ー第2話ー
「180にするべきか、200にするか、それが問題だ」
ゲーム内の職業の事で悩んでいた戸山夏子は未だに悩んでいた。なぜならゲーム内の生物にはスタミナが数字として設定されていた。そのため、重い物を持っていたりすると、スタミナが早く減る。これは騎乗する馬にも適用されている。
身長180センチの人間と身長200センチの人間を同じ体重にするのは、ゲームのシステムとして出来る。が、夏子の美意識として200センチでヒョロっとしているのは、ゆるせないらしい。
身長200センチ、がちむちプレイヤーで馬に高い負荷をかけて、ろくに乗馬できないルート。身長180センチでさわやかプレイヤーでさっそうと馬に乗るルートにするか。
彼女が悩んでいるのは、こういった問題だ。ゲームが進めば馬も強くなる可能性もあるが、不確実だ。
こういったゲーム内でのメリット・デメリット以外にも悩んでいるポイントがある。
普段の生活からして身長165センチ以上は背が高い人。180センチ以上は視線を合わせるのに立ち位置を考えなくてはいけない化物クラスの人だ(失礼)。2メートルの身長など、彼女からするとお伽話か神話の中のことだ。
数字が大きすぎて現実感がわかない小市民的とまどいがあり、200センチは見送ることにする。
「うーん、身長180センチでやってみて違和感あるか、試してみよう」
自分のアバターを好きに変更できる世界初のゲームだが、世界初だけに色々と不具合が心配されていた。
自分の本来の身長や性別を変更することで、不具合がでることはないとメーカーは言っている。が、多くの人は本来の姿を変えると危険という従来の技術による先入観はまだ消えていない。
「やっぱりオトーさんより高くなる182センチにしよ」
戸山夏子は背が低めだが、不思議と父は背が高く身長約180センチあった。本当は178センチだが、父は娘には180センチあると言い張っているので、そう信じている。
反抗期の時期には見上げながら喧嘩していた。どういうわけか両親は身長が160センチ以上ある。
自分の成長が見込めなくなった頃、健康診断で昨年と身長が変わらないことが2年続いた時が最も苛烈な反抗期であった。
親と大喧嘩したこともある。その時に母親が流した涙は、ほろ苦い思い出である。
そうして現在、そういった悔しさをバネに身長が高く出来るVRの世界に旅立とうとしている。
いよいよネコ大陸の購入がすみ、戸山夏子はゲームを開始しようとしている。
そうしてネコ大陸のオープニングムービーが始まる。はじまりは静かで、だが荘厳な曲がながれる。
「スキップ!」
スキップ機能が搭載されてないようでムービーは続く。苦難の旅の末に新大陸を発見する帆船、しかしそこに降り立った船長たちが探検からいつまでたっても帰ってこない。しょうがなく引き返す船員たち。王に渡される報告書と悪人顔の重臣との会議シーン。不安をかきたてるようなドラムとベース。
「スキップ!!」
残念ながらムービーは続く。そして王と対立しているらしい王女に新大陸への冒険と植民が命じられる。王女は城下町で、農村で、山間の教会で、放浪する民に、港町で仲間をみつけていく。そこにトランペットの勇壮な曲もあわさり王女の民を思う気持ちと新大陸での希望と不安、感動的なシーンが。
「スキップ!!!」
感動的なシーンが見られることなく終わった。
そうして大きな木造船、新大陸に向かう船の一室と思しき部屋にてキャラメイクが行えるようになったようだ。
船室はあまり広くない。2段ベットが一つ、小さな窓がある。中央に黒猫がすわっている。
「僕の名前はエドガー。キミの冒険をサポートするAIだよ。まずは名前から教えて?」
そう言われて名前の入力画面があらわれる。
「夏辺野トビラ。私の名前は夏辺野トビラよ」
「『夏辺野トビラ』で間違いないかい?じゃあ、アバターの作成だけど登録されたデータのものを使用する?」
「一応、データを確認させて」
「はい、これで良いかな?」
「うーん。なかなか美形にできたわね。けどちょっと微調整するわ」
