ー第9話ー
「弟子入り?どういうことだ?」
夏辺野トビラが説明を求めて朝比ラッキー。の方を向く。
召喚獣であるポニーのペトロニウスをなでていた手をとめて、キレイな眉をしかめて困った顔しながら事情説明を始める。
「昨日、トビラがログアウトする前に同じエリアに着いたパーティがいたでしょ?あの時のメンバーの1人なんだけど」
「はい!僕はトゥビリオ・ハリィといいます。僕達が6人でようやく辿りついたエリアにたった2人で先に到達されていた!すごすぎます。トビラ師匠のその手腕、プレイヤースキルを学びたいのです」
どうやらトゥビリオ少年は昨日、トビラがログアウトした後に朝比さんに話しかけたらしい。そこで自分たちが苦労して辿りついた場所にどうやって2人だけで来たのか質問してきたとのことだ。
これにトビラは強い困惑を感じた。朝比さん同様、眉が八の字になる。ポニーに盾にして逃げ切ったと思っているトビラからしたら、それを『スゴい』と言われても嬉しくないし、『学びたい』なんてもっての外だ。
どうも彼らは足の早い職業で、全般的に戦闘を避けながら駆け抜けたらしい。とくに駝鶏相手には、飛び道具などを用いて囮など、かなり無理したそうである。しかしトゥビリオ・ハリーは、そこでは逃げ回るだけで何も出来ず悔しかったらしい。
(トビラの召喚獣が活躍したっていう風にしか説明できなかったのよ)
と朝比さんから小声で補足される。
朝比さんにかるく頷いて了解の意をしめした後、できるだけキッパリとした口調になるようにトビラは意識して答える。
「トゥビリオ君、悪いが弟子入りとやらは断らせてくれ。あのメリング牧場につけたのは実力じゃない、幸運だ。たしかに私の召喚獣の能力で逃げ切れたが、それは私の力、プレイヤースキルじゃないんだ。もっと強くなりたいと言うなら他を当たってくれないか」
みるみるトゥビリオ・ハリィは瞳に涙をためていき、泣きそうになっているのを必死にこらえている。
「僕じゃダメってことですか?」
「君が強い弱いって話じゃないよ。私が弟子をとれるほど強くないって事だ」
むしろ私がもっと強くなりたいよと思いながらトビラは答える。
「そうですか。ごぉ、ごめんなさい、変なこと言って」
それだけ言ってトゥビリオはトボトボと離れていく。トビラも朝比もなんと言ってよいか分からず顔を見合わせる。
「勝手に断っちゃったが、良かったか?」
「なんか、誤解させちゃったのよ。断らせてごめんね」
と、ほぼ同時に2人が口にする。
「いや、昨日はこっちも急なログアウトだったしな。とりあえず町をでないか?」
トビラは変な空気をかえるように少し明るい声で言う。
「そうね。そうしましょ」
朝比さんもトビラの意図をくんだのか、前を向いて門へと歩きだす。けれど片手でペトロニウスの背をなで続けている。
昨日の敗北には朝比さんも思う所があったんだろうと考え、そこには突っ込まず横一列になって進む。
ムキムキの門番アッシ&モッフに一礼して外に出る。この間は柵だけだったのに、櫓が組まれて段々と拠点らしくなっている。
外に出ると、周りから人が消える。朝比さんが話しかけてくる。
「お願いがあるんだけど?」
「なんだ?」
「あの子のパーティ加入を断っていたけど、私はしばらく一緒に冒険して良い?」
「あぁ、それはこちらもお願いしたい。しばらくお金稼ぎたいから戦闘を効率化したいんだ」
そういうことでサゥシカ、フォッカル、カミキリムシを狩っていくことにする。ちなみに虫は苦手なトビラであるが、平気なふりをすることにした。ネナベプレイは試練が多いと内心涙目である。
ペトロニウスの索敵が今までは近くにきたら警告してくれるものだったのが、もうすこし能動的、積極的になる。具体的には周囲を見渡す時に耳をピンとたてて、すこしそちらを警戒するそぶりを見せた方向に向かっていく。
「こっちにいる様子だな」
「うーん、わかるの?」
「あぁ。何か注意を引く存在がいるってくらいだな。何が何頭いるかまでは分からないが」
