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第1章第9話

 「処刑執行人ごときが!」


 トッポは胸に溜まった息を残らず吐くような、荒く強い呼吸をする。


 「ごとき?その執行人ごときにやられたのは、どこのどいつだ?」


 そのトッポを挑発するようにディット・バーンは小馬鹿にした言い方で、トッポに向かってそう言い放つ。


 「……っ!」


 その返しにトッポは自分の気持ちが更に昂ぶっていくのを感じた。

 その二人のやり取りを見ながら、クレスはただ割ってはいる事をためらっていた。

 三人の思いはばらばら。

 クレスはディット・バーンに苛立ちを感じている。

 トッポもディット・バーンを殺そうと心に誓った。

 だが、当のディット・バーンは何を考えているのか。

 クレスに対してうらみは無い。

 トッポに対しては個人的に始末する必要性も感じていないだろう。

 ならなぜ、ここにいてクレスの相手をしているのか。

 何故トッポに対して、逃走を焦らせないのか。


 「もはや引く相手ではないのか……」


 それはブラックウィンドの独り言だったかも知れない。

 トッポとカイラス・アレサンドロ。

 共に自国を追い出され、このアースロッドで出会った。

 それからカイラスがギルド長になる間、苦難を共にしてきた。

 確かに行ったのは悪事だろう。

 それでも、彼ら二人に芽生えていた信頼感は、もはや本当の兄弟が抱く以上のものだったはずだ。

 トッポにすれば自分の半身を失ったようなもの。

 その怒りは容易に想像できる。

 想像しているよりも、更に深い怒りがあることすらも容易に想像できる程に。


 「あいつは俺と同じ悪党だったさ。でもな……悪党には悪党なりに仁義というものを持っている。俺はそれを守らせてもらうぜ」


 トッポの重心が低くなる。

 長身のトッポがどうすればこれほど小柄に見えるのだろうか。

 ハーフエルフとはいえ、人間よりも小柄なクレスがしゃがんだのと同じくらいの背丈にしか今は見えない。

 これはトッポが戦いの中で身につけた、独自の構えだった。

 つい先ほどまで長身で目立っていた自分が、途端に小柄にみえてしまう。

 その構えを見た相手に宿るのは、驚きと戸惑い。

 その隙をつくことが、トッポにとっての必殺。

 実力ではまず、このディット・バーンには敵わない。

 だが、この独自の構えを一発で見破れる人間がこの世にいるはずがない。

 トッポはそう考えていた。

だからこそ、まず動いたのはトッポである。

 その狙いはディット・バーンに定められている。

 その一撃だが、ディット・バーンにとっては、その動き自体十分予測していたものだったんだろう。


 「死にさらせぇ!」


 トッポは一瞬動きを止めたディット・バーンの喉元めがけ一気に縮こませていた身体を伸ばす。

 その速度も一級品。

 その攻撃は並の人間では防げない。

 恐らく、並以上のすなわち強者と恐れられる人間ですら完璧に防ぐことは出来なかっただろう。

 だが、ディット・バーンはその攻撃をやすやすと受け流す。

 そこにいるのは音速の処刑人。

 強者というレベルではない。

 それはもはや人間を超越した瞬発力を誇る、人間の極み。

 そのトッポの動きですら駒送りにすら見えていたのかも知れない。


 「ちっ!」


 トッポはひるむ事無く、もう一度短剣を構えなおす。

 奇襲が効かなかった以上、これ以上は手数で押すしかない。

 しかし、目の前にいるディット・バーンにとって、その一瞬が命取りになりかねないということに、トッポはこの時気づく。

 奇襲が効かなかったということは、それはトッポの敗北。

 トッポが構えを直そうとした瞬間、既に目の前にはディット・バーンの姿があった。

 彼に襲いかかろうとしたのは、圧倒的な死への恐怖。


 「逝け」


 ディット・バーンはそう短く呟くと、鋭いハーフソードをトッポの喉元目掛けて、繰り出そうとした。

 (やられる?)

