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第1章第11話

 その視線が何かを捕らえていた。


 「おばけだ!」


 二人人……正確には一人と一匹だが。その間に走った緊張感が急激に冷めるのを、ブラックウィンドは感じた。

 それはおばけなどと、突拍子もない事を言ったゴロツキの彼のせいではない。

 あれは……。


 「クレス……ラスト・オブ・ブレイズだ!」


 ブラックウィンドのその一言に、レイナは反応できなかった。

 身動き一つしていない。

 興味が無いと言っていたが、その影響もあるのだろうか。

 しかし、レイナの顔は薄く青白くなっているところを見ると、実物を見てしまったことで、精神の奥底に眠っていた恐怖心が沸きあがってきたのだろう。


 「なんで……あれがラスト・オブ・ブレイズなのよ!」


 当然そういう疑問にいきつく。


 「俺は……今やもはや人間とは呼べない"スガタ"だ……だからこそ分かるんだよ。動物というのは逃走本能というのがある。自分よりも強いと思う者から逃げようとする本能が。もちろん今の俺にだってそれはあるんだ。あれは……普通じゃない。ドラゴンですらも見たことのある俺が、それ以上に強いなにかを感じる相手が、ラスト・オブ・ブレイズでないはずがないんだ」


 ブラックウィンドの言う事は、間違いではない。

 直感的にレイナはそう確信した。


 「べ……別に襲われるわけではないんでしょ?」


 しかし、距離にして約十メートルほどしか離れていない場所に立っている、クレス・ロックスターとディット・バーンにとってはただ事ではない。


 「そんな……」


 「あれが、ラスト・オブ・ブレイズだと?」


 その先には人が立っていた。

 ラスト・オブ・ブレイズといえば先の戦乱において、このアスタランデを救った存在。

 そしてアスタランデに徹底した恐怖を植えつけた根源。

 それはつまり、俗に言う魔物の類ではなかったのか?

 だが、その姿はどこから見ても、誰がどう見ても、一人の女性にしか見えない。


 「馬鹿げた事だと思うけどな……しかし」


 ブラックウィンドは、もう一度レイナの肩の上で口を開いた。


 「レイナ。あの女に魔力の波動を感じるか?」


 レイナはその言葉を聞いて、自分の全神経を集中させ、その女性に対して魔力の探知をおこなった。

 人というのは、どれだけ普通に暮らしていてもどれだけ魔力が低いといわれている人間でも、必ず魔力というものが存在する。

 人だけではない。

 動物や植物にも魔力はあるのだ。

 優れた魔術師になれば、その体内に宿る魔力を感じるだけでその生存種が分かると言われている。

 レイナが魔力を探知しようとしたのは、彼女が"ヒト"かどうかを確かめようとしたからだ。

 そのレイナの目が得も言われぬ表情を見せた。

 これは……。


 「烏さん……。この人、ヒトじゃない……」


 ブラックウィンドは背筋が凍るような思いをした。

 どこから見てもヒトなのだ。

 しかし、魔術に関しては自分ではレイナの足元にも届かない。

 それならば、レイナの言葉が正解。


 「レイナ!クレス達の元に行くぞ!」


 その言葉に素直に走り出すレイナ。


 「お、俺は?」


 「そこにいろ!もしくは逃げろ!」


 ブラックウィンドは、ゴロツキの彼に即答で返す。

 正直に言って、今彼がここに来るのは足手まとい以外のなにものでもない。

 彼は戦闘力が高いとはいえ、所詮はただの一般人なのだ。

 ブラックウィンドとレイナはすぐに、クレス達に追いつく。

 その時ブラックウィンドはその女性が、普通の人間のカタチをしていないという事に気づいた。

 あの姿は……。

 すぐさま、レイナの肩からクレスの肩へと飛び移る。

 (震えている……!)

 ブラックウィンドの降り立った、その滑らな傾斜を描いているクレスの肩は、小刻みに震えていた。


 「ブラックウィンド……うそだよね?」


 どんな時でさえ感情を露にしない。

 例え感情の箍が外れたとしても、それは怒りの感情。

 怯え。

 驚き。

 恐怖。

 そのいずれにも反応を示さなかったクレスの感情。

 それが今、顕著なまでに露になっている。


 何がだ?

 クレスはなにに対して嘘だと思いたい?

 ラスト・オブ・ブレイズが現れたことか?

 それぐらいではクレスの感情は扉を開かないだろう。

 ではなにか?