「はい、どうぞ。音声認識以外で入力する時は教えてね」
それまでアバターは画面の中で確認していたため、3次元にした時に違和感がないか最終調整していく。彼女はアバターの出来栄えを早く確認したくてオープニングをスキップしていたようだ。
そうして実際に身体を動かしたり、表情を作って不自然な点がないかを確認していく。
ゲーム会社もアバター作成システム補助をしていて恐怖を覚えるような外見にはならないようになっているが、いわゆるネチケット、ネット生活のマナーとして自分でもチェックを行う。
「うん。これでアバター調整は完了するわ」
「うん。わかったよ。なかなか素敵なアバターだね。じゃあ、次は職業の決定だね」
黒猫エドガーの(プログラム的にどんなアバターにも言う)お世辞と共にどこからともなく出口の方の扉にダーツの的のようなものがあらわれる。そしてルーレットのように回転を始める。
さらにキャラクターの方のトビラの手に3本のダーツが握られている。いつの間にか夏子からトビラへと意識が移動していたようだ。
「おぉ!これが180センチの視点!?」
いつの間に!?とか、ダーツなの!?とか言いそうな所であるがトビラは、それどころではなかった。自分自身の身体が180センチ(正確には182センチ)あることに感動していてワナワナするのに忙しかったからである。
「これが、こんなに、夢にまでみた、、、」
と震えながら両手を自分の顔のあたりに持ち上げた所で
「あっ!」
3本ともダーツを取り落とした。
すると床に落ちるかと思われたダーツが床上10センチ位のところで
カクンと音がでそうな急上昇をみせ、
ルーレットの的めがけてギュンと効果音がつきそうな猛スピードで飛んでいくではないか。
「え、ちょ、まっ」
と、トビラが高身長男性アバターに似合わない感じで焦っていると
ババーンというサウンドエフェクトと的に突き刺さるダーツの矢。
「おめでとう!トビラは『サモナー』、『魔法使い』、『吟遊詩人』から職業をえらべるよ!」
と黒猫エドガーが告げる
「え?サモナー?」
「うん。そうだよ。色々と工夫しないと強くなれない職業だし、人数も多くない。だけど、ここぞという場面で活躍できる最終兵器、それがサモナーだよ」
黒猫エドガーは高レア職の共通のセリフを口にする。そのあと空中にペーパーディスプレイのようなウィンドウが表示される。サモナーの詳しい説明文が載っているようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
サモナー
召喚魔法という独自の術を修めた者。
自分自身の経験と大精霊の加護のもと、
召喚獣と呼ばれるモノを使役する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
トビラは
「騎乗できる!?しかもレア職じゃない!やた!!」
と喜んだのも束の間、
「あ、でも不遇職か。どうしようかな」
と悩みだした。
夏子が騎乗できる職業を一通り調べた時にサモナーはβテストで序盤は最強の職業と言われたが後半では一番の不遇職、地雷キャラと言われていた。
召喚獣はランダムの要素が強いため、扱いが難しい面もあった。が、序盤はメリットが大きかった。
と言うのも、このゲームでは最大6人のパーティを組んで冒険をする。その時にサモナーはパーティの枠とは別に1体の召喚獣を呼ぶことが出来た。このため最大6人の通常パーティに比べて召喚獣をふくめると7人(6人プラス1体)で行動できるメリットは大きなアドバンテージになった。
序盤ではサモナーがいるパーティこそ最強への近道と言われたのである。
しかしサモナーの栄華は長くは続かなかった。
ゲームのシステムとしてレベルアップの時にもらえるスキルポイントを割り振ることでキャラクターの特徴を出すと共に強化されていく。
サモナーも他の職業もスキルポイントは2ポイントづつである。だが、サモナーはスキルツリーの育成方針が立てづらい。他の職業は職業専用スキルを育てれば大きな問題にはならない。が、召喚獣を強化するスキルとサモナー本人を強化するスキルツリーが全く別々になっていることから、育成難易度が高いと不評である。
