離してやれ」
『....了解』
ゼロが手を離すのと同時、アドルフは大きく息を吐き拳銃を腰に戻す。軽く腕をさすっているところを見てかなり強い力で掴まれていたらしい。
ふとあたりを見ると、大勢の人間がこちらを見て驚いたような怯えているような目線でこちらを見ている。ここの食堂は軍部の人間も救出された人間も使う場所だ。罰が悪くなったのかアドルフは軽くゼロの方を睨み付けると目の前においた書類を拾い上げ立ち去ろうとする。
「おいっ!」
「....何だ」
「....バナーの爺さんにトレーのこと謝ってから行け、あとレポート。うまくできてると思うってゼロが言ってたぞ」
「余計なお世話だ」
アドルフの後ろ姿がしっかりと配膳のバナーのところに向かうのを確認すると食べかけのハンバーガーを拾い上げ再び齧り付く。周りで見ていた人間も騒ぎが収束したの見届けてからそれぞれテーブルに着いて食事を始めた。
『リュウイチは甘すぎ。あのような人間は一回痛い目を見ないとわからない』
「何だ、心配してるのか? 珍しいな」
『人間の思考パターンは理解不能。どうしてこの発言でゼロがアドルフ=エアハルトを心配してるのか理解できない』
「いいんだよ。だんだん人間に思考が似てきてる証拠だ」
『やっぱり理解不能』
ハンバーガーを食べ終え、次はポテトに手を伸ばす。作戦の出発は一週間後だ。それまでに色々と準備をしておかなくては行けない。武器の調整の他にも、この作戦が終わるまではここに戻ってこれることはおそらくできないだろう。そのためにも色々とやらなくてはいけないことがたくさんある。
そんなことを考えていた時、ゼロの音声がイヤホンから流れてきた。
『リュウイチ、前方右斜め28度、34メートル先。ターゲットを視認』
「ぶっ! マジかっ!」
『作戦コード「ドキドキ。レジスタンス本部デートプランNo.47」の実行開始。リュウイチ、今回の成功確率は59%』
「今まで修羅場をくぐってきたんだ....こんくらいのミッションやってやらぁ....っ」
ゼロの言う通り、右斜めを見るとそこにはブロンドの髪を後ろに束ねて白衣を着込んだすらりと背の高い女性が銀のトレーを持って席に座るのが見える。銀フレームのメガネがその凛とした表情をより知的に、より魅力的に見せている。思わずため息が出るような美しさだ。
『リュウイチ、作戦行動まで残り20秒』
「っぷ! 急かすなって」
急いで口の中にポテトを放り込み、水で腹の中に無理やり押し込めるといち早くトレーの上に乗った紙くずをまとめ上げ席から立ち上がる。少しもつれた足で近くの椅子に足を引っ掛けながらガタガタと大きな音を立てて彼女の座る席へと近づいてくる。
『ターゲットの接触を視認。これより、音声指示に移行』
「頼むぞ....や、やぁ。エレナ、久しぶりだな?」
片手を上げて目の前の女性に声をかける。エレナはここレジスタンスの医療部門のトップに当たる人間だ。自分より多少年上なものの、その優しい眼差しは多くの若い人間の心をつかんで離さない。
そして、自分もそんな人間の一人だった。
「ん? リュウイチ? リュウイチじゃないっ! この前の作戦大活躍だったんだってねっ! おめでとうっ!」
「あ、あぁ。ありがとうエレナ。あはは....」
とても明るい表情でこちらの手を握り喜んでいるその姿はとても年上とは思えない仕草だ。そんなエレナの表情を見ながら、後ろで様子を見ているゼロに目配せをする。軽く頷いたゼロは再びイヤホンに音声指示を入れてきた。
「えっと、エレナは最近どうなんだ?」
「ん? 最近ねぇ.....医療品が不足がちで困ってるって感じかなぁ。包帯も抗生物質も足りないし、後そろそろインフルエンザの季節でしょ? ワクチンを作るのも一苦労。配給制じゃ厳しいなぁ」
「そ、そうなのか。えっと....今度また戦闘に行ったときは怪我をしないようにするからさ? エレナにも安心させたいし?」
「そう、ありがとう。私も、みんなにはあまり怪我をしてほしくないわね。そういうお仕事だからしょうがないのだろうけど」
音声指示に従って言葉をつなげていくが正直自分で考えた作戦であって、そしてゼロが修正をしてたとしてもこう行ったことは『ノアの方舟』に単身で乗り込むよりも緊張する。
『バイタル上昇を確認。深呼吸をして』
「フゥ....スゥ....」
「えっと....大丈夫? 顔が赤いけど」
「えっ! あ、いや。大丈夫大丈夫っ! うん、全然平気っ!」
「ねぇ、さっきあそこで弟とすれ違ったんだけど。ものすごく怖い顔してて....なんか知らない?」
「ん? あ、あぁ。いや、俺はし、知らないけど?」
「....そう、わかった。顔が見れただけでも嬉しかったわ。またね」
