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第1章第6話

 「しつこいわね!」


 女魔術師はそう文句をたれながら、一番近くまで近寄ってきていた盗賊ギルド員の脳天に、強烈な杖の一撃を見舞った。


 「くそ!次だ!いけ!」


 小太りの男。

 今いるメンバーの中では地位のある男だと思うが、その彼が次々に周りに指示を送る。

 そうしないとこの女魔術師に遅れを取ることになりそうだからだ。

 すでにギルド員は一人が倒れている。

 女魔術師の魔法でやられたわけではない。

 純粋に戦いの技術で負けたのだ。

 そして、彼女と共に戦っているゴロツキの彼も、ギルド員相手に持ちこらえていた。

 一般の人間が盗賊ギルドの人間と闘りあうことなど、無謀にも過ぎるのだが、彼の実力は侮れない。

 伊達に街の若者から『草原の猛犬』と呼ばれ慕われているわけではなかった。

 ちなみに彼のところへは盗賊ギルド員がスカウトに出向くほど、現ギルド長も彼を買っていた。

 とはいえ、これだけの争いの中に敵として加わっているのだから、もう彼が盗賊ギルドの人間になることはありえないだろう。


 「くそっ!貴様……魔術師じゃなかったのか!?」


 小太りの男が肩をワナワナと震わせながら叫ぶ。


 「見れば分かるでしょ?魔術師よ」


 事もなげに言う女。

 しかし、その言葉には明かに鋭いものがこめられていた。

 その目を見て、小太りの男は少し後ろずさりしたが、安っぽいプライドがひっかかったのであろうか、またギルド員に指示を出し始めた。

 彼は知らないのだ。

 魔術師ギルドの真の教えを。


 『魔術で人を堕とすことはたやすい。だからこそ、魔術とは最終手段として用いる必要がある。追い詰められたとき。その時だけに魔術を使うことを心がけよ』


 戦闘能力。

 こと、その類の能力に関しては、恐らく盗賊ギルドの人間よりも、魔術師ギルドの人間のほうが、一枚か二枚……上手ではなかろうか。

 魔術師ギルドでは、肉弾戦の授業すら取り分けられている。

 実際、彼らと真剣試合をしてみれば分かることだが、その実力は侮れない。

 恐らく盗賊ギルドでも上位に位置する者達だけが押えこむことが出きる程度だろう。

 ただし、魔術師ギルド員でも、その力は強い者と弱い者ではっきりと分かれており、やはり本人の資質で決まる。

 弱いものは、それこそ盗賊ギルドに入門したての者にも劣る。

 この女魔術師は、素質があったのだろう。

 今この場に立っている人間の中では、実際ずば抜けた戦闘能力を持っていた。


 「大体、こんなか弱い乙女を相手に六人がかりだなんて!恥ずかしいと思いなさいよね!」


 小太りの男は渋い顔をして、歯軋りをする。


 「かよわい……?」


 そこにいた立っている全ての男の口から、全く同じ言葉が発せられた。

 だが、その言葉は決して彼女をからかっているわけではない。

 彼女の手には魔術師ギルドから正式に発行されている杖が握られているが、その魔術師の杖で殴り倒されたギルド員は、すでに二人。

 その事実を客観的に見たら、どちらの技量が優れているか言うまでもなく分かるだろう。

 決してかよわくなどはない。


 「ま、それは置いておいて……。とにかく!一人を六人がかりでくること自体がおかしいんじゃないの!?」


 そう言いながらも、女は次の標的を絞って、頭に強烈な杖の一撃をお見舞いしようとするが、これは話しながら狙ったからだろうか?

 見事に狙いが外れている。


 「ちっ!狙いどおりだったのに!」


 少なからず数による不利さを感じとってだろうか。

 言葉を発することで、相手の集中力を削ごうとした作戦だったようだ。

 こんな単純な作戦にひっかかるかはずがないと思うだろう。

 しかし、緊迫感に満ちた戦場において、誰かが話をしだすと、なんと反射的にそちらに集中してしまう事がある。

 とくに絶対的な存在感を示す人物がそれを行うと、ほぼ確実に闘いの流れが止まってしまうほどの影響力を持っている。

 それは戦闘という過酷な現実から、ほんの一瞬の神隠しのように闘いという名の緊迫を、どこか別の場所に送りこむかのようだ。

 それを知ってか知らずか彼女は実践した。

 まぁ、失敗しては意味がないのだけれど。


 しかし、いくら能力的に彼女のほうが優れていたとしても、数が多くては戦闘が長引く恐れがある。

 魔術師というのは、論外なく体力が低く、彼女もまた例外ではなかった。

 それは白弾戦の訓練を積んでいるとはいえ、基本が学習することによって実力をつけている魔術師達にとっては避けては通れないところではあるのだが。

 つまり、それだけ仕事(喧嘩)を早く終わらせる必要があるのだ。


 それに、先ほどまでいたトッポという男が、いつこちらに戻ってくるかさえも分からない。

 彼に関しては、この女魔術師と対等までは行かないかもしれないものの、そこに誰かがヘルプについた場合には、長期戦になる恐れも十分にある。

 それは確実にこの女魔術師の不利を意味している。

 読めない闘いは、短期戦に持ちこむに限るのだ。


 起きているギルド員は四人。

 うち一人は彼が受け持っている。

 (あくまでも長引かせるわけにはいかないのよね。仕方ないわ……)

