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第1章第13話

 その母親は、いまだディット・バーンの前に立っていた。

 その顔には優しい笑顔が浮かんだまま。

 その場を一歩も動かずに。

 (昔無くしたものを……)

 ディット・バーンは盗賊ギルドに入る為に家を出た。

 以後一度も実家に戻っていない。

 それがギルドの法だからだ。

 (もう見ることは無いと思っていたものだ)

 ディット・バーンはそう思い、少しの間それを眺めたが、気を落ち着かせていつもの精神状態を取り戻した。


 「あんた……あいつの母親か?」


 その問いに女性は優しくうなずいた。


 「えぇ……私はあの子に会わないといけないのです」


 優しい声だ。

 (この人が本当にラスト・オブ・キマイラなのか?)

 ディット・バーンには信じられなかったが、ブラックウィンドの言ったことに嘘は無かったと信じたい。

 少なくとも嘘をつく状況ではなかった。


 「会って何をする」


 ディット・バーンの両の手には今だミドルソードが握られていている。

 しかし、それをこの女性に振るう事はないだろう。


 「私を……殺してもらうのです」


 ディット・バーンの両手からミドルソードが転げ落ちた。


 「なんだと?」


 「私を殺させるのです」


 もう一度女性はそう答えた。

 それが当然の事のように。


 「馬鹿な……理解できん……」


 それがディット・バーンの精一杯の答えだった。


 「それでいいのですよ……優しい盗賊さん」


 その答えにすら、優しい……慈愛に満ちた笑顔をのぞかせる。

 その時。


 「母さん」


 ディット・バーンの後ろから声がした。


 「大きくなったのね……クレス……」


 そこには意志の戻った瞳をしたクレスが立っていた。

 ディット・バーンは何か言おうと、一度口を開きかけたが、言葉は不要だと言わんばかりに、落ちたミドルソードを自分の腰鞘に戻して後ろに下がった。


 「ブラックウィンド……彼女は」


 「あぁ……恐らくクレスにも分かっている」


 二人はそう言い合うと、視線を再会を果たした二人に戻した。

 レイナはその光景をまともに見ることが出来なかった。

 ディット・バーン。

 ブラックウィンド。

 二人の姿を目にしたとき、二人の最初の会話を聞いたときに、今から何が起こるかを察知してしまったのだ。


 「変わらないね、母さんは」


 そう言って女性に笑い掛けるクレス。

 その笑顔には一点の曇りも無い。


 「あなたは変わったわね……背も伸びたし、そろそろ髪も切ったほうが良いんじゃないかしら?」


 そう言うと女性はクレスの頭を大事そうに抱え込んだ。

 クレスも何一つ抵抗する事無く頭を抱かれる。

 暫く無言のときが流れた。


 「母さん……ボク、ラスト・オブ・ブレイズを探す旅を始めたんだ」


 クレスは女性の胸に顔をうずめながらそう言った。


 「そう……」


 女性もクレスの頭を撫でてやりながらそう答える。

 またも無言の時間が流れる。

 ブラックウィンドはその光景を見つめることが出来なかった。

 (胸がつまる……)

 横ではレイナが口に手を当てながら、瞳からは大粒の涙を滝のように滴らせていた。

 その先はクレスが先ほど寄りかかっていた木。

 まともに目を当てられないのだ。

 ディット・バーンだけがその光景をジッと見ていた。

 誰かが見届けなければいけない。

 そう心が叫んでいる。

 この二人には酷な光景だろう。

 だったら……既に親という存在を捨ててしまった自分が見届けるべきだ。


 「クレス……良くお聞きなさい。私はあなたに一番初めに出会うラスト・オブ・ブレイズとしてここにいるの」


 母の顔が少し悲しそうな笑みになる。


 「……分かってる」


 そう言うとクレスは母の腰に両手を回す。

 この時間が永遠に止まってしまえば良いとでも言うかのように。


 「烏さん……なんでこんなに、こんなに辛い現実を……あの子は……!」


 レイナにみなまで言う気力は無かった。

 それでもブラックウィンドには伝わっただろう。


 「クレスにしか……出来ない事なんだ」


 それはどんな言葉よりも力強かった。


 「貴様達は伏せていろ。……俺が見届ける」


 その前ではクレスと母親のやり取りをずっと見ているディット・バーンがいた。

 レイナとブラックウィンドに、今から起こることを見るなと言っているのだ。


 「……私がこの町に来たのは、この事を見届ける為だったのかもしれない」


 そう言うとレイナは今だ涙の流れつづける瞳を擦りながら、ディット・バーンの横に並ぶ。


 「クレス……あなたは全てを終わらせなさい。全てのキマイラ……ラスト・オブ・ブレイズ達を眠らせてあげなさい。それはあなたと……あなたがこれから出会う幾多の仲間たちにしかできないこと……。あなたには、それをする義務があるのよ」


 母はそう言った。


 「うん……」


 クレスは今だ母の胸に顔をうずめたまま小さくうなずいた。


 「最後に……本当のあなたたちの敵は……今だ存在している過去の魔術師。彼を止めない限りは、ラスト・オブ・ブレイズが本当の意味で安らかになれるときは来ないでしょう。そして、この大陸が安らかになれるときもね」


 母はそう言うと、クレスの髪を今一度優しく撫でた。


 「ボクが……必ず眠らせてあげるから」


 それは母に対する最後の親孝行なのかもしれない。

 クレスはそっと、母の腰に回していた手を解いた。


 「本当は……母さんと一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいたいよ!……でもそれじゃ  あ、母さんが眠れないから……ゆっくり出来ないから……」


 クレスの留まっていた時間が、今、流れ出そうとしていた。


 「私のクレス……あなたは本当に優しい子。みんなを……みんなを眠らせてあげて」


 母はそう言うとクレスの額に、優しくクチヅケをした。


 「おやすみ……母さん」


 時が流れた。



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