「このマップなら素材集めすることが目的なんだから、よいんじゃない?」
と、ペトロニウスがいななく。モンスターもこちらに気づいていたようで3頭のフォッカルが走ってくる。
「左から狙う!」
事前に歩きながら作戦は決めていた。基本は朝比もペトロニウスもトビラの背中にいるようにする。トビラが相手の集中攻撃を受けないように、けれども後衛に攻撃が行かないように敵味方双方が縦一列で接触したい。
それでペトロニウスが朝比さんにスピードバフを掛けて、相手から一列になっているのを崩さないように速度調整しながら走る。今のままではT字型、縦棒がトビラ達で横棒がフォッカルたちのT字型で敵とぶつかる。最低限でも左右にずれることで集中攻撃をかわしたい。トビラが左にずれれば常に敵が槍をもった右側にいて、すこしだがリーチが広く取れる。だから時計の長針短針が長さを等しくしたように敵味方が左回りに追いかけ合う。
「バフ3秒前!」
「わかった!すまん!右のやつぬけるぞ!」
フォッカルはこちらの作戦に付き合わず1頭が大きく迂回していく。
「がんばりなさいよ!」
「相手が狡いんだ!」
適当に軽口をまじえ、倒木虫牙の短槍で下からすくい上げるように1頭目を狙う。相手も2頭同時に攻撃したいのか、1頭目が急停止する。
「フェイントか!」
攻撃は空振って槍の穂先が大きく上に持ち上がってしまう。そして、そのタイミングで朝比のアタックバフが発動する。
「だが計画通り!」
そのまま槍を振り下ろすと一撃でフォッカルを倒す。
残された1頭は逃げようとしたのか左側に移動するも、トビラの攻撃が間に合ってこれもドロップ品へと変わる。
「獣との頭脳戦でドヤ顔すんな!」
飛びかかってくるフォッカルを短杖で防ぎながら朝比がつっこむ。
トビラも自分の仕事が終わっていないことを理解しているので急いで右足を軸に振り向く。残されたフォッカルも窮地にいるのを理解しているのか、朝比と距離を取る。トビラはそのまま大きき踏み込んで突きを入れる。が、フリが大きすぎたのか余裕を持って更に後方に回避するフォッカル。
トビラから逃げるように動いたフォッカルに他意はなかっただろうが、フォッカルがバックステップしたのはペトロニウスに近い位置だった。ペトロニウスが大きな声でいななく。
「どこ行こうっての!?」
朝比さんが短杖で殴る。方士の攻撃力は低い。が初期マップのモンスターであるフォッカルも弱く、その防御力は特に低い。殴られて
「キャィン」
と鳴きながら飛ばされてしまう。
「っしね」
そこをトビラが倒木虫牙の短槍で突く。丁度、フォッカルは木に挟まれており、はりつけにするようにフォッカルを貫き、さらに槍が木に深く食い込む。ドロップ品の毛皮へと姿を変える。
「ペトロニウス、驚かせてすまない」
「無事でよかったわ」
戦闘が終わってホッとしながらトビラと朝比が声をかける。ペトロニウスは先程よりも大きな声でいななく。微妙にトビラたちを見ていない。視線が槍が刺さったままの木に向けられている。
「ん〜私たちの勝利を祝ってくれているのね」
と朝比は喜ぶが、トビラは違和感を感じる。今まで戦闘終了後にペトロニウスが喜んだり騒いだことはない。意味がわからずペトロニウスの方を見つめてしまう。
「ぅぐふぅ!」
後頭部に強い衝撃をうけて、トビラはよろける。木の上からカミキリムシが奇襲してきたのである。
「こんのぉ〜」
トビラは怒りにかられて反撃に出ようとするが、手に槍がない。木に刺さったままである。
そこでトビラも朝比も気づく。油断している自分たちにペトロニウスは警告しようとしていたのだと。
「ちょ、はやく何とかしなさいよ!」
「わかって、ぐほ、いる!」
槍を木から引き抜こうとするトビラの腹部に再度、攻撃をするカミキリムシ。
悪い時に悪いことは重なるもので、槍がぬけない。朝比のかけていたSTRをあげるバフの効果時間がきれたためである。
「槍がぬけない。もう一度バフを!ぐへ」
