1 地上の火
かつて、地上はその時代を生きる人類の物だった。文明の利器にあふれ、空では鉄の塊が飛び交い、どこもかしこも人工の光で照らされ太陽などは不要と言わんばかりに夜の暗闇の時間ですら、それは人類の物だった。
繁栄を迎えすぎて暇を持て余した人類は様々な破滅願望を描くことになる。それは、地球外生命体の侵略か、地殻変動による活火山の爆発か、核戦争による滅亡か。
だが、今を生きる人類に破滅の危機をもたらしたのは。どちらでもなかった。
人類の敵たるものとなったのは、未来の人類だった。
それは突如現れた。普段広がっている青空に突如として亀裂が走り、そこから虹色の光が溢れ出した。その光は世界各地で観測され、東京、シンガポール、平壌、サンフランシスコ、ロンドン、パリ、アフリカ、サハラ砂漠。亀裂の規模は全長にして数十キロという大きさだったとされている。
その至る所で空の亀裂と虹の光を多くの人々は一瞬ではあるがオーロラと勘違いしたそうだ。しかし、その勘違いはすぐに覆されることとなる。まさにそれは『世界の終末』の始まりだった。
亀裂の隙間からこぼれ出た黒い物体は、一瞬にして地上に大きな光を落とした。そしてその光とともに鼓膜が破れるほどの爆音があたり一体を包み込んだのだ。人々はパニックになり、車を運転していた人や歩道を歩いていた人間は突然起こった出来事にその場に足を止めた。その時、誰しもが大きな事故を起こすものと考えていただろう。だが、立ち上がる前にそこにいた全ての人々は自分たちの体が動かないように見えない何かで拘束されていることに気づいた。
次の瞬間、聞こえて来たのは『声』だった。それは、人々の頭の中に直接語りかけられているように先ほどの爆音で耳が聞こえないはずだった。だが、こうして聞こえてくるこの声は果たして人のものか、それとも神の御技か混乱していた。
『これより、貴様らを旧人類と呼ぶことにする。どうも、初めまして。我々は旧人類の子孫だ、言い方を変えるのであれば我々は未来人ということになる』
その言葉は、現在同じ状況を起こしている全世界に対応した言語でほぼ全人類に届いていた。日本語から英語、中国語、ポルトガル語、様々な言語でその言葉はほぼ全人類に届いていたのである。
『我々がこうして赴いたのは他でもない。貴様ら旧人類のツケの清算に来たのである。貴様ら旧人類が行なった環境破壊や戦争による影響で我々のいる未来では文明が衰退、未来の地球での環境では人類が普通に生存するには厳しい環境となってしまった。よって、貴様らの時代まで遡り旧人類を管理し、継続した人類の幸福と生存のために旧人類の管理を実行することを、ここに宣言する』
次の瞬間、人々の拘束が外され体の自由がきくようになった。しかし、拘束が外され自由になった身も関わらず、人々は逃げることもなくただ夢遊病者のように立ち上がると、のらりくらりとどこかを目指してゆったりと歩いてゆく。そして、世界各地から人類の姿は見えなくなった。
いつの間にか地上には、この世界の、この時代の建造物とは思えないほどの高い塔のようなものがいたるところで確認されるようになった。後にこの事態を奇跡的に逃れた人々はこの出来事を『最後の審判』と呼んだ。そして、多くに旧人類が収容された塔のような建物を『ノアの方舟』と呼ぶようになった。
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「これが今までの経緯だってことは....」
「へいへい、ようわかってます」
「だったらこのレポートは一体何?」
目の前に突き出された白い紙にはびっしりと何かが書かれている。そこには、今までの作戦でしでかしたあらゆる原因と要因、そして結果が事細かにプリントされていた。そして、それを突き出しているのは、クリスという元アメリカ軍人の女性、高いカリスマ性と教育力でレジスタンス部隊を一から育て上げ、まとめ上げている今年で50になるクリスだ。
「私たちは、未来人からこの世界を取り戻さなくてはいけないの。そのためには死力を尽くしてね。でも、この部隊で一番の戦力であるあなたがこんなことでは示しがつかないわ」
「でも俺が入った作戦は今まで一度も失敗してないだろ?」
「そういう話をしてるわけじゃないの」