 さすがのトッポ様でも、こいつにだけは敵わない。

 トッポは確実に死という名の、神を捕らえた。

 捕らえたはずだった。

 それなのに、そこに近づく存在が。


 「君の相手はこっちだろう!」


 ディット・バーンはクレスの刃が届く直前になってから、その刃をトッポに向けていた刃で弾き返す。

 その動きもまた俊敏。

 常人では十中八九間に合うタイミングではない。

 今トッポの命を救ったのは、ディット・バーンと向かい合っていた男。

 気にはなっていたが、あの時はアレサンドロ……カイラス・アレサンドロの屍を見て、彼の事が眼に入っていなかった。

 (意識していたら、最初の一撃で全てが決まっていた!俺はツイてる!)

 トッポはそう心の中で判断すると、今一度彼ら二人と距離を取る。

 三人の間に緊張が走る。

 さすがのディット・バーンも今のクレスの動きには反応が遅れた。

 (俺としたことが……)

 ディット・バーンの心には少しの油断が生じていたのだ。


 盗賊ギルド処刑執行人としての、その任務の最もたる部分を達成した後に生まれる、ほんのわずかな油断だ。

 だがその油断も、既にディット・バーンは完璧に押さえ込んでいた。

 もはやディット・バーンに隙はない。

 ブラックウィンドは行動を起こす必要を感じていた。

 このままではここにいる全ての者。

 ディット・バーンを除く全ての者の命が危ないと感じたからだ。

 彼の考えを行動に移せるのは女魔術師ただ一人。


 「烏さん」


 女魔術師はその視線に素直に反応した。

 未だ、広場の三人は緊張を保ったままだ。

 人間ではないブラックウィンドの、その瞳をまともに受け自分の真意を尋ねてきた。

 ブラックウィンドの心に希望が沸き上がる。


 「女魔術師よ。少し聞きたいことがある」


 「ひっ?」


 この声は共にいた青年のものだ。

 誰でも普通は、烏が喋るなどとは想像も出来まい。

 彼が驚いた声を上げるのも当然の事だろう。

 しかし、女魔術師。

 それと、三人の戦士達は瞬きほどの動揺すらも見せなかった。

 それは今まで生きてきた道の深さからであろうか?

 烏が喋ることよりも、他に驚くべきことを経験している人間にしかすることの出来ない対応だろう。

 もっとも戦士三人の耳に、ブラックウィンドの声が届いたかは定かではないが。


 「あら?あなた、魔力を感じるわね。どっかの魔術師に姿を変えられてるの?」


 女魔術師は、すぐにブラックウィンドの姿を見破った。

 (若いのに……やる)

