二十四
女の腕が蜥蜴のように馴寄った。五指は硬質な殻で包まれた螟蛉の形相をしており、吻は蛞蝓ばった。殊更らしい挙動しは奴隷の無心に他ならなかった。肌を縫って迸る悪寒の如く、節々まで悚と残る厭な感慨がした。
その瞬間、明徹な理性が私を貫いた。*荒寥とした裾野に水晶の王国が打樹てられるとともに、焚刑に討たれた*妖姫が眼瞼の裏に昇った。
私は女の手を払退けたのである。
未だ嘗て一度でも私の裡で斯様に悪魔めいた明晰さが作用したことがあったろうか。女は初めて吃驚する仕草を視せ、途惑いの消えぬ表情で四辺を見廻した。恰も打撲を慰るように掌を抱え、差俯向いたまま私の残滓を索めるような、*屏息ともつかぬ狼狽を遠近へ視せた。解剖によって掌を血染にしてなお些少も目減しない美しさを持つ、腥の世界の一端を覘いたのである。
私は女から離れた。歩脚は漫とし、肌身は冴々とした。崖端まで歩行き、勾欄へ手をかける。斑に塗装が剥げ、掌は褪めた茶褐色に暈され肌理細やかに乾いた。月へ散に混淆する色合は肌の濃淡と恰度一緒に思われたが、何故こうも異って視えるのだろうか。月は彼程眩しいのに、夙女の裡に畳々われた美しさの発条は悉く*夭していた。月魄の片鱗もなく、*荼毘の烟がぼーっと蟠屈って居るだけである。
私は懐から千枚通を取出した。月光を享けた抜身は宛然自ら輝って居るようである。
女と刃、甚だ乖離した二個の対象は*犀利に働いた。これは間違いなく*怜悧な、一点の曇もない殺意を預って放つ閑全やかな*眩耀であろう。
なるほど私は女と刃との間を保持する惧れと云うものを、息を詰めて視めて居た。刃が惧れの無効に沈むことなく遂行するためには殺意の手続は万て刃へ委され、私を感情の関知から限りなく遠去けることに賭けられ居た。唯一瞬の裡でも悪意が確認されることはあってはならない。仕方無さに要求される犯罪であってはならない。弁明の立つ犯罪であってはならない。後ろ盾や言い訳も懺悔の利く余地もあってはならない。
他人の力を借りることなく一人で刺す。そのために刃は私の殺意を預ることで、私という存在を肉体と刃で分有せねばならなかっただけである。
荒寥…景色などの荒れてものさびしいこと
妖姫…人を惑わす妖艶な姫
屏息…恐れちぢまること
夭する…年を若くして死ぬ
荼毘…火葬
犀利…頭の働きなどの鋭いこと
怜悧…かしこいこと
眩耀…まばゆいほど輝くこと




