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第1章第2話

 アビエンヌ街道がある。

 そこには五を超える、村や町があった。

 その一つに、アースロッドという名の、農業で知られる町があった。

 アビエンヌ街道の周りを覆うようにして散らばっている村や町、つまりビエンヌ地方の農業関係のことにおいて、このアースロッドは中心地といってもいいだろう。

 そのアースロッドには、大きな農協組合がある。

 そこには、このアビエンヌ地方で採れた様々な作物が集まっている。

 野菜・果物・穀類といった、言葉どおり様々な種類が集まってくるのだ。


 そんなアースロッドの、農協組合から大通りへ出る、ほんの二百メートルほどの路地で、ささやかな攻防が行なわれていた。


 「てめぇには関係ねぇんじゃねぇのか?」


 頭髪の薄くなった、年齢で言うと四十をいくらか過ぎた頃の男が、そう言いながら腰に差していたナイフに手をやる。

 その男の後ろには、もう一人背の高い男が立っていた。


 「雑魚には用はない。怪我をしたくなかったら、とっとと失せろ」


 その二人に対峙していた男は、そう冷たく言い放った。

 その男の容貌は、対峙している二人の男と似ているものだった。


 ボサボサの髪の上からバンダナを巻き、薄汚れた長ズボンを履いている。ブーツは騎士のように金属で造られた膝までを覆うものでははなく、皮製で脛の中程までしかない。上着も特徴的なもので、薄手の暗い生地を使ったシャツの上から、これまた暗い色調のベストを羽織っていた。