 それはとてつもなく大きな衝撃。

 声が出ない。

 クレスの問いに答えてやりたかった。

 だが今ブラックウィンドに言えることは、ただひとつ。

 

 『それは嘘じゃない』


その思いは声にならなかった。

 何か"応え"を発してはいけない。

 そんな何かがこの空間には生じていたのだ。


 「こんなの嘘だよ!」


 クレスは今まで見せたことの無いような、激しい動揺を見せている。

 分からない。

 何があったんだ?

 ブラックウィンドは答えを探していた。

 レイナもこの線の細い青年が、これほどまでに激しい気性を見せるとは思わなかったのだろう。

 クレスの背中を見つめたまま、微動だにできないでいる。

 ディット・バーンは。


 「どうした?」


 ただ一人クレスに声を掛けた。


 「変だよ!……あれがラスト・オブ・ブレイズだって?おかしいだろ?だって、そんなことあるわけないじゃないか!」


 今まで刃をかわしていたディット・バーンでさえ、クレスの異変に敏感になっている。

 それほどまでにこの青年の態度が急変した。


 「烏!こいつはいつもこうなのか?お前の相棒は!」


 ディット・バーンは、クレスの震える肩に器用にしがみついているブラックウィンドウに呼び掛けた。


 「いや……俺さえも、初めて見る」


 短く応えるブラックウィンド。

 今、この場に烏の姿をしたブラックウィンドを奇異の目で見る存在は一人もいない。


 「くそっ……どっちが本当のこいつなんだ!」


 もしくはそのどちらもクレスなのかも知れない。

 だがそれを理解できるほど、ディット・バーンには人間的経験がない。

 その時レイナは、ただ一人その女性のほうを見ていた。


 「笑ってる……」


 その声に、ブラックウィンドとディット・バーンはその女性のほうへ目を移す。

 確かに笑っている。

 卑下た笑いではない。

 慈愛に満ちた、聖母のような優しい微笑だ。

 (なにを笑っているのだ……?)

 ブラックウィンドはそう自問した。

 今まで幾多の魔物を切り捨ててきたが、このような魔物……。

 いや、厳密に言えば生物と対峙するのははじめてだ。

 (浮かばん……!)

 自分の知識の少なさに憤りを感じた。

 その時レイナも、女性の姿が人間ではないと言う事に気づいた。


 「耳が……」


 その言葉にブラックウィンドはもう一度考えをめぐらせてみることにした。

 そこに何かがあるように思えてならないのだ。

 先ほどはクレスの異変に気が移ってしまい、考えに集中することが出来なかったが、今なら考えることが出きる。

 いや……考えなければいけないのだ。

 あれほどまでのクレスのうろたえ方。

 ブラックウィンドでさえ初めて見た光景。

 明かにその目は何かを見つめている。

 それがその女性の姿なのか……?

 その女性の影に何かが見えるのか……?


 「いやだよ……違うよ……なんでそんな顔で笑うんだよ」


 クレスの震えが少し強くなった気がした。


 「ク、クレス!」


 ブラックウィンドの声も耳に入っていない。


 「どうするんだ!」


 ディット・バーンはブラックウィンドの答えを待つ。

 その後ろではレイナも、ブラックウィンドの口が開くのを待っていた。

 その時だった。

 ブラックウィンドの頭の中で、何かと何かの傷口が一つにつながったのは。

 それは答えだとか、考えだとか……そんな生易しいものではない。

 それは、まさしく傷口。

 決して開いてはならない絶対の傷口。

 クレス・ロックスターの傷口。


 「まさか……」


 ブラックウィンドは、心が精神的な苦痛によって、己の心が悲しみという叫び声を上げるのを耐えなくてはならなかった。

 そんな事があってはならないのだ。

 そんな残酷な事があってはならないのだ!

 心の弱いクレスに、そんなものを見せるな!

 何故神は、この心優しき少年をこれほどまでに試そうとするのか!

 そして、その苦痛に耐えたとき、クレスに問う。

 その表情は悲痛。

 掛けたくない問いかけ。

 だが、これはブラックウィンドにしか許されない問いかけ。

 なら、言おう。

 それが俺とお前の絆なのだとしたら。


 「まさか……クレス!そうなのか!あの女性の姿が……お前の!」


 クレスは動かない。

 ディット・バーンはクレスの答えを待った。

 レイナ・サイレンスもクレスの答えを待つ。

 ブラックウィンドは……ただその女性のほうを見つめていた。


 「母さん……」



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