スキだらけの獲物を逃さんとばかりに再三にわたる攻撃をしかけるカミキリムシ。
「ダメ!まだクールタイム中よ!」
クールタイム・リキャストタイムとも言うが同じスキル・術は連続で使えないようになっている。この時間が長いのが方士の弱点である。
「くそ!攻撃されながらでは槍が抜けない!回避に専念する!」
いったん槍を抜くことをあきらめる。先のフォッカルのドロップ品が放置されていることによる消失を防ぐために拾いながらトビラは逃げ回る。
トビラの意図をくんだのか、ペトロニウスが月光のような暖かい光を放ちながら後ろ足だけでたって、前足は大きく輪を描く。
AGIが強化されたトビラはカミキリムシを蹴って攻撃するくらい余裕たっぷりに逃げ回る。格闘技などのスキルを持っていないトビラではろくにダメージを与えられないが、カミキリムシがペトロニウスや朝比さんの方にターゲットを変更はさせないつもりだ。
「よっしクールタイム終了、バフかけるわよ!」
2回めのバフをつかってもらい時間はかかったが無事に槍は抜いて、カミキリムシを撃退した。時間がかかったせいか、補助呪文の行使に引き寄せられたせいか、サゥシカにも乱入されたが、これも撃破した。
その後も、フォッカルを中心に戦闘を繰り返し、2人と1頭の戦闘もすこしづつ様になってきた。
「ペトロニウスの索敵能力は優秀なんだが、やはり表情や鳴き声では限界があるな」
「うーん。もうちょい慣れれば行ける気もするんだけどね」
初期マップの戦闘で負けなかったとはいえ、やはり2人では限界があると感じたトビラであった。ただ朝比さんの言うとおり『慣れ』の問題もある。ペトロニウスとのコミュニケーションに限らず、槍が木に刺さって抜けなくなるとは思わなかった。
「とりあえず、今日はファンデーションの町に戻ろう」
「そうね。ドロップ品を売りましょう」
装備を整えたいトビラとしてはまずは金策である。朝比も方士という職業で自衛に使える武器防具が欲しいと言ってきている。短杖だけだとクールタイム中などに何も出来ない。
明日のログイン時間や待ち合わせ場所を取り決める。待ち合わせ時間には買い物を終わらせておくことも約束する。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜4日目〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ログインするとシステム猫のピートが声をかけてくる。いつもの挨拶だけかと思いきや。
「緊急アップデートのため明日はメンテナンスがあるよ」
と声をかけてくる。メンテナンス中はゲームが出来ない。システム的にいくつか変更があるようだ。その中で、ひとつ気になるものがある。
「このシステム猫の警告機能・GM自動報告機能とは何?」
「それはねーーー」
ネコ大陸は自分の姿と全く異なるアバターに出来る初めてのゲームだ。そのため現実の人物と全く違う人間を演じることも出来る。匿名性も今までのVRゲームよりも高い。そのためプレイヤー間のトラブルが運営の予想を超えて多かったという。
ゲームシステムとしてPKやストーカーのようにつきまとうのは出来ないが、暴言や喧嘩によるトラブルが増えたのである。これの防止としてあらかじめ運営側が登録した言葉をシステム猫が聞くと、プレイヤーに警告する。短時間で繰り返される等の条件を満たすと自動でGMに通報されるという仕組みが実装されるらしい。
つまり喧嘩がヒートアップする前に運営が介入・仲裁できるようにするとの事である。
「ふーん。まぁ私には関係ないね」
と、この時はトビラはそう思った。小学校の頃、口喧嘩がつかみ合いになった男子2人に『先生がくるよ!』と言ったら、しおらしくなったなぁと関係ないことを思い出している。
今日はまず装備の充実を目指す。と、言っても買えて2つ程度の予算だ。予算は1000ゴルド。