サモナー本体を優先してスキルアップするとサモナーの特色である召喚獣が弱いまま。召喚獣を強くしてもサモナーが倒されると、召喚獣も消えてしまう。では、均等に育てるとパーティを組んだ時に微妙な戦力が2体になる。
多くのプレイヤーは上記のように認識している。
特化型に育てた精鋭6人パーティのほうが、戦力的に穴になるキャラがいる7人パーティより、強いのがネコ大陸の王道である。
最初は弱いけど、後半は強いタイプはゲームに限らず小説でも漫画でも人気だ。
最初は強いけど、後半に行くに連れて弱くなるキャラは小説や漫画ではネタキャラ扱い、ゲームではパーティに入れてもらえなくなる。こうしてサモナーは不人気になった。
「不遇だけど、馬が召喚できるからなぁー」
サモナー以外の職業では馬を手に入れる必要がある。それは購入であったり、イベントであったり、入手経路は複数ある。しかしゲーム開始時点では馬はいない。トビラはサモナーは召喚できれば、ゲーム開始時点で乗馬可能、と思ってしまう。身長20センチ下げた甲斐があったものだと思えてくる。
それにトビラの目的は高身長で遊ぶこと、頼れる兄貴キャラをロールプレイしてエンジョイすることだ。ガチで攻略する気はない。
「じゃあ、これで職業を決定するね。サモナーとして頑張って!」
結局、黒猫がこう言うのは必然だったようだ。
「さて、次にスキル選びだよ。スキルは職業専用スキルと共通スキルがあるんだ。サモナーは戦闘獣召喚、魔法獣召喚、補助騎獣召喚の3つがあるよ。共通スキルとあわせて4ポイントあるからじっくり選んで」
職業専用スキルは職業独自のスキルであり各職3つある。職業スキルは平均的に上げても良いし、一つを極めてもよい。が、特化させるのがメジャーである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
戦闘獣召喚術
近接戦闘が出来る召喚獣を呼び出し使役できる召喚術
レベルがあがると戦闘獣の潜在能力をひきだせる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
明記されてないが狼に似た動物が召喚される事が多いとβテストでは報告されている。サモナーの中では圧倒的な人気ナンバーワンのスキルである。他にレアな召喚獣としてチーターなどが確認されている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
魔法獣召喚術
攻撃魔法・補助魔法・回復魔法を使いこなす召喚獣を使役できる
レベルが上がると召喚獣の潜在能力を引き出せる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ピクシーとか、フェアリーのような召喚獣を使役できる。ところで妖精って召喚『獣』なのか?他にもスライムのような種も確認されている。
召喚獣が距離をつめられると危険なのでサモナー本人が戦闘できないとソロでは難しくなる。あまり人気が高くない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
補助騎獣召喚術
様々な恩恵を召喚主にもたらす補助に徹する獣を喚び出す術
レベルが上がると召喚獣の潜在能力を引き出せる
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
馬タイプの召喚獣をよべる。ロバのような召喚獣も発見されているが、育てているプレイヤーが少なく情報は少ない。
探索がメインのゲームであり移動が楽になるので、取得人数はかなり多い。しかしメインのスキルにしている人はほとんどいない。
ネコ大陸の仕様は召喚術は同時召喚数が1体で、新しいのを呼び出すと前のは送還されるようになっている。