 これはこの大陸に住む人間ならば、即座に彼が盗賊ギルドに籍を置く人間だと言うことを理解するだろう。

 対峙している二人もその格好から同じく、盗賊ギルドに籍を置くものだという事が分かる。


 ただ、頭髪の薄くなったギルド員を雑魚と描写したその彼が二人と違うのは、やや痩せこけた表情をしており、左頬に十字にえぐられた傷痕があるというとだろうか。


 この盗賊の名は、ディット・バーンという。

 このアビエンヌ地方の盗賊ギルドではなく、まだ王都サイドイーリスよりも、あちら側にある地方のギルドに籍を置いている。


 「雑魚だとぉ!おい、こいつは俺に殺やらせろ!」


 そう言うと頭髪の薄くなったギルド員は、ナイフを腰の鞘から抜き取った。


 「かまわないが……こんな真夜中に地方を一人でうろついている人間だ。油断だけはするんじゃねぇぞ、レイズ」


 背の高い男は、そう言って苦笑する。


 「雑魚はいらないと言ってるだろう。くるなら、そこの。お前が来い」


 ディットはそう背の高い男を挑発する。

 だが。


 「俺は雑魚じゃねぇ!」


 そう言ってレイズと呼ばれたギルド員は、手にしたナイフを構えながらディットが向かって突進して行った。


 「……芸のない」


 そうつまらなそうに言い放ったディットの拳が、突っ込んできたレイズの突進をかわすと同時に、そのレイズのわき腹にクリーンヒットする。


 「がっ……ぁ?」


 そのしなやかに流れたカウンターを目の当たりにし、背の高い男の表情に緊張が走った。

 そのわき腹への拳、ただそれだけでレイズが重症を負ったというのが分かる。

 そのわき腹付近の骨は確実に砕かれているはずだ。

 もはや数日の間立ち上がる事すら不可能だろう。

 それどころか骨の修復具合によっては、例え動けるようになったとしても、ギルドに戻ってくる事は出来ないかも知れない。


 「だから来るなと言っただろう」


 ディットはそう言うと、足元に体を九の字に曲げて転がるレイズをまたいで、背の高い男の方へ歩み寄る。


 「なんだよ……てめぇには関係ないことだろうが!」


 先ほどレイズが言った台詞を、もう一度その男が言う。

 しかし、それでもディットの歩みは止まらない。


 「くそがぁ!」


 逃げることが出来ないと感じたのか、背の高い男もレイズと同様腰に差していたナイフを構える。


 「……俺としては、こいつを連れてこの場から離れさえすれば構わないんだがな。それでも俺と一戦交えたいというならば、加減はしないが」


 ディットは腰に差した得物を抜こうともせず、そう告げる。


 「くっ……あんただってギルドの人間だろうが……!仲間を邪魔するような真似をしていいと思っているのか!?」


 そう言いながら背の高いギルド員は、今一度ナイフを構えなおした。


 「いてぇよぉ……トッポ……助けてくれ……」


 その時ディットによってわき腹を砕かれたレイズが、背の高い男の名を明かす。


 「ちっ……」


 トッポはそう舌打ちをした。

 強い敵と対峙する今、名前を知られると言うのは不利でしかない。

 相手がもしも、強い魔力を持った魔術師ならば、その名前ひとつでこちらの意志をどうにでも操る事すらも出来るからだ。

 それが例え通り名であっても。

 対峙している相手は、自分たちと同じく盗賊ギルドの人間だ。

 魔術を使えるとは思わないが、気を付けるに越したことはない。


 「勘違いするな。俺はギルドには従う。だがな、お前らのように、堅気の人間に手を出すことは、ギルドのほうでも認可されていないはずだ。それともこの地域だけ許されているとでもいうのか?」


 ディットのその言葉に、トッポと呼ばれる男は憎々しげにディットを睨んだ。


 「長さえいれば、てめぇなんぞに遅れを取らないもにを……!」


 「そこで寝ている男と同じ目に遭いたくなかったら、そいつを連れてさっさと失せろ」


 ディットが再度そう言うと、トッポと呼ばれる男は、まだ起き上がれないでいる、もう一方の男を背負うと、音も立てずに駆けて行った。


 「ありがとうございました。おかげで……」


 ディットに声をかけたのは、どこにでもいるような中年の男だった。

 その胸には大事そうに鞄が抱えられている。

 トッポとレイズは、この鞄を奪おうとしているところに、ディットと出くわしたのだ。

 だが、その中年の男が礼を述べ終える前に、ディットは歩き始めていた。

 その行動は、その中年の男の姿が見えてなかったと思えるくらいだ。それだけ、先ほどのギルド員との戦闘に集中していたという事なのだろう。


 「ま、待ってください!なにか……何かお礼をさせて下さい!あなたのおかげで、私は一万エッタもの大金を失わずに済んだんだ!」


 その声に、ディットはさも面白くなさげに振り向いた。


 「俺は別に、あんたを助けたわけじゃない」


 そう言って、またディットは歩き始めた。


 「しかし!」


 中年の男は諦めなかった。

 一万エッタ。

 家族五人が、普通に暮らしたならば、優に三ヶ月は暮らしていけるだけの金額だ。

 この秋の終わり口から、作物が取れなくなる今、これだけの金額を失うことは家族を失うも同然の事だ。

 ディットに対して、必死に礼を尽くしたいと思うのも、当然のことだろう。


 「じゃあ聞く。あんたは俺に何をしてくれるというのだ?」


 ぶっきらぼうな言い方だ。

 その人を射抜くような鋭い視線は、先ほどの戦闘から全く変化が見られない。

 それでも。

 この中年の人の良さそうな男は、嬉しそうな表情を浮かべた。


 「うちに来てください!そりゃ……たいしたもてなしは出来ないかもしれませんが。それでも、盗賊ギルドに入っている人でもいい人はいるんだってことを、家族に教えてやりたいんです!」


 だが、ディットは顔色一つ変えることなく、その男をジッと睨み付ける。

 盗賊ギルドに入っている人でもいい人はいるんだってことを……ね。

 そして、一瞬何かを考える素振りを見せた後、男に言う。


 「いいだろう。しかし、俺は宿も探さねばならん。早めに切り上げさせてもらう」


 ディットのその言葉に、中年の男は嬉しそうにディットの手を握手を求めてきた。

 それを一瞥したディット・バーンは、少し考えた様子を見せたが、さも面倒くさそうに、その手に握手を返す。

 その中年の男の家に行く道すがら。


 「私は、ユーロス・ディマッカと言います。一応、この辺の農協組合の幹部を勤めさせてもらってるんですが、最近盗賊ギルドの若い連中が、先ほどのように私どもを襲ってくるようになったんです」


 ユーロスは言った。


 「俺があんたの家に寄らせてもらおうと思ったのは、ここの盗賊ギルドについて聞かせてもらおうと思ったからだ。俺が欲しい情報はあんたの家に行ってから聞かせてもらう。今余計なことを話すつもりはない」


 ディットは顔も向けずに、ユーロスに言った。

 その言葉にユーロスは、首を縦に小さく振るだけで返事をする。

 そして、ユーロス宅。


 「なるほどな。そうとう廃れているみたいだな」


 家族との食事を終え、ユーロスの書斎で、この街のギルドの様子をディットは聞かされ

ていた。

 その話とは。

 ここ二年ほど、盗賊ギルドの長が変わった頃からだろうか?

