七
小憩の*園生は物憂い名残惜しさに淋として居る。平な面に、まだ新鮮しい血色の佳い腰掛が二、三列んで居た。所在によっては絶崖へやや迫出すので、転落防止の柵がある。それは時間の摩擦の裡に、程々褪んだ朱い錆を附け、観念としての清潔もそれに相伴って目減するはずであるのに、却って琢を掛けたかのようで、何ら油断のない印象を保って居た。*鹿爪らしく自若んで居る容子は人を峻拒するのに適であろう。
私は腰掛へ歩行った。路が砂礫から石畳へ遷ったことにより、砕けた調子であった跫音は小気味佳く鳴った。腰を下すと、脚を*巨細に渉って搏つ鼓動が耳許まで届くのを感じ、私は初めて己を疲労を自覚した。
しかし、嗚呼、何と綺麗しいことか!
徒爾な曇一つなく、独り誇らし気に超然とする態は濃紺な扮装に煌く*徽章であった。円い妖しい性徴は*雪肌に泛ぶ痣の陰画めいても居り、周囲から明晰に彫られて居た。
どの時間を切取っても*月魄は赫灼した。それは恰も、月は決して瑕附くことはないのだと、示唆かしていたに相違ない。
私はこうした身勝手な妄想に幾分か耽り、少時したら、天辺へ登ることなく下山する積であったが、その僅な想いは突然毀られた。
「御隣、宜しくて?」
*園生…園に同じ
*鹿爪らしい…堅苦しく形式ばっている
*徽章…身分や名誉などを示すために衣服等につけるしるし
*雪肌…雪のように白くきれいな肌
*月魄…月のこと