 女は心の中でそうつぶやくと、鮮やかなバックステップで、ギルド員達との間に間を作った。

 すぐさまギルド員達はその間を埋めようとするが、しかし次の行動も彼女のほうが早かった。

 魔術師の杖を目の前で一度、大きく一回転させたのだ。


 「な、なんだぁ?」


 わけがわからなかったのだろう。

 ギルド員達は、女のその不思議な行動に、目を奪われていた。

 そう誰一人として動けなかった。


 魔術とは、人間の潜在意識から"なにか"を発動させるもの。

 それを発動させる為には動きがいる。

 それを印と呼ぶ。


 彼女が見せた、この一見奇妙な動きも魔術を発動させる為の印のひとつだ。

 その印には、見た者を魅了する魅惑【チャーム】の効果が込められていた。

 魔術を発動する為の印というものは、上級の魔術になればなるほど、印の動きも激しく長いものになる。

 その印を結んでいる段階で魔術師達が倒されるということが昔から多々あった。

 そのために、最近ではこの魅惑の意味の込められた動きを、その印の中に取り入れることになったのだ。

 誰一人動けなかったのには、そういう意味があったのだ。


 「な、なんかおかしくないか!?俺目が離せねぇんだ!」


 ギルド員のひとりが、くぐもった声にありとあらゆる恐怖の色を浮かべながら、そう叫んだ。

 彼は恐らく、冷たい汗が額から流れてくるのを感じているはずだ。

 そして、その彼の声に答える余裕のある人間はここには誰一人いない。

 それぞれが同じ恐怖に対面しているからだ。

 そして……彼女の魔術が完成した。


 「まぁ死ぬことはないと思うから……まぁ、死んだら死んだってことでね。それじゃ私の本気を見せてあげるわ」


 彼女の言葉の意味を理解できた人間が、ここに一人でもいただろうか?

 そう。

 彼女の言葉の真の意味を。

 『混沌なる炎場よりの使者よ!我命ずる!この醜き存在に汝の炎を分け与えよ!』

 古代語系魔術。

 ルーンマジックとも、エンシャントマジックとも呼ぶが。

 その古代語系魔術を彼女は得意としていた。

 その最も初歩の魔術【ハリー・フレイム】を、彼女は放った。

 ゴロツキの彼を除いた、その場に立っている人間全てに対して。

 辺りに焦げ臭い匂いが充満している。

 そう彼女の魔法で焼かれたギルド員達の体が発している匂いだ。


 「安心しなさい。剣術で言うところのみね打ちよ」


 彼女はそう言うと、肩で大きく一呼吸した。

 彼女の足元には四人のギルド員達が倒れこんでいる。

 無謀にも彼女が魔法を放った瞬間に、つまり彼女の印による魅惑が解けた瞬間にギルド員達は彼女に飛びかかろうとしたのだ。

 しかし、四人とも死んではいなかった。

 間近くで魔法を受けたため、暫くは自宅のベッドはおろか、診療所のベッドから起き上がる事さえも出来ないだろうが。


 「ねぇ、君」


 彼女は木にしがみついて目を丸くしているゴロツキくんに声を掛けた。


 「な、なんでしょう?」


 さすがの彼も声が上ずっている。

 なにもしなかったとはいえ、彼女をからかったのは事実。

 (俺も滅殺?)

 彼の頭を嫌な言葉が横切った。


 「そんなに怯えないでよ。私だってまさか魔術を使うことになるとは思っていなかったんだから」


 そう言うと彼女は肩をすくめて見せた。

 その行動から殺気が全くなくなったことを理解したのだろうか?

 彼は恐る恐るといった様子だったが、それでも彼女の所に歩いてきた。


 「ま、魔術って、す、すごいっすね」


 もう敬語になっている。

 仕方ないだろうが。


 「あのさ、私魔術使うでしょ?だから耳が自然に良くなるんだ」


 彼は、彼女の言わんとしていることが理解できない。

 それはそうだろう。

 彼女はまだその言葉の主点を語っていない。


 「この近くで、あっちの方向に開けた森のようなところってないかしら?なにかしら闘いが行われているのよね」


 彼女はそう言うと、指をさした。


 「あ、あぁ……少し林になったところに昔の領主の家の跡があるけど……闘いだって?あんなとこで?」


 彼は大きな声をあげた。

 明かに驚愕している。

 (なに?なにかあるわけ?)

 魔術師の女の目が輝く。

 押えきれないほどの好奇心に、心を満たされている。


 「ちょっと案内してちょうだい!」


 「へ?」


 しかし、彼女は返事も待たずに襟首を掴んで走り出した。


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