 目に見えて、盗賊ギルドの人間達が、町の住民達を襲うようになってきていた。

 あるいは金銭を。

 あるいは物品を。

 そして。

 あるいは若い女性達の貞操を。


 盗賊ギルドというのは、本来遺跡や洞窟といった秘境と呼ばれるところから、秘宝を探してきてそれを元にギルドを経営している。

 いわばトレジャーハンターの集まりといった方がわかりやすいだろうか。

 そのギルドにおいて、最低限度の決まりがあった。


 それが、人の物には手を付けてはならない。

 人自身に手を付けてはならない。

 といったものであった。


 それが、ここアースロッドの盗賊ギルドでは日常茶飯事に破られている。


 「なるほどな……」


 「それは本当に困っているのです。ディットさん……あなたは強い。あなたには彼らを止めることは出来ないのでしょうか?」


 そう言うとユーロスは、高価ではあるが客に対してはあまり出される物ではない、キュービック酒をディットのグラスに注いだ。


 「私邸にはそれほど高価な酒はありません。これが今私に出せる最高のものです。どうぞお飲みになって下さい。これはディットさんがきっと彼らに制裁を与えてくださると確信している証としてお出ししているのです」


 ユーロスはそう言って、自分のグラスには、それよりも一回りも二回りも格の下がるエールと呼ばれる麦酒を注いだ。


 「その前に一つ聞かせて欲しいことがあるんだが?」


 ユーロスはエールの瓶を置きながらディットに返答をする。


 「聞きたいこととは……?」


 「あんたの家族のことだ……。盗賊ギルドのことを相当嫌っているようだな。俺に対する態度が冷たいのは分かるが、あんたにまでよそよそしかったのが気になってな」


 「それは……恐らくあなたに対する恐怖心があったのでしょう。妻は、気が弱いモノですから、あなたを連れてきた私に対しても、不安があったんでしょうな」


 ユーロスはそう答えると、エールを一口飲んだ。


 「その事をあなたが気にすることはございません。むしろ、気を遣わせてしまい、もうしわけありませんでした。どうぞ、お酒の方を……お時間もあまりないようですし」


 「……キュービックはあまり好きではないが、あんたの気持ちだ。いただこう」


 ディットはそう言うとぶっきらぼうにグラスに口を付け中の酒を一気に飲み干した。

 その瞬間わずかにユーロスの口の端が、わずかにつり上がる。


 「ふん……灯り苔の粉末か。まぁ睡眠薬としては二流だな」


 「なっ……」


 ディットは立ち上がりユーロスを見下ろした。


 「お前が怪しいことなんざ、会った瞬間から分かっていた。それまで何の気配もしなかったあそこで、ギルド員と争っていたヤツが堅気の人間なわけはないからな。それともここアースロッドの農協組合では、組合員全員に特殊な訓練でもしているのか?」


 ディットはそう言うとユーロスを見下ろす目に冷たい感情をうかがわせる。


 「くっくっくっ……よく分かったな。さすがに貴様もギルドの人間だけある」


 ユーロスはそれまでの人の弱そうな表情から一変して、いかにもその道を長年歩いてきたものだけが漂わせる、独特な雰囲気を身にまとわせた。


 「むしろ俺は貴様の存在の方が気になるがな」


 ディットはそう言うと、ユーロスの頭の上からつま先まで素早く確認する。

 先ほどまでとは違い、温和な雰囲気は微塵もない。

 むしろ全身から滲み出ているのは憎悪の感情。

 これほどまでに急激な感情の変化を、一般の人間はおろかギルド員ですら操ることは難しいものだ。

 その事実に気づいたディットは、もうひとつの事実にも気がつく。


 「そうか……ギルドの人間というのは予測はついていたが……貴様がこのアースロッドのギルド長カイラス・アレサンドロだな?」


 ユーロスと名乗っていた男の口が不気味なほど嫌らしい嘲笑を浮かべる。


 「そうさ……この俺こそがカイラス・アレサンドロだ」


 「ならば探す手間が省けた。お前にお前の居場所を聞くつもりだったんだからな。さて……アースロッドギルド長カイラス・アレサンドロ。貴様を処罰する」


 そのユーロスに、ディットは冷たくそう言い放った。



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