四
夜は*伊達であった。それは黝ずむ門扉へ連綿く*飛石や、周囲の*前栽を視ても明であろう。不断は化粧の行届き、蒼々と浸透んで居る翠色も、旭日を燦然と照返す石畳も、恒視めて居るそれとは汎り異った。颯と疾風が熾るに随れ、葉広に粒立つ月光は、孤独に揺曳する庭樹を駈上っては消え、辷落ちては消え、永い時間の勾配に打寛いで居た。それは宛然、雨風に洗煉れた白骨めいた、換言ば、死屍の形相をして居るかのようである。
死屍に時間と云うものは存在しないはずであるから、樹々の揺蕩は洵も奇妙であった。
刹那から刹那へ跳遷るときに瞥見される、光芒の断面のようなものは、執え処の無い生の余情を想起させ、交互に立顕れる死屍の表情との間に美しい二重性を創った。奇妙さの正体はこれであろう。この毒のように人を恍惚とさせる妙理は其処彼処に散見された。私自身も、洩れ無く内包まれて居た。
と云うのは、月の魔性は*顕然であり、私の肉体へ、一方には強壮さとは著しく*乖離した、月光の蒼白い色艶によって却って地肌に心持装上った筋肉の虚像を浮ばせ、もう一方には、人の生まれ持つ、継接に貼附く仮面のような表情を剥奪り、窪んだ*眼窩や撫附けられた黒髪、筋張った頰桁に、地肌の*怪訝な薄さ、こう謂った元来の死屍めいた*素面を浮びあがらせ、一つの、吃りのような矛盾を創ったのだ。
私は交々露顕れる這般に対し、ややもすると可恐をなしたのかもしれない。何故ならば、私は一度閨房へもどり、箪笥の抽斗から懐中電灯と、*千枚通を取出したのだから。
再外へ出て、抜身を翳すと、陰険に光た。こういう純粋な殺意を鎧う刃物こそ、死と生の二重性から免れ、且つ裁断ることの出来る唯一の存在であった。
こいつを支配している限り、私は吃りから免罪れる違いない!
颯と夜風が騒いだ。
私はこの街で一等遠見の佳い台へ赴こうと想った。
*伊達…垢抜けて洗練されていること
*飛石…日本風の庭園の通路に伝い歩き用に少しずつ話して敷き並べた石。
*前栽…庭前の草木の植え込み。
*あらたか…神仏の霊験や薬の効き目が著しいこと。
*乖離…そむき離れること。
*眼窩…めだまのあな。
*怪訝…不思議で合点のゆかないさま。
*素面…ここでは単に平常の状態のこと。
*千枚通…錐の一種