装備などを売っている鍛冶屋に行く。ファンデーションの中でも道幅など広く取ってあり、奥に鍛冶設備、炉やふいごなどが置いてあり、その前にカウンターがあり10人以上の販売NPCと装備品を買おうと並んでいたり、吟味しているプレイヤーがいる。
1人のNPCで複数のプレイヤーを相手する機能などもシステム的には組めるが、リアル感とゲーム的な不便のなさを折衷した結果、ネコ大陸では上記のような仕組みになった。
「いらっしゃい!王女御用達装具品店クロゴケ商会にようこそ!今日は武器防具を買っていくかい?それとも何か売ってくれるか?」
通称、黒焦という。プレイヤーの装備は何でもここで揃うが、討伐ドロップを売却したことのある素材から装備を作るという設定になっている。
そのためトビラでいえば、フォッカルやカミキリムシ、タコアシテンなどは素材を持ち帰っているので装備を作れる。だが、肉食カンガルーのブルプトルーは素材を持ち帰ってないので、そこから装備は作れないという仕様だ。
「装備を買いたいんだが、召喚獣用のもあると聞いたんだが?」
「もちっろん、販売できるよ!こちらがメニューになるよ!」
カウンターの下の空間から『補助騎獣用装備』と書かれた木製のメニューを渡される。ちなみに見た目は木製だが、タッチ操作できるタブレットのように操作して、装備の詳細を表示したり、装備した時のイメージ映像を絵にできる、多機能謎魔法道具である。
現実感とゲームとしての便利さを両立した結果である。二兎を追う者は一兎をも得ずになっている気もするが、クレームになってはいない。
メニューに表示されている召喚獣の装備は今のところ、一つだけである。素材はタコアシテン製である。『貂魔の荷鞍』というらしい。昨日、伯楽から聞いた話として荷鞍というのは人ではなく物を載せる鞍になっているそうだ。人間で言う所のリュックサックやバックパックのようなものだろう。
またMP、魔法の使用回数も増やしてくれる効果もあるため、回復役と荷物運びの役割を強化する装備になるようだ。
費用は600ゴルドするため、他に装備は買う余裕はなくなる。トビラ自身の防御力や攻撃力をアップするより役に立つと判断して、購入することにする。
「よし!今日は一つ先のマップに行こう」
「そうね。ペトロニウスちゃんの能力を活かせば、アイテム捨てずに遠くまで行けるものね」
朝比と合流したトビラは、今日の目標を以前、タコアシテンや黒い鶏と戦ったマップ、小川のセーフティエリアのひとつ先にすることにする。
「うーん。自分のバックにアイテムが少ない分、身軽に動ける気がする」
「いや、それはさすがに気のせいでしょ。まぁペトロニウスちゃんに持ってもらえるのは良いわね」
「あと、回復魔法の使用回数に余裕があると、気が楽だな」
「あぁ。それはそうね。攻撃食らっても平気だと思ってると不思議と攻撃喰らわないわね」
そんな雑談をしつつ、昨日より順調にフィールドを進んでいく。
「お!もう出口だ」
「索敵能力で戦闘を避けたとは言え、速いわね」
というわけで、色々と戦闘描写をカットしつつ最初のフィールドをクリアする。
以前と同じように小川の橋を渡ると、突然たくさんの人があらわれる。トビラも朝比も分かっているとは言えちょっとびっくりする。
いや、今回の場合はそれだけではないようだ。
「お前!ふざけんなよ!!てめぇはキックだ!キック!!この役立たずのチビが!黙って見てるだけのくせして何が偵察だよ!みてるだけのやつはパーティにいらないんだよ!チビはチビの国へ帰れ!」
罵声が突然、聞こえてきたことにびっくりしたようだ。
怒鳴り声の方を見ると昨日の少年、トゥビリオ・ハリィがその身を縮こまらせていた。
文字数は少なめの6000字ほどです。
誤字脱字は少なくしたいので、遠慮なくご指摘ください。あと、文法や言い回しの間違いなども
次回はステータスなどです。読み飛ばし可です。
登場人物一覧などは、3話のあと、6話のあとにも追加しています。
ここまで読んでくださりありがとうございます。