ー第10話ー
「なんかうるさいわね。公共チャットで騒ぐとか迷惑な」
「この間の、、、」
朝比ラッキー。がどうこう言う事ではないと夏辺野トビラは思った。が、それについては黙っていた。
騒がれている相手は知っている相手だ。そして、身長について文句つけるなんて最低!と内心思いながら横にいるポニーの召喚獣であるペトロニウスのタテガミをワシャワシャと撫でる。雪のようなタテガミと同じく無垢な瞳をトビラに向ける。
大声でキックする、チビだのと罵らているのはトゥビリオ・ハリーという少年だ。キックと言うのは足で蹴ることではなく、ネットワークゲーム用語でパーティから相手を追い出すことをキックという。ネコ大陸ではシステム上、キックは存在しないが、一度パーティを解散してから該当プレイヤーを除いて再結成することは出来る。基本的にゲームは娯楽なので、キック自体はマナーが悪いことでも何でもない。
トビラは大勢の人がいる場所で晒し上げるように怒鳴りつけているプレイヤーと思しき男性に冷たい目で見つつ、どうしようか困っていた。
「ちょっと!公共の場でうるさいわよ!」
と、朝比さんが大声で仲裁に、、、
「なんだ!今、下手くそに説教をしてるんだ!邪魔するんじゃ・・・」
「うるさいったらうるさいの!あんたの今とか、これからとか、予定なんて私に関係あるわきゃないでしょうが!!」
仲裁ではなく、喧嘩をしにいったようだ。本人としては注意かも知れないが。
「てめぇ!喧嘩売ってんのか!」
「う!る!さ!い!静かにしろって!言ってんの!!どんな理由であろーと人が大勢!いるとこで!大声出すな!」
一番うるさいのは朝比さんである。アバターによって声量は変わるんだろうか?という疑問をトビラは抱く。とりあえずトビラとしては周りを見渡して、他にも騒ぎを見物している人に話しかけることにする。
「なぁ、なんであの男は騒いでるんだ?」
「あ?あー、あっちの小さいほうが火力ないんだよ。で、茶髪戦士がキレたぽい」
「ふむ?火力低いだけで?」
「んー、知らんけど、寄生だったんじゃね。パテもう一人いたけど、呆れて先にログアウトしてるし」
ネットワークゲームでは強いプレイヤーに頼って強敵を倒すのはよくあることだ。ネコ大陸では遠いマップへの遠征するだけでお金は手に入る。同じくらいのレベルの人間で協力するだけでなく、レベル差がある人とも組んでもらい、戦闘に貢献せずとも行って帰れれば、お金を稼げる。
とはいえ、頼りぱなしでは寄生プレイ、パワーレベリングなどと嫌われる。だからシステム的に、寄生プレイする人に長期的に不利になるようなシステムもある。ネコ大陸では熟練度がそれだ。高レベルプレイヤーに寄生してレベル上げすると、熟練度がかせげない。熟練度が低いと、スキルポイントを割り振れないので、スキルが強くならない。スキルレベルが低いと、高レベルでも役立たずになる。
「あー!警告します。GM権限にて仲裁入りまーす。オートで音声を当事者のみが聞こえるようにしまーす」
GMがいつの間にか人混みを抜けて、大声で騒いでいる2人とトゥビリオ・ハリーの前に現れる。昨日見たGMパーンよりちょっと疲れて見える。何か投げやりに聞こえる。そして、おそらく朝比たち3人の声が聞こえなくなる。ゲームをきっかけにストーカー殺人などがある世の中だ、誰かがGMに通報したのだろう。
内部で何かが話し合われているかは分からないが、周りにいた人たちも散っていく。トビラが話しかけた男性も会釈して、去っていった。ケンカ相手の火力男はログアウトするのだろう、姿をフェードアウトさせていく。喧嘩にGMが呼ばれるのも慣れた作業なのか、さくさくと事態が進んでいく。
最後にトゥビリオ・ハリーの手をむんずと掴んで、引っ張りながら朝比さんがこちらに向かってくる。
「って?!なに連れてきてるの?」
トビラが突っ込むと
「だって、あいつ!攻撃力がない職なんてダサいとか言うのよ?いろいろ考えて戦うのが楽しいのに」
