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荒屋(わがや)から歩行(ある)いて(ほど)ない(ところ)丘陵(こやま)が在る。大神岳(おおかみのたけ)伯耆富士(ほうきふじ)の異名をもつ*大山(だいせん)舌端(はなれ)(すわ)り、近所(ここいら)では一寸法師(いっすんぼうし)の銘を綽名(あだな)として頂戴(いただ)く、(ひな)の如き霊山(れいさん)である。山裾(ふもと)には*少彦名神(すくなびこな)(まつ)って居る神社(やしろ)が在るが、参った記憶(おぼえ)はない。一寸法師(いっすんぼうし)には(のぼ)るのに()捷径(ちかみち)が在り、そこを通行(とお)れば神社(やしろ)(あた)ることなく、頂上へ()ける。(ほとん)ど*獣道(けものもち)類似(ちか)い*(わだち)踏貫(ふみぬ)かねばならないが、そう(なが)くはない距離(みちのり)搔分(かきわ)けると、砂礫(じゃり)(かぶ)った*桟道(さんどう)めいた葛折(やまみち)(ひら)ける。その前途(ゆくて)からは(まち)(なが)めることも()き、中頃(なかば)には手狭(てぜま)ながらも少憩(いこい)()(しつら)えて居る。遠見(のぞみ)と云えば、ここであった。

夜半(よなか)ともなれば*隠沼(こもりぬ)(さなが)らの蒼然(しめやか)さで怯懦(おびえ)掻立(かきた)てるであろう。*生半(なまなか)な理由であれば真面(まっとう)ならざる沙汰(さた)判断(かんが)えたに相違(ちがい)ない。ただ、今宵(こんや)(かぎ)って、恰度(ちょうど)月の引力に引導(みちび)かれるが如く、歩脚(あるき)は無理なく()かれた。

しかし、それで()かった。御散歩(おひろい)とはそういうものであって、そうあるべきなのだ。

山へ(いた)途中(みちすがら)近所(ちかべ)住宅(すまい)生茂(おいしげ)る、*鈴生(すずな)りの草花を見た。寂寥(ぽつねん)()いて在る常夜灯(じょうやとう)は、必ずしもその(すべ)てを照出(てらしだ)した次第(わけ)ではなかったものの、*白菊(きく)紫苑(しおん)の*旁午(ぼうご)たる庭園や彼処(かしこ)で銀に揺れる(すすき)野面(のづら)(など)仰山(いっぱい)()えた。時節(じせつ)差引(さしひ)いて(なお)(あまり)ある疾風(はやて)であったが、些少(すこし)(さわ)らない。

(しだい)に減る常夜灯(じょうやとう)の数と土塊(つち)を踏んだときに(ひび)く砕けるような跫音(あしおと)様子(さま)から、(ふもと)()いたのだと(わか)った。私は(むし)可恐(おそれ)て懐中電灯を()けることが不可(できな)かった。所為(しょう)が無いので、(ほんのり)射込(さしこ)月明(つきあかり)(たの)みに進むことにした。

足許(あしもと)泥濘(ぬかるみ)(うっす)らと煮染(にじ)み、寂寞(ひっそり)(しずま)隘路(みちべ)に*(おとない)点滅(てんめつ)させた。(はや)遠見(のぞみ)躍出(おどりで)たい一心で、気の()(まま)にこの(なだらか)(さか)歩行(ある)いた。(くちびる)心悸(ときめき)のためにさぞ蚯蚓(みみず)ばって()えたことだろう。(かお)に張る(あぶら)はさぞ青苔(あおごけ)めいたことだろう。

こうして顔面(おもて)の*一顰一笑(いっぴんいっしょう)に、自然を模倣(もほう)した比喩は、(われ)ながら(いささ)滑稽(おかし)かった。それは月が私を見て居ると云う聯関と、私が自然を見て居ると云う聯関とが、鼓釦(つづみボタン)の如き照応(しょうおう)()せていた。

もうそろそろか知らん、と思った。

*大山…鳥取県西部にある複式火山

*少彦名神…日本神話に登場する神の一柱。体が小さくて敏捷、忍耐力に富み、大国主命と協力して国土の経営に当たり、医薬禁厭などの法を創めたという、

*獣道…鹿などの通行で自然につけられた道。

*轍…車がとって道に残した輪の跡。

*桟道…切り立った崖などに棚のように設けた道。

*隠沼…草木などに隠れて見えない沼。

*生半…中途半端。

*鈴生り…多く群がって房をなすこと。

*白菊や紫苑…芒…いずれも秋の草花

*旁午…往来の激しい様。

*訪…ひびき。けはい。

*一顰一笑…顔に現れる感情の動き。

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