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夜は*伊達(だて)であった。それは(くろ)ずむ門扉(もんぴ)連綿(つづ)く*飛石(とびいし)や、周囲(まわり)の*前栽(せざい)()ても(あきらか)であろう。不断(ふだん)化粧(ていれ)行届(ゆきとど)き、蒼々(あおあお)浸透(とけこ)んで居る翠色(みどり)も、旭日(あさひ)燦然(きらり)照返(てりかえ)石畳(いしだたみ)も、(いつも)(なが)めて居るそれとは(まるっき)(ちが)った。(さっ)疾風(かぜ)(おこ)るに()れ、葉広(はびろ)粒立(つぶだ)月光(ひかり)は、孤独(こどく)揺曳(ようえい)する庭樹(にわき)駈上(かけあが)っては消え、辷落(すべりお)ちては消え、(なが)い時間の勾配に打寛(うちくつろ)いで居た。それは宛然(まるで)、雨風に洗煉(あらわ)れた白骨(はっこつ)めいた、換言(いわ)ば、死屍(しかばね)形相(みなり)をして居るかのようである。

死屍(しかばね)に時間と云うものは存在しないはずであるから、樹々(きぎ)揺蕩(たゆたい)(いかに)も奇妙であった。

刹那(せつな)から刹那(せつな)跳遷(とびうつ)るときに瞥見(すきみ)される、光芒(ひかり)の断面のようなものは、(とら)(どころ)の無い生の余情を想起(おもいおこ)させ、交互(こもごも)立顕(たちあらわ)れる死屍(しかばね)の表情との(あわい)に美しい二重性を(つく)った。奇妙さの正体はこれであろう。この毒のように人を恍惚(うっとり)とさせる妙理(みょうり)其処彼処(そこかしこ)に散見された。私自身も、()れ無く内包(ふく)まれて居た。

と云うのは、月の魔性(ましょう)は*顕然(あらたか)であり、私の肉体へ、一方(かたえ)には強壮さとは(いちじる)しく*乖離(かいり)した、月光の蒼白(あおじろ)色艶(つや)によって(かえ)って地肌(じはだ)心持(こころもち)装上(もりあが)った筋肉の虚像を(うか)ばせ、もう一方(かたえ)には、人の生まれ持つ、継接(つぎはぎ)貼附(はりつ)仮面(かめん)のような表情(かおつき)剥奪(はぎと)り、(くぼ)んだ*眼窩(がんか)撫附(なでつ)けられた黒髪、筋張(すじば)った頰桁(ほお)に、地肌(じはだ)の*怪訝(けげん)(うす)さ、こう()った元来の死屍(しかばね)めいた*素面(しらふ)(うか)びあがらせ、一つの、吃りのような矛盾(むじゅん)(つく)ったのだ。

私は交々(かわるがわる)露顕(あらわ)れる這般(これら)に対し、ややもすると可恐(おそれ)をなしたのかもしれない。何故ならば、私は一度閨房(じしつ)へもどり、箪笥(たんす)抽斗(ひきだし)から懐中電灯と、*千枚通(せんまいどおし)取出(とりだ)したのだから。

(ふたたび)外へ出て、抜身(ぬきみ)(かざ)すと、陰険に(ひかっ)た。こういう純粋な殺意を(よろ)刃物(やいば)こそ、死と生の二重性から免れ、()裁断(たちき)ることの出来る唯一の存在であった。

こいつを支配している限り、私は吃りから免罪(まぬが)れる違いない!

(さっ)夜風(よかぜ)(さわ)いだ。

私はこの街で一等遠見の()(たかどの)()こうと想った。

*伊達…垢抜けて洗練されていること

*飛石…日本風の庭園の通路に伝い歩き用に少しずつ話して敷き並べた石。

*前栽…庭前の草木の植え込み。

*あらたか…神仏の霊験や薬の効き目が著しいこと。

*乖離…そむき離れること。

*眼窩…めだまのあな。

*怪訝…不思議で合点のゆかないさま。

*素面…ここでは単に平常の状態のこと。

*千枚通…錐の一種

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