普段の朝比さんからすると、かなり抑えた口調で答える。喧嘩両成敗ということで朝比もGMに大声を注意されたらしい。
「それで、私たちと一緒に行くことを提案したということか?」
「提案じゃなくて、一緒に行くのよ!決定よ!」
「待て待て!トォビリオ?きみはそれで良いのか?」
怒鳴られて泣きそうであったトゥビリオはまだ涙目である。うつむいたまま何とか絞り出すような声で答える。
「僕は全然ダメダメなんです。でも何とかやっていきたくて、一緒に冒険させてもらえませんでしょうか?」
「良いに決まってるでしょうが!攻撃力だの、火力だの、脳筋な連中にあんたの真価を見せてやりなさい!何か分かんなかったら聞きなさい、トビラに!」
「こっちにフルんかい!」
そこで初めてトゥビリオ少年が笑顔を見せた。
「すみません、お二人は良い人ですね。僕なんかのために」
「気にするな。それとあまり卑下しなくてよい。改めて私は夏辺野トビラ、サモナーをやっている。こっちの召喚獣はペトロニウスで回復役とかだな」
「朝比ラッキー。よ!方士っていうバフ職ね。あ?バフって分かる?」
「え?ええ、大丈夫です。一時的な強化ですよね。昨日もいいましたが僕はトゥビリオ・ハリー、ええと斥候役でしょうか?アサシンです」
「へぇ?強そうな職業じゃない?」
「あぁ。三猿の、、、」
「えぇ、それです。名前は強そうなんですが」
3人はパーティを組んで、そのまま更に北に進んだフィールド、いつだったか蒸気パン・クゥと会話した森に来ていた。
「それでアサシンは、どういった所が特殊職なのよ?」
「アサシンに限らないんだが。VRゲーになってから、ただでさえ斥候役って扱いが難しいんだ。とくにプレイヤー同士の揉め事の種になりやすいから」
テレビゲームRPGの前、テーブルトークRPGだった頃、迷宮の中を探索する盗賊、罠を解除し、地図をつくり、敵を見つける。そういった役目の職業が活躍するゲームはたくさんあった。だが、その活躍の幅はゲームによってピンきりだった。そして多人数が同時に接続するゲーム、VRのゲームになった今は盗賊役・斥候役は更に扱いが難しい。
仮に戦闘することが中心のネコ大陸で罠だらけで罠解除ができる人がいないと進めないようなフィールドがあったとする。
まず罠があるたびにパーティ全体が止まる。罠解除する人は活躍できて楽しいが、他のメンバーは楽しくないかもしれない。そして止められることでゲームとしてテンポが悪くなる。
また、ダンジョンの中でより奥に進むかの決定権が罠解除の人間が握るようになってしまう。『ここから先の罠は自分のレベルでは解除できない、無理して進めば全滅する』と言う、その真偽は他のメンバーに分からないと進退は斥候役が決めることになる。だが、これはまだカワイイものだ。
さらに他のVRゲームではTPKという行為が問題になった。MPKはモンスターを利用して自分の手を汚さずにプレイヤーを殺すこと行為、悪質なマナー違反とされる行為だ。同じようにトラップを利用して、わざと他プレイヤー、時には同じパーティの人間すら攻撃することをTPKと呼ぶようになった。上記のものそうだが、ワザと罠を発動させているのか、うっかり見過ごしたのか本人以外には分からない場合が多い。
こういう問題から疑心暗鬼をうむのが斥候職になる。
そういった全般的な斥候職・盗賊職にたいする不信感がVRゲームのプレイヤーには多いことを説明していくと、
「ケェェェ」
黒い鶏が襲ってくる。
「こいつはたぶん魔法攻撃が中心のはずです、おそらく」
トゥビリオが忠告してくれる。
「なら魔法防御はるわよ!」
「あぁ!頼んだ!私が突っ込むから、トゥビリオ君は好きに援護してくれ」
まずは相手の正面に立たないように、相手の風魔法を以前くらったときは翼を広げていた事を思い出す。そのモーションを取った時に正面にいないように、やや弧をえがくように走るトビラ。森の中で落ち葉が舞う。
パァン!