クリスは胸を指差し『心構えの問題よ』と一言。同じように、こちらの胸も同様に指を差す。そして、レポートをこちらに突き出すとそのまま去って行った。クリスの言わんとする事はわかる、余裕を持って戦っていればいずれ足元をすくわれるという事なのだろう。
この戦争は、まさに未来との戦いだ。レジスタンス本部のある、地下200メートルのシェルターもいつ敵に見つかるかわからない。武器や、戦える人も限られている。やはり気をぬくべき時はないのだろう。
「でも、好きな曲を聞くくらいの時間はあってもいいと思うんだけどねぇ....」
『リュウイチ、レポートは気に入った?』
「ん? あぁ、とっても気に入ったよ。あ・り・が・と・さ・ん」
『学習領域に「皮肉」を追加』
嵌められたイヤホンから無機質な女性の声が聞こえる。どうやら、地下シェルターの監視カメラにアクセスをして一部始終を見ていたらしい。後ろを振り向くと、露出した岩肌に組み込まれた監視カメラの首がこちらを向いてるのが見えたので手を振る。
その時、ちょうどその下にあった扉が開き、そこから一体のアンドロイドが出てくる。その形状はとても見覚えがあり、それは前回の作戦で回収したものだということに気づく。
そして、そのアンドロイドは徐々に近づいてきて、ちょうど10歩手前あたりでピタリと停止した。
『どう?』
「あぁ、まるで人間みたいだぜ。ゼロ」
『そう、良かった』
ゼロ。それは、このレジスタンス部隊において、唯一無二の最先端ハッキング用AIで会話によるコミュニケーションから『ノアの方舟』の侵入に至るまで、これまでのレジスタンスの戦いを大きく変えた存在だ。
今目の前にいるのは、回収したアンドロイドにゼロのAIを組み込んだもので、方舟にいた時とは違い、戦闘用の防具は身につけておらず人間の洋服を身につけている。体型から見て女性型というのはわかる、露出した肌は人間のものに近いが、やはりどこか無機質でマネキンが服を着て歩いている感じが拭えない。
そしてだ。自分の口元を指差しながら答える。
「その口当て、似合ってるぞ」
『クリスがくれた』
「そうか」
未来からやってきたアンドロイドには会話の必要はない。ただログのように仲間と通信をするだけでいいので、余分な器官は省かれている。口もまたその一つだ。今、目の前にいるゼロは黒い布ようなものを口から首にかけて身につけている。ここにいるのは基本人間だ。口のない人間そっくりなアンドロイドがいたら気味悪く思うだろう。
「ほら、来いよ」
『何をする? メンテナンスはすでに終了済み』
「いいんや、まだ終わってないぜ。ほら」
手招きをして、ゼロを呼び寄せ近くにおかれたドラム缶の上に座らせる。そして、彼女の髪をそっとまとめた後、編み込みを入れてゆく。
『何をしてる?』
「お前も女の子なんだから。人間らしい格好してるんなら、おめかししないとなぁ?」
『AIに性別はない。それに、このような細工は戦闘において意味がない』
「意味がなくても人間はこうやって着飾ったりするもんなのさ」
ゼロの短い髪を編み込みながら、昔妹にもこのように編み込みをしたことを思い出す。アンドロイドの無機質な髪の繊維が、記憶の中では人間のしっとりとした肌触りの髪に置き換わってゆく。昔のことを思い出しながらゼロの髪をまとめていると、自然に口元から笑みがこぼれていた。
「そら、どうだ?」
髪から手を離し、足元に落ちていた割れた鏡をゼロに手渡すと、そこに写った顔をまじまじと見始める。
『リュウイチ、はっきり言って下手』
「あっそ、そりゃ悪かったね」
確かに、よく見れば左右のバランスが悪いし、人間の髪質ではないから所々髪の毛がはみ出てたり飛び出したりしている。久しぶりにやったせいか、あんまり昔通りうまくいかなかった。
だがこちらを振り向いたゼロは少し目を細めている。少ししかない表情の現れだが、これがアンドロイドに許された唯一の表情表現だ。
『ありがとう』
「どういたしまして」
ゼロが立ち上がり、しばらく遠い方を見ているかと思えばこちらに向き直り真っ直ぐこちらを見ているかと思うと腰からハンドガンを取り出してこちらに手渡してきた。
『こっちもメンテナンスが終わった。何度も言うけど、武器の開発と生産は専門外。違う人員を導入することを推奨する』
「お、サンキュー。いやぁ、毎度助かりますわゼロさん」
『無視しないで』
