表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/29

二十二

さて、私が事物(ものごと)を生きて居るか(どう)か、ではなく死んで居るか(どう)か、で斟酌(かんが)えて居るということは(さき)に述べた(とおり)である。

(よる)は今、誤解に*(たぶらか)され、緋色(ひいろ)糜爛(ただれ)た生の穴へ落ちこもうとして居り、そこには何ら法則性が働いていなかった。

(ひる)純粋(まこと)に敏感な照応があった。()()(みどり)は*朽葉色(くちばいろ)旱魃(ひで)り、人間に相亙(あいわた)る個性の鏡は湿気(ふやけ)て、熱で泥濘(どろどろ)になった皮膚と皮膚が融合(あわさ)り、およそ*豊饒(ほうじょう)さとは(とお)(へだ)たれた死屍(しかばね)()(なにもの)かへ*陽炎(かげろう)蟠屈(よどみ)を*蛇腹(じゃばら)掻込(かいこ)んで居るのを視る。それは裸のまま経を唱える坊主(ぼうず)()()て居る。太陽が(あた)える暗黒の光明と、それを蝕む殉教者は(いかに)も完成されて視える。

夜にもまた完成を視る。(すべ)てのものは裸でいることを強いられ、順当(もっとも)らしい咳払(せきばらい)も、(きず)(かく)朱色(しゅいろ)(にじ)んだ繃帯(ほうたい)も、月は(すこし)も要求しない。聯関という聯関を断ち切って、孤独(こどく)だけを(くっきり)彫出(えりだ)し、観察する。昼は賦与(あたえ)ることで完成を目途(めざ)したが、夜は(うば)うことで完成を目途(めざ)した。

(たとえ)ば、*黎明(れいめい)の澄んだ空気は(あたか)綺麗(きらきら)しい昼の*開闢(かいびゃく)(きど)っているが、それが夜の余波(なごり)であることは(あきらか)である。朝が棲んでいるのは昼ではなく夜だということは*裄丈(ゆきたけ)の合わないと想う(かた)も居るであろうが、朝と云うものは、恰度(ちょうど)夜伽(いろごと)(のち)に女が綺羅(いふく)()るときに(たて)衣摺(きぬずれ)のようなもので、女はこの時、まだ人ではなく女なのである。

そうしてみると、ここもまた(いくら)(すぎ)れば朝になり昼になると云うことは信じ難いものであった。と云うのも、時間は*荏苒(じんぜん)とした変化の中で感じるものなのに、その寄辺(よるべ)(すっかり)片附(かたづ)けられて居たからだ。星の(またた)刹那(せつな)は時間の額縁を外され、*末始終(すえしじゅう)に存立していた。*須臾(しゅゆ)()いで続くことなく、事後は事前へつながっていた。ほとんど(はじめて)と云って()いほど、月の輪廻(りんね)(おびや)かされて居た。どころか、(もは)彼方(かなた)の*雲聚(うんしゅう)湯気(しっけ)で*錆朱(さびしゅ)()()めているのではなかろうか、そう想うほどである。

私は夜の道徳がその主人までもを(おびや)かす様を視て、(にわ)かに(しあわ)せを感じた。この脅威が連綿(つづく)かぎり、月の緊張は際限(かぎり)なく高まり、昼の跫音(あしおと)は永遠に接近(ちかづ)いてこないと思われた。

*誑かす…だます

*朽葉色…赤味を帯びた黄色

*豊饒…豊かに多いこと

*陽炎…春のうららかな日に、野原などにちらちらと立ちのぼる気

*蛇腹…襞状に伸縮する者

*黎明…あけがた

*開闢…物事のはじまり

*裄丈…物事の都合

*荏苒…歳月の次第に進み行くさま

*末始終…いつまでも

*須臾…わずかの間

*雲聚…雲の集まり

*錆朱…鉄錆のようなくすんだ朱色

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