爆竹が破裂するような乾いた音がしたかと思うとトビラを目でおっていた鶏が一瞬スタンする。しかし一瞬のことで頭をふって、クラクラしてるのをはっきりさせようとしている。
大きく振りかぶって、強く踏み込んで、渾身の一撃を突き入れる。
「ギィあやぅ」
黒鶏は首元に貰った一撃で赤いエフェクトを撒き散らしながら、後退する。と、朝比の術が発動してトビラは緑の光に包まれる。
「よし!次の術は・・・」
「か、回復お願いしてもよいですか?」
鶏が言ったのではない、爆竹(?)の犯人トゥビリオが死にそうになっている。
「な?いつの間に攻撃もらったのよ?」
鶏が慌てたように風魔法を放ってくるが、トビラは槍を地面にたてて耐える。バフの効果もあり、ノックバックされることもなく、そのまま反撃に出る。内心、言わ猿タイプか、と思う。
「実はさっきのスキルの反動で」
「わかったわよ。ペトロニウスちゃんはリジェネだから、私が回復するわよ」
トビラの突きをうけた鶏は再び赤いダメージエフェクトをちらす。鶏はクチバシで攻撃してくるがサイドステップでかるく躱せる。かわした所で間合いがせまく窮屈に感じるが無理やり攻撃をあてる。それで、鶏は沈み、ドロップ品へと姿を変える。
「おーけー、回復終わったわよって、戦闘終わってるじゃない!?」
「おぉ!さすが師匠と見込んだ人です」
トビラはペトロニウスに人参を食べさせて、疲れた心を癒そうと後方へと戻る。
「アサシンは職業名やスキル名にひかれて、けっこー多くの人がやってたらしい」
「そうね、分かる気がするわ」
「でも、みんな辞めていったらしい。スキルツリーの名前から3サル、見ざる聞かざる言わざるのアサシンと言われるようになったらしい」
「長いわね」
「通称アササルですね。僕も言われました。僕は主に見ざ猿と言わ猿のツリーを育ててます」
「猿がスキルツリー名なの?」
「いや、正式名称はなんだっけな?別にあるよ」
「えぇ、『光なき者たち』と『死者は語らぬ』です」
「な、なんか強そうというか、派手というか」
中二病なネーミングなスキルツリーだ。その名前の特徴から、結局は見ない・聞かない・しゃべらないのと同じじゃん、という指摘から掲示板の雑談などで3猿やサンサルといわれるようになった。
「んー?さっきも相手をスタンさせたり便利じゃない?初期から強くなかったとしても皆、なんで辞めちゃったの?」
「はい!僕もうまくHP管理できれば強いと思うんですよ!」
「アサシンが強いかは分からないが、流行りが終わった感はある。あと他の斥候職がMPでスキル使えるからな」
「そういえば死にかけてたわね」
アサシンの職業特性は『自身の命を削って暗闇にひそみ、秘技を使う者たち』とある。言い換えるとスキルがMPでなく、HPを減らす仕様になっている。某所では『暗闇に潜んでる内に命を削り終わるぞ、自分のな!』『孤独死まっしぐら、ボッチ職』『アサ次郎、よわすぎ』と言われる特性である。
斥候が活躍する場面、たとえば先日の赤乱の駝鶏のような強敵から逃げる時、これから強敵と会う時にHPを温存してないと困ることが多い。
また普遍職、専門職では狩人、シーフ、馬賊、アーチャーなどが斥候役を担う。アサシンと比べた時に攻撃力で勝っていた。特に遠距離攻撃のできる狩人とアーチャー、騎乗戦闘の出来る馬賊は斥候職で人気のある職業だ。
トビラは一本の木が太く、根があちこちにはっている所をヒョイヒョイまたぎながらゆっくりと歩く。しみじみと思う、足が長いって便利と。
「スタンの技だけで、あれだけHPへるの?」
「いえ、相手から感知されづらくなるスキル、見猿も併用しています。どうもフイをうったほうがスタンさせやすいみたいなんです」
「そっかー。要は潜伏と奇襲するってことねー」
「はい!・・・でも奇襲前にこっちが瀕死になるんです」
「うーん、ちょっと相談なんだが、次の戦闘ではペトロニウスにリジェネを初めからかけさせるか?」
「え!いいんですか?」
「そうねー。MP温存するより、スキルガンガン使ってもらったほうがよいでしょ」
「このフィールドは敵が単独が基本らしいから、私が物理攻撃役。トゥビリオ君はスタンを積極的に狙ってくれ。朝比さんは魔法防御のバフを初手にしてみないか?」
「わかりました!あと僕は弱点部位をサーチします!」
「それもHPへらすの?」
「・・・すみません」
「いや!謝ることじゃないわよ。とりあえずトビラは被弾へらすのと魔法防御でHP温存ってことね」
「・・・すみません。僕がHPけずっていくもんだから、師匠にむりさせて」
「だから、謝ることじゃないってー!」
「そうだ、私の言い出した作戦だからな」
と会話しながら、森の奥へと進んでいく。だんだんと、森の木々の様相が変わっていく。フィールド入り口の木々は木材として使えそうな真っ直ぐで枝も少なく、太い柱のような木であった。このあたりは木が捻れていたり、大きく二股に分かれていたり、蔦などに巻きつかれている。まっすぐ上に向かっておらず、70度くらいに、かしいでいるものもある。