 ブラックウィンドも素直に頷く。

 自分の見立ては間違いではなかった。

 こんな時間に若い女性が一人で歩くなんて事は、そう滅多にあるものではない。

 ならそれは、そうするだけの実力を有するとブラックウィンドは考えた。

 そしてこの瞬間。

 それは確信へと変わる。

 真っ先に自分の正体を見破った人間など、今までに出会ったことなどないのだから。


 「昔ヘマをしてな。……名前は?」


 「レイナ……。レイナ・サイレンスよ」


 躊躇なく教えるレイナ。


 「ならばレイナ。お前さんはあのトッポという男だけに狙いを定めて、魔術で射抜くことができるか?」


 レイナはブラックウィンドの言葉を受け、トッポと、その周りにいる二人の男達に目をやる。

 未だ深い緊張が走る中。

 レイナの目から見ても、トッポが先に、なんらかの行動を仕掛けようとしているのが分かる。

 ……時間がない。

 それに間に合わなければ、ここにいる者は全滅する。

 ブラックウィンドはそう頭の中で、レイナに訴えた。

 そして、それはレイナ自身も勘付いていた。

 出来るにしろ、出来ないにしろ結論が要る。


 「……気を失わせるくらいなら出来るかも」


 ブラックウィンドは、その言葉に頷いた。

 彼女が嘘を言っている様子は全く感じられない。

 それに、ここで彼女が嘘をつく理由が全くない。

 自信がなかったらそう言うだろう。

 なにせ、ここで失敗すれば自分の生死にすらかかわってくるからだ。

 ブラックウィンドは彼女を信頼しようと決めた。

 彼女の目が、失敗するはずがないと語っているからだ。


 「俺が五つ数える。ゼロカウントまで来たとき、お前は確実にあいつを眠らせてくれないか」


 ブラックウィンドは直感的に、彼女が使う魔術がスリープ・ミスト【眠りの霧】だろうと予想した。

 この場面、この状況でただトッポだけを叩き伏せる魔術の数など知れている。

 攻撃的な魔法と違って、スリープ・ミストは術をかける標的の心の中に作動する魔術だからだ。狙いを定める必要がないのだ。

 しかもこれだけ歳若い魔術師ならば、他に手はないだろう。

 実力と経験は相容れあい存在。

 いくら彼女に実力があろうと、それが世の理なのだ。


 「任せといて」


 女はそう自信ありげに囁くと、ブラックウィンドを肩に乗せ、トッポを打ちぬく為の魔術の詠唱に入った。

 あたりを一層の緊張感が支配する。

 ブラックウィンドは待っている。

 誰かが動き始めるのを。

 いや、待っているのは、他の誰でもないトッポの動きだった。

 (これ以上の沈黙は、俺には酷過ぎるってもんだ)

 そのトッポは既に業を煮やしていた。

 この緊張感。トッポにとっては最も苦手な空間だ。それに……。

 今自分が対峙しているこの二人の男は、明らかに自分よりも戦闘能力が高い。

 ぱっと見ただけでしかないが、ディット・バーンの実力は抜きん出ている。

 カイラス・アレサンドロがあっさりと絶たれたのも仕方ないことだろう。


 それに間をとって立っているボーヤ。

 構えこそ隙だらけに見えるが、気になるのは先ほどボーヤが振っていたそのハーフソード。

 目の肥えたギルド員ならその剣が、それこそ名のある名剣と分かる。

 どんな魔術が籠められているか把握する事が難しい。

 そんな二人を今から相手にしなければいけないのか。

 特に盗賊ギルド刑執行人ディット・バーンに対しては、自分が持っている最上級の集中力と、今までに経験したことのないような絶対的な"運"を味方につけなければ勝てそうにない。


 (どうする?このボーヤだけ先に仕留めるか?)

 トッポは他に何かいい考えがないか思いを巡らせた。

 先にディット・バーンを倒そうとしても、このボーヤが邪魔をしてくるだろう。

 何やら深い怒りを抱いているようだから。

 逆にボーヤが倒されたところで、このディット・バーンには何ら影響はないはずだ。

 この男は自分が関心のある人間だけにしか、興味を示さない男。

 それに、ディット・バーンは同じ穴のムシロ。

 トッポの考えなど動いた瞬間に理解できるだろう。

 同じ系統の人間など考えてることなどは案外似てくるものだ。

 逆に奇襲をかけて、それに成功しさえすれば、このボーヤを黙らせることは出来る。

 ギルドの人間以外に、ギルドの人間の手段を予想するのは難しい。

 まだ年若い目の前にいる青年にとっては、尚更だろう。

 いくら魔術の籠もった魔剣を携えていても、だ。

 まずディット・バーンを狙うのは得策ではない。


 (他に手はねぇな……)

 トッポは腹を据えた。

 そのターゲットはクレス。

 しかし、それはブラックウィンドの考えていた通りの行動になるという事を、この場にいるただ一人も知り得ない。

 (これ以上は待てねぇ……。死んでもらうぜボーヤ!)

 トッポの身体に気が集中してくる。

 (くる!)

 気を集中させていたのはトッポだけではなかった。

 ブラックウィンドもまた、トッポの呼気を読む為に気を集中させていた。

 それに彼に肩を提供している女魔術師もいつ魔術を放出させてもいいように、魔力の調整に集中力を高めていた。

 彼女の額から露玉のような汗がポツポツと噴きだしている。


 「五……四……三……」


 ブラックウィンドが不意にカウントダウンを始めた。

 そして、トッポはひとつ深い息をつく。

 女魔術師の眉間から、一筋の汗が流れ落ちる。

 未だトッポは動きを見せない。

 いや。

 呼気さえも感じられない。

 恐ろしいほどまでの集中力。

 生死をかけた人間だけに許される、神の領域が近づこうとしているのだろうか。


 「二……一……」


 カウントゼロまであとわずか。

 その先に待つ結末とは。



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