そう行ってエレナはまだ食事の乗ったトレーを持ったまま席を立ち上がる。こちらを微笑んで軽く手をふるとそのまま食堂の出口へと消えて行った。たった数分の出来事だったはずなのだが、本人にとっては数時間にもわたる戦いに思えた。
『作戦コード「ドキドキ。レジスタンス本部デートプランNo.47」失敗を確認。ターゲットとの接触時間は2分12秒、今までで最高記録』
「....はぁ....また明日か....」
『ダメ。今日が最後の機会、以降は食事のタイミングとエレナ=エアハルトとの勤務シフトが一致しない。それ以降も食事以上に時間を取れるような接触は困難。あとは作戦当日もそのまま会えないで出撃になる』
「マジかよ....」
元の席に戻って、ひどく落ち込みながら頭をテーブルに突っ込む。今日こそはと思ったがやはり上手くいかなかった。常に、食事の時はこのテーブルを利用するのもゼロの指示でここならばエレナに会える可能性が高いと言うことで、毎回この席に座っていたのだが、とうとうエレナとまともに話をすることなくこのレジスタンスを去って行くことになってしまった。
『大丈夫、外見の一致する人間は全世界に3人いると言うデータがある。任務先でもエレナ=エアハルトと同じ外見の女性が現れる可能性がある』
「そういうことを言ってるんじゃないんだよなぁ....」
机に顔を突っ伏したまま動かずにいると、食堂内のアナウンスで客の入れ替えを行うためいま食事をしている人間は退出するようにという内容が流れる。仕方なく、のそりと起き上がり銀トレーに乗ったゴミを共用ゴミ箱に放り込んで両手をポケットに突っ込んだまま食堂から出ていった。
外に出ると、そのまま自室へと向かう。ここ、レジスタンスのある地下での生活は基本的に地面への雑魚寝だ。だが、軍事に関係する人間は一人一室与えられる。シャワー設備などは共同で時間が決まっているのだが、こういった体制について不思議と誰も文句をいうことはなかった。
部屋に入ると、数日留守にしていたこともあってか若干埃臭い。そして床に散乱した衣服の類と、武器の手入れ道具をため息をつきながら足でどかしてゆく。後ろにゼロが付いてきているがそんな彼の様子を無言で眺めていた。
「はぁ、もう寝よ」
『片付けをしてから睡眠をとったほうがいい。そうしないとゼロの座る場所がない』
「あぁ、そっか。もう端末じゃないんだもんな。なぁ、アンドロイドって寝るのか?」
『システムをダウンさせることで電力消費を抑えたりできるけど。人間の睡眠とは異なる。別に電気羊の夢とか見たりしない』
「電気羊? まぁ、なんでもいいけど。少しはその優秀な頭脳を休ませておけよ。また明日から忙しいから」
足元に散らばった衣類を適当に放り投げ、銃器の手入れ道具も一通りテーブルの上に並べたところようやく部屋の床が見えてきた。そこに椅子をおいてゼロを座らせる。ベットは一つしかないため、そこにゼロを寝かせるわけにはいかない。それに睡眠の必要がないアンドロイドにベットを貸し与えても意味がないだろう。
「これでいいか?」
『十分』
「そうか....今日はもう疲れた」
『今日は何をかける?』
「そうだなぁ....適当にジャズでいっとこうか。ブルース系のな」
『了解、プレイリストを製作中。製作完了、再生』
部屋に備え付けの小さなスピーカーから鳴る悲しげなトランペットの音。あまり滅多なことでは聞かないジャズだが、このズタズタの心に妙にしみる歌声だった。
Chet Baker 『But Not For Me』
「お前って本当に選曲のセンスあるな」
『当然。ゼロは世界一のAI』
「歌詞聞いてるだけでも滅入るよ。全く....」
目を閉じれば耳に入ってくるベースの音が徐々に眠りへと誘う。どこかで誰かが泣いているような声が聞こえた。それは、一体誰なのだろうか。記憶の底にある、妹の姿だけがぼんやりと見える。
夢の中なのか。
無機質な白い壁に囲まれて、妹とふたり。顔も思い出せない、ただその後ろ姿はとてもよく覚えてる。自分と同じ黒い髪を腰まで伸ばして、上から順番に寸分の違いもなく髪を編み込んでゆく。
『お兄ちゃん下手っ!』
『うるさいなぁっ、頼んだのはお前だろ?』
目の前で悪態をつく妹。そして、その姿を見ている自分の幼き姿。ふと外のガラス張りの窓をみれば、奥でアンドロイドたちが観察をして何か記録をとっている。その姿を見て思った。
何が何でも、彼女を脅威から守らなくては。
背後からその細い体を抱きしめその温もりを確認する。
だが、暖かかったはずの背中は徐々に冷たくなり。そして、いつの間に肌に感じるその柔らかな肌の感触は無機質な合成皮膚の冷たさへと変わってゆく。
『ドウシタノ....オ、オ、オ、オ、オ、オ、オ、ニイイイイイイイチャン?』
虚ろな黒い穴が、妹の顔にべっとりと張り付いていた。
はい、それでは次回の更新は火曜日になりまーす。
感想とブクマ待ってまーす。