ペトロニウスが警告の嘶きをあげる。まだ事情を把握していないトゥビリオに敵の接近を朝比が告げる。トビラはペトロニウスの視線から相手の位置を割り出す。
向こうもこちらに気づいたようだ。
「あれは!ゴラゥタンです!」トゥビリオが敵の名を告げる。
「わかった!作戦通りにやってみよう。ペトロニウス!トゥビリオを回復してやってくれ」トビラがシェトランドポニーに告げるとペトロニウスは淡く優しい月のような輝きを放ち回復魔法を使う。
「なんかゴリラみたいで肉弾ぽいけど?魔法防御でよい?」朝比が術の起動をしつつ確認してくる。
「近距離で土魔法を使うそうです!それと」走りながら意外と博識なトゥビリオが解説してくれる。
「魔法で!」と返事しつつ、トビラは相手を観察する。たしかに直立すれば2Mこえそうなゴリラのようだが、4つ足をつくように歩き、灰色ぽい体毛をしている、肩はアメフトの防具でもつけているかのようにガッシリしているが、下半身はほっそりとしている。
「ゴラゥタンは上半身はゴリラですが!下半身はオランウータンです!」
トビラはコケた。
「何やってんの!」
「なんだ!それ?」
朝比がトビラにツッコミ、トビラはトゥビリオに突っ込んだ。
ゴラゥタンは太い腕でトビラめがけて左ストレートをはなってくる。槍で攻撃をさばきつつさらに左側へと回る。朝比の術で魔法防御の盾がうまれる。
パンっと乾いた音がしてスタンを狙うが敵は抵抗されたのか、そのまま右腕を振りかぶる。
「下半身がオランウータンになることで木登りが得意になっているゴリラなんです!」
「両方ともサルじゃないか!いやサルじゃないけど!」
トビラは相手の右ストレートをかいくぐり、カウンターで相手の顔面に攻撃する。うまくヒットするが
「霊長類でしょ!」
「ゴラゥタンは腹部が一番もろいです!そこを狙ってください!」
トビラが、そうじゃない!や、早く言ってくれ!とか返事をできないでいる内に左手と左足を地についたまま、器用に右「足」でトビラの膝を掴む。
「え!?」
そして片足でトビラを後方に無理やりぶん投げる。リアルでもオランウータンは足が手のように親指が対になっており、器用に物をつかめる構造になっている。また片足で木にぶら下がれる。それが魔物になっているのだから人間くらいぶん投げれるだろうという事らしい。
「なんか!こっち来てるんですけど!」
邪魔者を背中側に放り投げてそのまま4つ足で向かってくるゴラゥタンにたいして、朝比が悲鳴をあげながら杖を構える。
いつの間にか樹上に隠れていたトゥビリオがスキルを使用する。パンっと言う音が先程より軽快になったのは気のせいだろうか、ゴラゥタンが尻もちをつき、目を回す。
「よくもやってくれたな!」
背後から回り込むように腹部に槍を突き入れる。槍の手応えがたしかに先程より深く刺さっている感触がある。
トゥビリオも樹上から飛び降りながら短剣で足を攻撃する。しかし潜伏とスタン術の連続使用のせいでHPが万全ではなく、そのまま後退していく。スキルの使用をとめるとHPが回復していく。
「リジェネって、すごいですね!」
「そうよ!ペトロニウスちゃんは凄いんだから!」
なぜか朝比が誇らしげだ。トビラも距離をとって、間合いを図る。一息つく。
「ふぅ」
短槍とはいえ、槍だ、リーチはそれなりにある。初見の敵と名称もろもろで相手の腕のほうが長いように錯覚していた。
「ゴハァァァ!」
相手はスタンの悪影響を吹き飛ばすように、叫ぶ。そしてトビラに向かってくる。相手は速くない。敵をよく見る。左足を前に半身でかまえる。相手は腕を振りかぶっている。無手の左腕を前に突き出し、距離を図る。殴りかかってくる。大きくターンするように躱して、そのまま前になった右足に体重を載せて槍をふるう。
腹部を狙ったが、胸に当たってしまう。
「ゴゥフ」
ダメージはそれなりなのか、相手は一歩下がる。が、トビラも相手の『足技』を警戒して、バックステップする。トゥビリオは再び潜伏しながら後方に回っていこうとしている。
「素人のマネ事武道じゃ、これが限界だな」
「トビラ!補助呪文、効果時間切れたわよ」
「次で決める!問題ない」
ゴラゥタンは飽くことなく殴りかかってくる。今までのストレートではなく拳を振り下ろすように叩きつけてくる。だが、相手の攻撃をかわしたトビラは、さきほどより半歩踏み込んで槍を突き出す。
(私の勝ちっ!)
トビラは確信していた。相手の拳が地面についた瞬間に発動した魔法をカウンターでもらうまでは。
10話は7000字ほどです。誤字などあれば教えてください。
他にも、会話が多くなると文字数は減りますね。気分としてはたくさん書いてるんですが。
ここまでお読み下さり本当にありがとうございます。