受け取ったハンドガンの『雷神』は綺麗に整備されていて空打ちをしても動作に異常は見られなかった。この携帯型武器モデル『エレクトリカ』と言う名前の武器はゼロが設計、制作をした。
このレジスタンスに置かれている武器は基本的に拳銃であったり突撃銃であったりと、未来人の扱うものに比べれば明らかに見劣りする旧式のものだ。しかし、ゼロの開発する武器は遠距離から近接戦闘において未来人の武器と互角の性能を持っている。だが、こちらの技術不足というのもあり開発には時間とコストがかかる。よって、自分が持っている『雷神』はこの一丁しかない。射出されるプロジェクタイルやマガジンも限りがある。
『リュウイチ、召集命令のメールを確認。場所はB24階、第二作戦司令室』
「はぁ、昨日帰ってきたばっかだってのに。人使いが荒いこったよ」
『過去のデーターベースから類似する環境を発見。「社畜」「ブラック企業」などが挙げられる』
「今も昔もやってることが変わんねぇんじゃ世話ねぇな」
『リュウイチ。ゼロも社畜?』
「あぁ、俺もお前も社畜だ」
膝を叩いてから、地下へと続くエレベーターの方へと向かう。通り道にはたくさんの人間が雑魚寝していたり、体育座りで暖をとっていて。そういった人たち軽く手をあげて挨拶をかわしながら、エレベーターの方へと乗ってゆく。
手動で扉を開け、中に乗り込み降りる階数までレバーを手前に倒すとゴウンと重い音を立てて二人を乗せた古い金網貼りのエレベーターはさらに地下深く降りてゆく。この地下は今でも広くなっていっており、救出された人間が増えれば増えるほどにその広さを拡大し続けている。
『リュウイチ、データーが届いた』
「....結果は?」
『救出対象人物895672人中、DNA検査による親族判定者は0人』
「....そうか」
『....大丈夫、きっと見つかる』
「ありがとよ、さ。着いたぞ」
先ほどと同様に手動でエレベーターの扉を開けて二人は中から降りる。降りた場所はまだ開発が進んでおらず、岩肌が露出しているのは上と同じだがまだまだ荒く、少し触れると指先に湿った土がつく。
目線の先にある廊下も発電機を回してつけているライトが壁に沿って備え付けてあり、十分な明るさではないがかろうじて見えていると感じか。
閉める地面を踏みしめて進むと、壁に埋め込まれたかのように鉄製の扉が嵌っている。そこを二回ノックすると、扉の向こうから厳重に閉ざされていたのであろう大きなギリギリと鉄と鉄がきしむ音が向こうから聞こえてくる。
「早かったな。お前にしては」
「よぉ、マイク。今日はこいつがいたからな」
「ゼロちゃんに子守りされてるようじゃ、まだまだだな」
差し出された手を握り互いに握手を交わした後ハグをする。基本、このレジスタンスでは通常会話は英語だ。というか、英語以外話せないというのが現実だ。このレジスタンスが立ち上がってからというものの、一番の壁は言語だったらしい。そこで、部隊では英語以外の言語の発言を禁止したとのことだ。
「双子の兄貴はどうしてる?」
「あぁ、あいつは今回の話に関係ないからな。今、第一作戦司令室で話をしてるよ」
「そうか、俺が呼ばれたってことは....」
「あぁ、ゼロちゃん関連の話だな。よっ、ゼロちゃん。元気か?」
「....AIに元気もクソもないだとよ」
「釣れないなぁ、そろそろ俺にもそのお声を聞かせてほしいねぇ」
横に立つゼロに覆いかぶさるようにしてマイクが扉の枠に腕を押し当てる。アンドロイドとはいえ、身長はそこまで高くない。それに比べマイクは頭二つ分ゼロよりも身長が高かった。そして、そんな様子をゼロは生気の抜けた目でじっとマイクの顔を覗き込んでいる。
「悪いねマイク。このゼロ、俺専用なんだ」
「チッ、また今度にするか。そんじゃ、二人っきりの時にな」
マイクがゼロから離れ、部屋の中へと進んでゆく。部屋の中も発電機で回した灯で照らされていてまだまだ作業の真っ最中という感じだが、中に用意されている備品の数々はこれから話されるであろう内容の重さを示すものばかりだった。
「そこにかけなさい。リュウイチ」
「失礼します」
並べられたパイプ椅子の一番前に腰をかける。そしてその隣にゼロが同じように座る。目の前に立ってプロジェクターを作動させているのはクリス、そしてマイクだ。それ以外に見知った顔がいくつも自分の後ろの席で座っている。思い違いでなければ、全員前衛に立つほどの先鋭だった。