馬に乗って移動するが、戦闘は他のタイプに切り替えるくらいしか使われていない。
が、
「職業スキルは補助騎獣召喚で!」
一瞬の迷いもなく決定していた。
「補助騎獣召喚が1レベルになったよ。あとスキルポイントは3あるよ」
と黒猫エドガーが言う。
「うぅ。しまったなぁ。サモナーは当たらないだろうと思ってたからテンプレ構成ざっとしか見てないよ」
自分の『引き』が悪いことを自覚してるらしくレア度の高い職業のテンプレ構成、つまりテンプレートなスキル構成、職業ごとに向いているスキル、もっと噛み砕くとサモナーが持っていると効率の良いスキルの組み合わせが分からない。
どうすれば他人の迷惑にならない戦闘力をもてるかが、もっと言えば他人に頼ってもらえるようになるかが分からない。
トビラの目標の頼りになる男から遠ざかるように思っているらしい。
しかしトビラに自覚はなかったが、最初に補助騎獣召喚を覚えた時点でテンプレから外れているどころか、正反対へと大逆走である。さらに他の召喚スキルを取らないようなので普通とか当たり前は地平線のはるかかなたに遠ざかっている。
「まぁ、忘れてしまったのはしょうがないわ。今から騎乗プレイに良さそうなスキル考えましょう」
と言い出したのは、半端にテンプレにするより、ある意味では正解であった。
「うーん、まず騎乗タイプの召喚獣に直接攻撃力は期待できないよね。自分でも戦闘力は持ちたいけど、サモナーは共通スキルに攻撃魔法ないから武器を使えるようにしないとね。馬に乗っても使えそうな武器は、うーん。弓か槍かなぁ。でも弓はあたらないと大変だし、ソロだと立ち回りが難しいかもしれないからなぁ」
共通スキルというが、すべての職業に共通しているわけではなく、サモナー職は魔法スキルに制限がある。
また武器の共通スキルにはムチなんかもあったが、トビラの視界には入らなかったようだ。
「そうするとスキルは1つは槍マスタリにするとして、あと2つね。何が良いか、、、あ!これは必須だったわ!騎乗スキル!」
槍マスタリは槍全般の装備が可能になるスキル。乗馬など騎乗行為全般が可能になるスキルであり、移動速度などにも補正がつくスキルである。
「あと1ポイントは悩むなー。防御力あげたいけど、序盤は攻撃力も必要だしな。ハンパに攻撃にふっていても器用貧乏になるし」
最後に悩んでいるのは当初の方針であるタンク型プレイヤーに必須の防御力についてである。ゲームの序盤にプレイヤーを一撃死させるような敵はあまり出てこない。タンクが輝くのは、そういった敵が出現する序盤が終わってからだ。序盤は敵を素早く効率的に倒せるほうがレベルを上げやすい。
すぐにパーティを組むアテがないトビラとしては攻撃力は大事だが、パーティで役割分担が出来た時にいらないスキルを持っているのでは仲間集めがやりにくくなってしまう。
「そうだ!器用度を上げよう。攻撃の命中率と防御の成功率の両方を上昇させるから一挙両得よね」
と、結局は折衷案にしたようだ。
そして黒猫エドガーが
「じゃあ、共通スキルは槍マスタリ、器用強化レベル1、騎乗スキルだね。これでキャラメイクは終了だよ。ちょうど船も新大陸に着いたようだよ」
ちなみにキャラメイクをどんなに短時間で終わらせても『ちょうど』船は新大陸に到着する。なので、一部のプレイヤーからは実は泳いでもいけるくらい近い疑惑のある新大陸に到着した。
「まだ、男性の演技は自信ないけど。・・・ま!なんとかなる!」
そういって、トビラが部屋の扉をあける(船室の扉、人名ではない)。
そして戸をくぐる。
と、思ったら、もう一回部屋に入ってきて、すぐにまた部屋を出ていく。
「やばい!これが背が高い人が無意識にやる扉でちょっとかがむ、あの戸を『くぐる』ってやつか!やばー!背が高いってマジやばい」
周りのキャラメイクを終えたプレイヤー達から、船室を出たり入ったりしてる変な人がいると思われていた夏辺野トビラの今後の活躍にご期待下さい!
はやく、船から出て話すすめろよ
誤字あれば教えてくださると嬉しいです。
読んでいただきありがとうございます。