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それは小鳥(ことり)啼音(なきね)(いただ)き、*一瞥(いちべつ)(うち)に*哀韻(あいいん)(ひびか)せる、華奢(きゃしゃ)で美しい女であった。(うっす)らと*白粉(おしろい)でも()って居るかのように相貌(みいれ)真鍮(しんちゅう)(ひか)り、鼻梁(はな)(ほんのり)(あお)(かげり)()した容子(ようす)であるのにも(かか)わらず、*(ごう)(まぼろし)めいては居らず、憂鬱(ゆううつ)そうに(おさま)豊頰(ほお)(あわい)(すぼ)められた(くちびる)宛然(まるで)蜜柑(みかん)果肉(かにく)のようですらあった。

*(あわせ)羽織(はおり)帯留(おびとめ)と、登攀(とざん)恰好(かっこう)とは率然(にわか)に信じ難い服装(みなり)ではあったものの、暗夜(やみ)のために*染絣(かすり)やら絞染(しぼり)やらは判然(はっきり)としなかった。(したが)って記憶にも(あまり)不残(のこら)ず、()いて居る今ではどんな(めい)(がら)であったか(すっかり)忘却(わす)れてしまい、(ほんとう)着物(きもの)装飾(きかざ)って居たのか(あや)しいと想う(ほど)である。と云うのも、そう謂った服装(ふくそう)差置(さしお)いて、私の興味(きょうみ)(ことさ)()いたものがあった。

それは()である。*烏羽(からすば)生揃(はえそろ)った睫毛(まつげ)胡蝶(ちょう)(はね)の如く(やす)まり、それを敷衍(おしひろ)げるかのように明眸(ひとみ)(つぶら)調(ととの)って居る。私は幽遠(ふか)谿底(たにぞこ)でも覗込(のぞきこ)むかのように*鯱鉾(しゃっちょこ)()り、女の(ひとみ)(うち)に、*十重二十重(とえはたえ)(あえ)ぎに取縋(とりすが)られた(あと)のようなものを()た。それは()る人の確信を鈍化(にぶら)せ、狼狽(たじろ)がせる、不思議な作用を持って()た。確かに私はあのとき、()()ると云うよりも(はるか)()られて()り、(へび)に睨まれた(かわず)のように、*因循(いんじゅん)居竦(いすく)まる他なかったろう。

水晶を光が透いても、雨粒にはそれが許されないのと恰度(ちょうど)同じで、私の視線(しせん)(にげ)るように虚空(こくう)辷落(すべりお)ちるのであった。女は秋らしく、厚着(あつぎ)とも薄着(うすぎ)とも云えなかったが、(はだか)綽々(たやす)く想像された。それは大理石(だいりせき)の*白皙(はくせき)容赦(ようしゃ)なく研削(みがき)あげ、(あやう)い均衡の上に()く不安の薔薇(ばら)に違いない。

こう()くと、私のことを狂人(きちがい)かのように思われるかもしれないが、(およ)そ美人の定義とはこう云うものではなかろうか。

*一瞥…ちらっと見ること

*哀韻…哀れな響き

*白粉…化粧に用いる白い粉

*毫も…少しも

*袷に羽織に帯留…袷は裏地つきの着物、羽織は長着の上におおい着る、襟を折った短い衣、帯留は女の帯の上をおさえ結ぶ帯締め。

*染絣やら絞染…それぞれ染文様のこと

*烏羽…黒く青みのある艶やかな色

*十重二十重…幾重にも多く重なる様

*因循…決断力に欠け、ぐずぐずするさま

*白皙…肌の色が白いこと

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