二十二
さて、私が事物を生きて居るか否か、ではなく死んで居るか否か、で斟酌えて居るということは前に述べた例である。
宵は今、誤解に*誑され、緋色に糜爛た生の穴へ落ちこもうとして居り、そこには何ら法則性が働いていなかった。
昼は純粋に敏感な照応があった。陽の射す翠は*朽葉色に旱魃り、人間に相亙る個性の鏡は湿気て、熱で泥濘になった皮膚と皮膚が融合り、およそ*豊饒さとは遥く距たれた死屍に類た某かへ*陽炎の蟠屈を*蛇腹に掻込んで居るのを視る。それは裸のまま経を唱える坊主と勁く類て居る。太陽が賦える暗黒の光明と、それを蝕む殉教者は恂も完成されて視える。
夜にもまた完成を視る。万てのものは裸でいることを強いられ、順当らしい咳払も、疵を隠し朱色に滲んだ繃帯も、月は些も要求しない。聯関という聯関を断ち切って、孤独だけを燎と彫出し、観察する。昼は賦与ることで完成を目途したが、夜は簒うことで完成を目途した。
例ば、*黎明の澄んだ空気は恰も綺麗しい昼の*開闢を飾っているが、それが夜の余波であることは明である。朝が棲んでいるのは昼ではなく夜だということは*裄丈の合わないと想う人も居るであろうが、朝と云うものは、恰度夜伽の後に女が綺羅を装るときに起る衣摺のようなもので、女はこの時、まだ人ではなく女なのである。
そうしてみると、ここもまた幾か過れば朝になり昼になると云うことは信じ難いものであった。と云うのも、時間は*荏苒とした変化の中で感じるものなのに、その寄辺は既片附けられて居たからだ。星の瞬く刹那は時間の額縁を外され、*末始終に存立していた。*須臾は尋いで続くことなく、事後は事前へつながっていた。ほとんど初と云って可いほど、月の輪廻は怯かされて居た。どころか、既や彼方の*雲聚の湯気で*錆朱に朽ち初めているのではなかろうか、そう想うほどである。
私は夜の道徳がその主人までもを怯かす様を視て、俄かに倖せを感じた。この脅威が連綿かぎり、月の緊張は際限なく高まり、昼の跫音は永遠に接近いてこないと思われた。
*誑かす…だます
*朽葉色…赤味を帯びた黄色
*豊饒…豊かに多いこと
*陽炎…春のうららかな日に、野原などにちらちらと立ちのぼる気
*蛇腹…襞状に伸縮する者
*黎明…あけがた
*開闢…物事のはじまり
*裄丈…物事の都合
*荏苒…歳月の次第に進み行くさま
*末始終…いつまでも
*須臾…わずかの間
*雲聚…雲の集まり
*錆朱…鉄錆のようなくすんだ朱色