「全員揃ったようね。リュウイチが遅刻しなかったおかげで早く進みそう」
クリスのこの一言で、緊張で張り詰めていた部屋の雰囲気が一転する。それぞれ思うところがあったのか中には軽く吹き出し笑いをこらえるものもいる。自分自身をダシに使われては元も子もない。
だが、一人だけ。眼鏡を押し上げ、位かにも糞真面目を代表したかのような男が一人、声を低くして答える。
「さっさと始めてくれませんか? 不愉快だ」
「....そうね、アド。始めましょう」
ちょうど、ゼロの隣に座っている男。アドルフが手を挙げ発言した後、再び周りの空気が元の緊張感で張り詰めたものへと変わる。クリスは軽く呼吸をした後マイクと目配せをすると、プロジェクターが起動し目の前のスクリーンには世界地図と思しきものが映し出される。
「さて、我々旧人類はその人口のほとんどが未来人に捕らえられて『ノアの方舟』に捕らえられている。そこまでは説明しなくてもわかるわね?」
全員が同じタイミングで頷く。それを確認したクリスは再びマイクに目配せをすると続いて映し出されたのは世界地図に多数の赤い点が表示されたスライドだった。
「これまでの作戦において救出してきた旧人類の数はおおよそ300万人ほど。捕らえられた旧人類の数に比べればほんの少ししかいないけど、これでも前進してるわ」
そこで。
と話は続く。
「これまで潜入してきた『ノアの方舟』の通信データログをゼロにハッキング解析をしてもらった結果、今確認されている『ノアの方舟』の数は8072機存在してることがわかった」
8072機。全世界の人口が80億人と想定して、だいたい一つの『ノアの方舟』に約100万人収容されている計算できる。今回救出したのが90万人弱だからおそらく居住地域の人口の分布で収容されている人数は偏っているのだろう。
話は続く。
「今回、ゼロにハッキングさせた『方舟』のデータログには『方舟』の全体構造の設計図まで含まれていたことが発覚したの。けれど、現在の建造物ではないため、その詳しい内容はまだゼロに解析してもらってる最中だけど、興味深いことがわかったわ」
次に映されたスライドには嫌という程見てきた『ノアの方舟』の全体像が映し出された。そこに書かれている記号や専門用語であったり数式は全くもってわからないが、『方舟』全体を動かすための中心にあるサーバールームや人間を収容する部屋のようなものが描かれているのが何と無くわかった。
そして、映し出された『方舟』とは別にもう一つ、別の設計図らしきものが描かれているのがわかる。
「この隣に描かれているのは、どうやら『方舟』の中でも重要な役割を持つものであることがわかったわ。その『方舟』には特殊な防護装備がされていて、通常の『方舟』に比べて兵装も、外装も、セキュリティーも全て10倍の強度に設計されてるらしいの」
クリスの言わんとしていることが理解できた。つまりは、その防護装備がなされている『方舟』には何かがあるのかもしれないということだ。
「これまで、10年以上レジスタンス部隊として戦ってきたけど。未だに未来人との接触はできていない。もしかしたら、これは未来人と接触できる最初で、最後のチャンスになるかもしれない」
「最後の....? それは一体?」
気にかかっていた言葉に、一人の人間が声をあげた。すると、クリスはその神妙そうな面持ちで正面を見ながら軽く息を吐くと苦しそうにその言葉を口にした。
「....ここ、地下での食料と備品が多く見積もって。後3ヶ月で底をつきます」
その瞬間、全員の呼吸が止まった。プロジェクターを操作していたマイクも目を丸くしてクリスの顔を見ている。
地下で暮らしている人間の食料や衣服などは地上の食料であったり、タネなどから栽培を行ったりして賄っている。しかし、未来人が地上の開発を続けるために食料を地上で得るのが難しくなり、そして栽培で救出してきた旧人類の食料を賄うのは限界がある。元々、この地下は核戦争を想定して作られた100年先を見越したシェルターだったのだが、想定以上の収容数で拡張をしたため結局、貯蓄されていた水や食料も数少なくなっていたのだ。
「我々は、最低でも3ヶ月以内に未来人と接触をして交渉をしなくてはいけません。これより軍事作戦の指示を行います」
次回は日曜日に更新しようかな。
まぁ、気楽にね。