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私は小径(こみち)通行(とお)り、参道(さんどう)らしき、やや(ひら)けた通路(とおり)(ぬけ)た。木組(きぐみ)(かいだん)は既に*普請(ふしん)から(なが)いのか、(ほとん)砂礫(じゃり)(うも)れて居た。

後方(うしろ)瞰下(みお)ろすと、手前から(さっ)樹々(きぎ)山裾(すそ)まで(なが)れ、(まばら)明滅(めいめつ)する街が、遠く(なが)められる。樹立(こだち)糊附(のりづ)けられた月露(ひかり)温泉(いでゆ)の如く(こぼ)れ、*(いなが)らにして、(みずぎわ)()きる波浪(なみ)のように燦爛(さんらん)とした。光輝(ひかり)騒擾(ざわめ)きは蛇腹の如く(うね)り、時折(ときおり)闇を(うか)べた。*黒洞々(こくとうとう)(かが)める闇、悧巧(りこう)(しな)える闇、こう()ったものが(さかり)()えるのを()いた。光は闇に脅かされて居たのである。

()と私は、この月露(ひかり)花圃(はたけ)月魄(つき)自身によって掻消(かきけ)されるような(おも)いに駆られた。光彩陸離(こうさいりくり)(かがや)けるのは仮の(すがた)で、(つき)(そっ)呼掛(よびか)けると、それは大急ぎで胡蝶(ちょう)の群に変貌(へんぼう)し、(たちま)飛翔(とびた)ってしまうのではないであろうか。生餌(いきえ)拐引(かどわ)かされるようではなかろうか、と考え悚然(ぞっと)した。

急ごう、そう想った。

(てっぺん)までの前途(ゆくて)に、私は*真砂(まさご)ほどの秋を()た。四辺(あたり)幾重(いくえ)にも(しずま)り、暗闇のため判然(はっきり)とはしないものの、右方(みぎて)絶崖(がけ)からは(ちぢ)れた*岩茸(いわだけ)の*緞帳(どんちょう)(のぞ)かれ、左方(ひだり)青草(あおくさ)豊饒(ゆたか)には*竜胆(りんどう)や*吾亦紅(われもこう)らしき輪郭(すがた)(おさま)って居る。私は夥多(おびただし)(ばか)りに隠匿(ひそ)んで居るであろう蜻蛉(とんぼ)蟷螂(かまきり)空想(ゆめみ)て、(じっ)見戍(みまも)った。

点綴(てんてつ)される巌陰(いわかげ)(むし)たちの馴染(なじみ)なのであろうか。今は*車前(おおばこ)(てのひら)で、宛然(さながら)小休止(いきつぎ)をするように、(わずか)な時間を(ぬす)んで(はね)でも(やす)ませて居るのであろうか。(いや)夜半(よなか)ともなれば彼等も寝静(ねしずま)って居よう。それとも近頃の(せみ)がそうであるように、電灯(でんき)(あお)られ、依然(そのまま)覚醒(おき)て居る徒輩(かおぶれ)も在ろうか。しかし、この深山(みやま)には常夜灯(じょうやとう)など有りはしないのだから、逡巡(かんが)えるだけ(むだ)であり、可笑(ばかげ)て居たが、不思議(ふしぎ)とその絵姿(えすがた)は、明朗(いきいき)としてきたのである。と云うのも、(さいわ)いにして、()るかどうか判然(はっきり)としないものを(あお)心持(こころ)満足(みちた)りて(そなわ)って居た。私はそう云う人種(たぐい)である。

*普請…工事

*坐ら…その場で

*黒洞々…くろぐろと

*真砂…ここではたくさんのという意味

*岩茸…深山の岩面生じ、地衣体は葉状で円形

*緞帳…厚地織物で製したとばり

*竜胆…リンドウ科の多年草。山野に自生し、古くから観賞

*吾亦紅…バラ科の多年草。山野に自生し高さ六十~九十センチメートル

*車前…オオバコ科の多年草。アジア各地に広く分布。踏まれても強く、原野路傍に普通の雑草


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